第49話 何もできない、無力な勇者
俺とマルクの戦いは、ケンタロスが不意打ちで放った一本の矢が、マルクの心臓に直撃して終わった。
俺は、マルクの亡骸を抱きしめながら、仮面の中で涙を流していた。
そんな俺に、ケンタロスが近づいてくる。 奴はまるで実験感覚で、マルクを殺しやがった! 俺はマルクから体を離し立ち上がる。
そして、のんびり顎をさすりながらやって来た、ケンタロスを睨みつける。
「……貴様! なぜこんなことを!」
「はて? 敵を討った。 それだけだが? ……それより、感謝したらどうだ?」
「感謝だと?」
突然発せられた言葉に固まる俺。 そんな俺に、ケンタロスはため息を吐く。
「……察しの悪い奴だな? 『助けてくれてありがとうございました、トゥファンさん』ほら、さっさと言えよ!」
「ふざけんな!」
俺は、剣を構える。 すると、奴は呆れたように手を上げた。
「……やれやれ。 これで満足かい? 言っとくが、俺はコイツを暗殺するように、依頼されてここにいるんだ。 いわば、これはビジネスなんだよ!」
「なんだと? どんなことがあろうと、命を奪うなんてのは……」
俺は言いかけて、口をつぐんだ。 声には怒りが滲んでいたが、それを言葉にしてぶつける資格が、果たして自分にあるのだろうか?
トゥファンは興味深げにマルクの遺体を見下ろしている。 その横顔には、罪悪感の欠片もない。 獣が獲物を仕留めた後の、あの満たされた静けさだけがあった。
「心臓を一突きにすると、人間は死ぬのか? 実に脆いものだ」
ぽつりと呟くその言葉に、俺は奥歯を噛み締める。 怒鳴りつけたかった。
だが、その言葉は喉の奥で凍りついて、出てこなかった。
ーー俺だって、そうじゃないか。
脳裏をよぎるのは、ギバドルの街での光景だった。 キャスを守るため、迷うことなく銃でグレギを殺した。
あの時、相手の命を秤にかけている余裕など、どこにもなかった。 守るべきものがあった、ただそれだけの理由で、俺は人を殺したのだ。
俺は、トゥファンを睨みつけたまま、ゆっくりと息を吐いた。 咎める権利はない。 ーーだが、悔しくて、憎らしい。
頭上では雲がゆっくりと流れ、地平の彼方まで広がる草原に、二人と一つの骸の影が長く伸びていた。
ーージジイ。 すまねぇ、俺は無力だ。
俺は、街と反対側へ駆け出す。 全ての現実から、目を逸らすようにーー
そんな俺の腰には、マルクの愛剣がささっていた。
◇◇◇
ナナシの様子を、少し離れた岩陰からじっと見つめる二つの影があった。
金髪エルフでローブを纏っている話術士と、旅芸人衣装に身を包んだ曲芸士だ。
「……ねえ? どうするの? 勇者がどっか行ったわよ?」
「ほっとけ。 ……それよりも、前国王をヨニーの所まで運ぶぞ」
曲芸士のコスプレをしたルーブが小さく舌打ちをする。 話術士のフレイアの長い耳が、ぴくりと震えた。
「ねえ? それってつまり〜」
「……奴の戦力は、ここで無くすのは惜しいからな」
その時、二人に風の矢が飛んできた。 ルーブはナイフを投げて、風の矢を打ち消した。
トゥファンが遠くから、二人を見つめる。
「……その前に、一戦交える必要があるみたいだな……」
ルーブは今度は、大きなため息を吐くのだった。




