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ある家庭教師の話-6

 私は、“妖マリ”の物語を、前回と同じ様に、次の家庭教師の時間の終了時に、少年に返した。パターンを一定にする事で、少年に余計なストレスがかかる事を避けたのだ。

 また、それに合わせて、できるだけ気楽な雰囲気を作る事も心がけた。

 物語が返される事で、少年が少し緊張をしているのが分かったし、幾つか少年に訊きたい事があったので、リラックスしてもらいたかったからだ。

 「面白かったよ」

 まずは、前回の時と同じ様に、私はそう言ってみた。

 少年は、うん、と少しぎこちなく頷いてみせ、そしてそのまま恥かしそうに下を向いた。

 少し照れているようだった。だが、私の返答に、安心している様子も見て取れた。

 「ただ、ちょっと訊きたい事があるのだけど、良いかな?」

 私が次にそう尋ねると、少年の表情は曇った。恐らく、何を訊かれるのか、不安に思っているのだろう。

 「前のジキの物語の時も疑問に思ったのだけどね、この物語の時代背景は、どうなっているんだい? 何時代なのか分からないのだけど」

 この質問は、もちろんあまり重要ではない。単なる興味本位の質問だ。

 質問の内容を聴くと、少年はそれに安心をしたのか、明るい表情を見せてこう答えた。

 「うん。日本の戦国時代とか、そんな感じをイメージしたけど、正確にはどの時代でも、どの場所でもないよ。架空の時代の、架空の場所が舞台の物語」

 「なるほどね、じゃあ、君の書いている物語は、時代劇風ファンタジーとでも呼べば良いのかな? なんかしっくり来ない表現ではあるけど」

 私の発言に、少年はやや困惑したような表情を浮かべた。恐らく、自分の認識ではファンタジーとして書いているつもりはなかったのだろう。だがそれから、よく私の言葉を吟味し、呑み込むような表情の変化を見せるとこう応えてきた。

 「ファンタジー? うん。そうかも。無理のある設定な部分もあるもんね。今回のは特に、そうだったかな?」

 恐らく、私がどうしてファンタジーという表現を使ったのか考えていたのだろう。

 「妖マリについての設定の事だね? そうだね。でも、無理のある設定と言ったって、充分許容範囲だと思うよ。大丈夫、大丈夫。できるだけ説得力を持たす為に、何だか色々と調べて書いてあるみたいだったし」

 ファンタジーという表現を、少年が落ち度として捉え、やや気にしている感があったので、私は弁護してやるつもりでそう言ってみた。そんなつもりで言った訳ではないのだ。すると、少年はこう返してきた。

 「ちょっとね、脳の仕組みの本を探し出して…。でも、あんな妖マリの改造手術みたいな事、現実じゃ不可能だよね?」

 少年は、自分の作品を卑下するような意味合いの事を言いはしたが、今度は落ち込んでるような雰囲気はまるでなく、むしろ明るそうだった。きっと、私がフォローをした事でやや照れているのだろうと思う。

 照れ隠しだ。

 「うん。技術が進歩すれば不可能ではないかもしれないけど、脳にプログラムをインプットするだとか、そんな感じの事が必要になってくると思うから、君の作品の時代設定じゃ無理だろうね。 ま、でも許容範囲だよ。作品世界を壊すまでには至ってないと思う」

 私がそう答えると、少年はいよいよ照れながらも、やたら嬉しそうな顔をした。

 興奮をしている。

 少年がそんな表情を見せた事で、私は少し嬉しくなったが、それと同時に、少年の事をからかってやりたい衝動にもかられた。

 それで、私はこんな指摘をしてみた。

 「ただ、それ以外でなら、おかしな点はあるよ。どうして妖マリの指に仕込んである刃物を、妖マリの父親や妖マリ自身は取り外してしまわなかったのだろうか、とかね。そうすれば、妖マリは暴走しても何かを殺せないようになって、問題は解決していたはずなんだから」

 少年は、私のその指摘を聞くと、「あっ」と驚いた顔をした。恐らく、盲点だったのだろう。

 そしてそれから、言い訳をするように、こう言って来た。

 「ほら、刃物を取り外そうとすると、防衛本能が働いて相手を攻撃しちゃうんだよ、きっと…」

 苦しい言い逃れだ。

 「だって刃物だろう? 刃こぼれしたり、折れたりしたら取り替えなくちゃいけないのだから、それはおかしいよ」

 「と、特殊な刃物なんだよ、妖マリのは」

 少年は困惑した様子を見せつつ、私の追及に対して、また苦しい言い逃れをして来た。私はその様子を見て、思わず笑ってしまった。

 「あはははは。ごめんごめん。まぁ、少しの変な点だったなら、どんな物語にでもあるから、そんなに気にする必要もないよ、きっと」

 私の笑い顔を見ると少年は、むすっとした顔でこう返して来た。

 「意地悪だね、先生」

 「偶には、ね」

 私は即答してやった。

 ………。

 場は、それで一端静かになった。

 だが嫌な沈黙では、もちろん、ない。

 雰囲気が落ち着くと私は、仕切り直すかのように再度口を開いた。

 「…さて、後もう一つ訊きたい事があるのだけど良いかな?」

 少年は、それを聞くと嫌な顔をした。

 「まだ、あるの?」

 「大丈夫、今度はちゃんとした質問だよ。揚げ足取りじゃない」

 そう、一番訊きたかった事を訊くのだ。

 「なんで、君の書く物語には固有名詞が少ないのだろう? それが不思議でね。どちらの物語も主人公以外には名前がないね。仲間とか父親とか。主要人物にでさえない。これは、どうしてなんだい? 何か意味があるの?」

