第55話 魔女老婆の実験施設ーーオパール視点
第十二層。 第十三層。 第十四層。 私たち三人はひたすら降りる。
戻ることはできない。 私たちは、生き延びるためにダンジョンを進んでいる。
「ねえ、エメラルド」
「うん、なんだいルビー?」
「なんで、あの婆さん。 私たちを移動させてくれないの?」
それは、私も思った。 時空間魔法を使う彼女だ、私たちを最下層まで送りたいなら、一瞬で運べばいいだけのはずーー
だけど、エメラルドはこう言った。
「あの老婆は、私たちが負の感情を撒き散らしながら歩くのを期待しているんだ」
「……最悪」
なるほど、趣味の悪い話だ。 姉さんが、舌打ちした。
「ふざけないでよ。 ……じゃあ、機嫌よく歩いてやるわ」
「ふふ。 それが正解さ」
エメラルドは、いつもの飄々とした顔で笑った。
「怒るのも、悲しむのも、地上に帰ってからでいい。 今は、餌をやらないことだ」
このダンジョンの道は複雑だった。 ーーでも残念。 私たちの手元には、ダンジョンの地図があるから。
ーーガランド調査隊が二十層まで測量した、完全な記録。 第十五層までは正確だった。
「あの婆さん、これを知らなかったのかしら」
「知ってたと思うよ」
姉さんの問いに、エメラルドはあっさり答えた。
「でも、地図があっても道のりは縮まない。 ……足で歩く距離は同じさ」
「じゃあ、意味ないじゃない」
「いや、あるよ」
彼女は、地図を指で叩いた。
「迷わないってことは、苛立たないってことだ。 そうだろ?」
このダンジョンでは、地図は方角を示す道具じゃない。 平静を保つための道具なんだ。
ーーそうだったんだ。 しかし、第十五層を通った時、異変が起きた。
「……嘘でしょ」
私は、足を止めた。
ニーズヘッグーー腐食竜が、ダンジョンの真ん中に鎮座していた。
巨大だった。 天井に頭が届きそうなほどの体躯。 鱗は所々が剥がれ落ち、その下から黒く濁った肉が覗いている。 周囲の床は溶けたように陥没し、酸のような液体が滴っていた。
ーー腐っている。 生きたまま、腐り続けている。
「エメラルド、地図にコイツは」
「……何もない」
「そうよね……」
エメラルドが、地図を握りしめた。
この層は大広間で、不気味なほど何もない空間だった、と言うけど。
「測量した時は、本当に空っぽだったんだ。 ……用途不明の広間としか書けなかった。 私は何度も、ここを通った。 第二の拠点候補としてね……」
「じゃあ、この竜は」
「最近、ここに置かれた」
「……置かれた。 あの老婆の仕業ね……」
腐食竜を見ると、首に鎖みたいなものが巻かれていた。 しかもそれが、私たちを待っていたかのように砕け始めた。
「グ、ォ……」
竜が、呻いた。 目が開く。 濁った黄色の瞳。 そこに映っていたのは、憎悪でも殺意でもなかった。 ーー強い、絶望だった。
「どうやらこのダンジョンは、こんな生物を作るための要塞だったらしい……」
エメラルドが、ニーズヘッグを眺めながらそう言った。
「……ここにあるのかな? 私の求めるモノが」




