第53話 アメジストという大男
俺が目を覚ますと、檻の中だった。 鉄格子。 石の床。 武器は取り上げられていなかった。
「……ふざけやがって」
俺は立ち上がって、鉄格子を蹴った。 金属が鳴る。 びくともしない。
「おい! 誰かいるか! 出しやがれ! 俺を舐めるなよ!」
もう一度蹴る。 肩からぶつかる。 拳で殴る。
傷は塞がっているのに、体が言うことを聞かない。 あの情報屋に打たれた首筋が、まだ痺れていやがる。
「クソが……出せ! 出しやがれ!」
俺は暴れた。
すると、通路の奥から重い足音が近づいてきた。 現れたのは、アメジストだった。
「うるせぇぞぅ、ガキ」
「ガキだと?」
大男は、鉄格子の前に立った。
ーー手元に、器を持っている。 湯気が立っている。 毒か?
そいつは、牢の中にそれを入れてきた。 匂いという罠が俺の全身に異常をきたす。 そして、忘れていた空腹を思い出させていた。
「これでもぃ飲んで落ち着きやがれぇ」
「あいにく、毒を飲む余裕はない」
「けぇ。 そういうとぅ思ったぜぃ」
そう言うと、目の前で奴はそのスープを飲み干した。
ーーごくり、ごくりと、喉を鳴らして。 最後の一滴まで。
「ぷはぁ。 うめぇ、さすが俺だぅ」
ーーふん。 毒は入ってなかったのか?
「じゃあ、これはどうだぃ」
アメジストは、腰から新しい物体を出した。 パンだった。
そして、それを鉄格子の隙間から差し入れた。
「……」
「食えよ? 寝てたんだぜぃ? 腹減ってんだろぅ」
俺は、ソッポを向いた。
「……はあ。 別にぅよう」
アメジストは、鉄格子の外にどっかりと腰を下ろした。
「俺は、エメラルドのアマと違ってゅ。 お前のことかっているんだぜぅ?」
ーー買っている、だと?
「……何を言ってやがる」
「お前ぇのその願望のためにぅ、他人を蹴り落とすってぇ奴」
ーー俺は、お前なんかに共感してもらうつもりはない。
だから俺は、答えなかった。
「不殺のナナシ。 ……いい二つ名じゃねぇかぃ」
「勝手に呼ばれているだけだ。 俺は普通に殺す」
「そうかぃ? その割にはぅ、両手に花だったそうじゃねぇかぁ?」
アメジストは、あぐらをかいた膝に肘をついた。
「こんな、ムサイ場所でよゔ。 いるのは、あのターコだけと来たもんだぃ。 エメラルドの奴とはぅ。 あんまし一緒にいたくないしよぇ」
ーー教えろよ、お前のハーレムの構成員をよ?
奴は、俺にそう言った。 ハーレムだと? 俺はキャス一筋なんだよ!
「そぅそぅ。 事前に、ネタだけは聞いてぇいるぜ」
「……なぜ俺を檻に入れた」
「無視ねぃ。 ……そりゃお前ぇ、指名手配犯だからなぁ」
アメジストは、ケラケラしていた。
「ギルドが手配書を回してるぜぃ。 傷害、不法侵入、暴行……まぁ、山積みだぁ」
「……そうかよ」
「……あと、女泣かせだなぁ」
アメジストは、頭を掻いた。
「……」
「……で? 俺をどうする気だ」
「連れ帰るぅ。 なんて、真面目なことは言わないぜぅ」
「……なに?」
「お前にはゅ、俺たちと一緒に進んでもらうぜぅ」
アメジストは、笑った。
「聞かせろやぃ、坊主。 本当なのかぅ? なんでも願いを叶えるって」
俺は、答えなかった。 こんな、ムサイ奴に答える義理はない。
「何を願う気だぁ? 金かぁ? 力かぁ? ……それとも」
アメジストの声が、少しだけ低くなった。
「……女か?」
「……なぜ、そう思う」
「そういう顔してるからだぁ」
大男は、鉄格子越しに俺を見ていた。
「俺もなぁ、昔そういう顔してた奴を見たことがあるぜぃ」
「……」
「この前、死んだがなぅ。 ここでは、茶飯事だぇ」
ーー目の前のアメジストは続けた。
「遺体は、送り届けた……」
アメジストは、立ち上がった。
「だからよぅ、坊主。 ……テメぃも、このままじゃ、そうなるぜぅ」
そう言い残して、アメジストは去って行った。
俺は、冷たい床に寝転がった。
最下層はまだ遠い。 やむなしだからな!
俺は、パンに齧りついた。 ーーしかし。
「ご、うう。 これは……」
ーー体が唸る。 劇薬でも入れたのか? 俺は、深い眠りに誘われてた。