 妖マリの父親。

 私が気になったのは、この表記だ。

 この表記が、“妖マリ”の物語の中では延々と使われている。父親、と略して書いても良い場所だってあったはずなのに。

 これは妙な点だ。

 少年は、私の質問を聞くとこう答えて来た。

 「うーん。なんかさ、恥かしくて。できるだけ名前付けるの避けたかったんだ。なんか、自分の世界に陶酔してるみたいでさぁ」

 その気持ちは、分からないでもない。

 「なんか変だった?」

 「否、そうでもないよ。この雰囲気の物語なら、むしろその方が似合ってる気もする」

 少年は私の返答を聞くと、満足気な表情を浮かべた。

 「でしょう? 僕もそう思う。名前が必要なストーリーなら、名前をちゃんと考えるけど、そうでないならあまり積極的には付けない事にしてるんだ」

 私は、少年が“妖マリの父親”と表記する理由を、自分の父親ではない事を強調する為に表記しているのではないかと考えたのだ。

 これは自分の父親ではない、“妖マリの父親”だ、と。

 だから、その事を確認しておきたかった。

 名前の表記に特別な理由がないのであれば、やはり物語に出てくる“妖マリの父親”は、少年の父親的存在の現われではない、と見なすべきなのかもしれない。

 そして、もしそうならそれは、自分の父親はこんな父親ではない、という事を訴えたいという意識が、少年に強くある事を意味している。

 そして物語の中で、妖マリの父親は、良い父親として描かれていた。

 ならば、現実の少年の父親は、少年にとって良い父親ではない、という事になってくる。少年は、やはり自分の父親を嫌悪しているのかもしれない。

 もちろん、これは前にも述べた通り、不確定な推論ではあるが。

 「ねぇ、先生。僕の小説を読んでみてどう思った?」

 少年は、考え込んでいる私に向かってそう問い掛けてきた。今までの会話で緊張がほぐれたのかもしれない。

 「ん? だから、面白かったよ」

 「そういうんじゃなくてさ、もっと具体的に」

 少年は、自分の小説に対する評価を、かなり気にしているらしい。自分の小説が、どう私に響いているのかを具体的に知りたがっているようだ。

 私は、ちょっと考えると口を開いた。

 「そうだな。前の“ジキ”の物語からは男性原理的なモノを、今回の“妖マリ”の物語からは、女性原理的なモノを感じたかな?」

 「男性原理?女性原理?」

 少年は私がそう答えると、不思議そうな顔をして私にそう尋ねて来た。耳慣れない言葉だろうから、当たり前かもしれない。

 「女性原理、男性原理って概念があるんだよ。 そうだなぁ。前に、男女平等論の事を話したけど、覚えてるかな?」

 「うん。あの赤いボールとかの話の時だよね? あまりよくは覚えていないけど…」

 あの時、少年は何かを考え込んでいた。あまり覚えていないのも無理はないだろう。それに、第一、あの時はそんなに大した話はしなかったはずだ。

 「男女平等には、二つの平等の方向性が両方必要だって話をしたろ? 同質平等の方向性と、異質平等の方向性。これは、生物的な性別での問題として男女平等論を扱ったのだけど、実は生物的な性別じゃなくて、捉え方“概念”にも、女性的な捉え方と男性的な捉え方があるんだよ。そしてそれが、女性原理と男性原理と呼ばれているんだ」

 少年は私の話を聞きながら、難しそうな顔をしている。

 あまり理解はしていないようだった。

 私は、もう一度ゆっくりと説明をしてみる事にした。少々、先を急いで説明をしてしまったかもしれない。

 「ん~、順を追って説明をするか。ジェンダー、っていうのだけどね。生物的な性別じゃなくて、文化的な性別っていうのもあるんだよ。文化的な性役割。文化の中で、男性が果たしてきた役割、女性が果たしてきた役割ってのがそれぞれあるだろう?」

