第4話:秘密のセーフエリア
オーク戦から数週間後。
蓮の銀行口座には、B級クラン『銀翼』からの救助費用3,000万円が無事に振り込まれていた。魔石の直販や肉の卸しも順調で、手元の資金は一気に7,000万円を突破していた。
「……さて、次のフェーズへ移るか」
都内のタワーマンションの書斎で、蓮はノートPCの画面を見つめていた。
F級ダンジョンでのスライム乱獲は、掲示板『ハンターちゃんねる』で「最近スライムの湧きが悪すぎる」と話題になり始めている。これ以上一人で目立つ行動を続ければ、足がつるリスクが高い。
「『現場作業員』は卒業だ。これからは探索者たちを顧客にした『インフラ事業』を展開する。そのためには、現場を任せられる信頼できる人手が要るな」
蓮が思い浮かべたのは、かつて倒産した派遣会社で共に苦杯をなめた先輩エンジニア、佐藤 恵のことだった。
仕事は非常に丁寧で優秀なのだが、お人好しで要領が悪く、会社倒産後は再就職に苦しんでいると聞いていた。
その日の夜、蓮は都内の喫茶店に恵を呼び出した。
「黒木くん……? 急に呼び出してどうしたの? ごめんね、最近私、ちょっとバタバタしてて……」
やつれた顔で現れた恵に、蓮は温かい紅茶を頼み、まっすぐ目を合わせた。
「佐藤さん。俺が立ち上げた『合同会社クロキ・ダンジョンロジスティクス』で、現場の支配人として働いてくれませんか?」
「ええっ!? 支配人……? でも私、ダンジョンの知識なんて全然ないよ?」
「知識や戦闘力は要りません。必要なのは、丁寧な接客と正確な事務処理です。条件は……月給100万円、完全週休二日制、社会保険完備、有給消化率100%です」
恵は目を見開き、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「げ、月給100万……!? 嘘でしょ、怪しい闇バイトか何かじゃないの!?」
「完全なホワイト企業ですよ。前職で理不尽に使い潰された俺たちが、ちゃんと人間らしく稼げる場所を作りたいんです。手伝ってくれませんか?」
恵は目頭を熱くさせ、両手で蓮の手を強く握りしめた。
「黒木くん……ありがとう……っ! 私、最近本当にどこも受からなくて、家賃も払えなくなりそうだったの……! 喜んで引き受けるわ! 私、何でもやるからね!」
◆
数日後。高島平ダンジョンの地下3層。
暗い坑道を進み、蓮と恵は誰も見向きもしない行き止まりの不気味な岩壁の前に立っていた。
「ここが……職場なの?」
「ええ。少し下がっていてください」
蓮が壁にそっと手を触れ、【レシート発行】を発動させる。
『ジジジジッ……コトン』
吐き出されたレシートには、世間の誰も……国や探索者協会すらも知らない「ダンジョン自体の隠し仕様」が印字されていた。
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**【お買上げ明細】**
* **対象:** 地下3層・未構造化区画(岩壁)
* **隠し仕様:**
* 本区画の壁面に「高純度魔石(純度99%以上)」を3個設置することで『個人所有セーフエリア』として認証・固定化。
* **【領域内絶対平和権】:** 認証エリア内(約50坪)では、ダンジョンのシステムにより『暴力行為(攻撃判定)』および『他人の物品の強奪(窃盗)』が物理的に不成立(不発化)となる。
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「……よし」
蓮が超高純度魔石を壁の窪みに埋め込むと、ズズズと岩壁が蠢き、中から静寂に包まれた広大なクリーン空間が現れた。
「きゃあ!? 壁が開いた……!? なにこれ、すごく綺麗な部屋……!」
「ここはモンスターが絶対に湧かず、人間同士の攻撃もシステム上不可能になる『絶対安全エリア』です。防犯や治安の心配はゼロですよ」
さらに物資の搬入には、蓮のスキルの応用を活用した。
折りたたみベッドや調理器具などの大量の資材を、**長距離発行した『巨大レシート』で包み込む**。魔力紙の軽量化効果で荷物の体感重量が劇的に減り、ルンバ型ロボにソリのように引かせることで、簡単に地下まで搬入できた。
こうしてわずか1週間で、快適な店舗が完成した。
**『ダンジョン・オアシス高島平店 〜安心・安全の快適休憩所〜』**
「佐藤さんには、受付と温かい豚汁の提供、そしてドロップ素材の買取受付をお願いします」
「任せて! 豚汁には自信があるの。来てくれた探索者さんたちを、精一杯癒やすわね!」
オープンすると、過酷な探索でボロボロになった探索者たちが吸い寄せられるようにやってきた。
「は、はあ!? 行き止まりの場所に……休憩所ができてる!?」
「あたたかい豚汁……!? 結界の中で安心して眠れるのか!?」
絶対安全なベッド(1時間1万円)と、恵が作る絶品豚汁(2,000円)。一度味わえば二度と野宿などできなくなる快適さは、瞬く間に口コミで爆発的に広がった。
開店から1か月後。タワーマンションの書斎で、蓮は月の決算データを見つめていた。
* **月間純利益:** **3,200万円**(※恵への高額報酬・経費差し引き後)
「現場のオペレーションは佐藤さんに任せ、俺は経営に専念する。健全な形だ」
◆
しかし、連日大盛況の「ダンジョン・オアシス」に、鬱陶しいハエが群がり始めた。
ある日、店舗の受付カウンターに、大勢の柄の悪い武装探索者を従えた男が現れた。
大手探索者ギルド『黒鋼』の幹部を自称する男、鬼塚だった。
「おいおいおい! 景気いいじゃねえか、姉ちゃんよぉ!」
鬼塚はカウンターをドカッと叩き、恵を睨みつけた。
「ひっ……! い、いらっしゃいませ……」
「俺様はあの大手『黒鋼ギルド』の幹部、鬼塚様だ! こんな浅層で無許可で調子こいた商売してんじゃねえぞ! 明日から売上の8割をショバ代として納めろ! 嫌なら店をメチャクチャにして、ここで働けなくしてやるからな!」
威圧する鬼塚だったが、セーフエリア内では暴力行為がシステム上不発になるため、手出しはできず口で脅すことしかできない。
すくみ上る恵だったが、耳元のインカムから蓮の冷静な声が響いた。
『佐藤さん、大丈夫です。カウンターの端末で「店舗規約の領収書」を発行して、相手に署名させて渡してください』
恵は深呼吸をし、意を決して端末を操作した。
「ぐ、鬼塚様……ですね。では、こちらの利用規約の領収書に署名とお手元での受領をお願いします……!」
「あァ!? 領収書だぁ? わけ分かんねえこと言ってねえで金を——」
鬼塚はイライラしながら、タッチパネルに乱暴に署名し、打ち出された領収書を引ったくるように受け取った。
鬼塚が受け取ったのは、ただの「利用規約の領収書」だ。
だが、**店舗控えとして端末(【レシート発行】の触媒)に残された感熱紙**には、鬼塚の指が触れた瞬間に吐き出された『裏の内訳』がびっしりと印字されていた。
モニター越しにそれを見た蓮は、防犯カメラのマイクをオンにして語りかけた。
「鬼塚さん。大手『黒鋼ギルド』の幹部を名乗るなら、もう少し上手く化けたらどうですか?」
「あァ!? 誰だてめえ! マイク越しにコソコソ喋ってねえで出てこい!」
「あなた、3年前に『黒鋼ギルド』をクビになったただの元構成員ですよね? おまけに他県での恐喝と闇物資売買で、現在全国指名手配中だ」
「な……ッ! なんでそれを……!?」
鬼塚の顔色が変わる。蓮は冷ややかに続けた。
「黒鋼ギルドの本部と、ダンジョン管理庁の警備課へ、あなたの顔写真と地下3層の現在位置、それと指名手配データを今送信しました。地上への昇降階段の出口、もう封鎖されましたよ」
「て、てめえ……ハッタリかましてんじゃねえぞ!!」
鬼塚が怒鳴り散らした直後、店舗の外の通路から、カツン、カツンと重厚な金属ブーツの足音が響いた。
暗闇から現れたのは、バイザー付きヘルメットと重装甲に身を包んだ4名の男たち——**ダンジョン管理庁・広域保安部隊**だった。
「指名手配犯・鬼塚豪だな。地上からの通報を受け、1層の駐駐在所から急行した。抵抗をやめろ」
「な……なんで管理庁の重装部隊がこんな浅層に急に湧いて出るんだよ!? 冗談だろ!?」
顔面を蒼白にした鬼塚は、子分たちを置いて地上へ続く階段へ脱兎のごとく逃げ出そうとした。
だが、焦るあまり通路の突起した岩肌につまずき、盛大に顔面からズザーッと転倒。
追いついた保安部隊に魔力封じの手枷(魔石手枷)を速攻でかけられ、あっけなく取り押さえられた。
「離せ! 俺は黒鋼ギルドの——」
「はいはい、地上に連行してからじっくり聞くからね」
みじめに身柄を拘束されて運ばれていく鬼塚を見送り、恵はほっと胸を撫で下ろした。
「黒木くん……助かったよ。私、すごく怖かったけど……黒木くんがいてくれて良かった」
『お疲れ様です、佐藤さん。完璧な対応でしたよ。……今月の給料に、危険手当として50万円プラスしておきますね』
「ええっ!? 50万円も!? ほ、本当に黒木くんの会社に入って良かった……! 私、一生ついていくわ!」
インカム越しに歓喜する恵の声を聞きながら、タワーマンションの書斎で蓮は温かいコーヒーを飲み、静かに笑った。
(実際はレシートで一発看破しただけだがな)
鬼塚を撃退し、店舗の安全と評判はさらに高まった。
【レシート発行】による情報アドバンテージをフル活用した蓮の「爆速億万長者ロード」は、いよいよダンジョン経済そのものを揺るがす段階へと突入していく。