 私のその説明を聴くと、少年は考えを整理するような口調でこう応えて来た。

 「えっと、例えば女性の場合は、子供を産むのが生物的な性役割、で。子供を育てるのが、文化的な性役割、となるのかな?」

 「まぁ大体は合ってるね。ただ、文化的な性役割の場合、どちらの性別でどう果たされるかは、文化によって違ってくるのだけど。で、その性役割はさ、生物的な性役割とは根本的に異なっているのだね。当たり前だけど。男性だって女性の役割ができるし、女性だって男性の役割ができる。だから、文化的な性役割では、何も生物的な性別に囚われる必要はない。もっと自由にしていこう。これが、まぁ、今の男女平等論の骨子な訳だ。けど、勘違いされてる場合が多いのは、今までの女性的な役割が必要ないと思われている点かな? 女性的な役割は社会の中で重要なんだよ。それなのに、社会進出ばかりが注目されて、こちらはほとんど言われていない。男性がやるか女性がやるかは、ケースバイケースだと思うけど、女性的な役割は失くしてしまって良いものじゃないと思うね」

 今度は、少年は理解ができたようだった。そんな顔をしている。そして私が一端説明を切ると、その間を利用してこう尋ねて来た。

 「それが、女性原理と男性原理?」

 ただ、話の内容は理解をしているようだったが、納得はしていないようだった。怪訝そうな顔をしている。

 やはり、少年は頭が良い。

 私はその様子を見てそう思った。

 今の説明が女性原理と男性原理ならば、少年の物語からそれらを感じた、という私の言葉の意味が分からなくなる。恐らく、それで少年は疑問に思ったのだろう。

 「否、違うね。関係はあるけど、女性原理と男性原理の事じゃない」

 私は、まだ説明の途中だという事を目で訴えながら、そう言って次の説明を開始した。

 「女性原理と男性原理は恐らく、生物的な性別の影響を受けて形作られ、そして文化的な性別に影響を与えるモノだと思う」

 「中間に位置するって事?」

 「否、そういう捉え方ともまた違うと思うね。簡単に言うのなら男性原理は、行動を中心に物事を考える捉え方で、女性原理は、気持ちを中心に物事を考える捉え方なんだけど」

 少年は再び難しい顔をした。分からない、といった様子だ。

 私は更に説明を加える。

 「例えばね、野菜を嫌いな子供に野菜を食べさせる場合で考えてみようか。 野菜を食べたかどうか、その事だけに注目をして、子供が野菜を食べればそれでOK、とするのが男性原理的な発想だね。野菜を食べれば何でも良いのだから、本人がどんな気持ちで食べてようが関係ない。だから、無理矢理叱りつけてでも食べさせようとする行為にそれは結び付く。それに対して、女性原理的発想は、単に食べただけじゃなくて、どんな気持ちで食べたかに注目をする。だから、無理矢理に食べさせようなんてしない。子供がどうすれば自分から野菜を食べようとするのかを考えて働きかける。 でね、これらの結果がどうなるのかというと、無理矢理に食べさせられた方の子供は、好き嫌いが克服できていない場合が多いらしいんだ。無理矢理に嫌々食べたら、不快な経験とその食べ物とが結び付いて、益々嫌いになるのは、まぁ当然なんだけどね」

 私はそこで取り敢えず説明をやめ、一度少年の様子を確認した。すると、少年はそこまでの説明で何かに思い至ったのか、謎が解けたかのような晴れやかな顔をしていた。話の内容を理解したのだろうか?

 「理解できたのかな?」

 その表情を疑問に思った私は、少年に向かってそう問い掛けてみた。もしかしたら、私が説明をしていない部分まで、直感力で、今の説明から理解をしてしまったのかもしれない、と思ったのだ。

 ところが少年は、それに対してこう返して来た。

 「うーん。何となくなら分かったかな?って感じ」

 どうやら、私の思い違いだったようだ。

 私はそう判断すると続きを説明する事にした、説明を急ぎ過ぎないように注意しつつ。

 「もちろん、男性原理的な発想も必要なのだけど、この例を見ると、教育には女性原理的な発想がとても重要になってくるのではないか? という事がいえると思う。しつけや何かが、余りに支配的に行われ続け、過剰にストレスを与え続けられた子供が、心に何かしらの問題を抱える場合が多いというのは、否定できない事実だろうしね」

 が、しかし、私がそうやって少年の理解を確かめるように慎重に説明をすると、少年は分かっているから先を教えてくれ、とでも言いたい様子で、私の説明を促してきた。

 「それで、その女性原理と男性原理が、文化的な性別とどう関わってきて、どう違うの?」

 私は疑問に思った。

 本当に理解していないのだろうか?

 それは判断がつかなかったが、取り敢えずどちらにしろ、少年が私の話を面白がり興奮している事だけは確かなようだった。

 私は次を説明する。

 「うん。文化での役割でね、女性原理が有効なモノと、男性原理が有効なモノとがあるんだ。だから、どちらの発想を活かすのかは、場合によって違ってくる事になる。それで文化的な性役割が生まれる。ただ、これは女性だからといって、必ずしも女性原理的発想を強く持っている訳じゃない事は頭に入れて置かなくちゃいけないけどね。で、もちろん男性の場合も同じ。そして、人によっては、両方発達している場合もあるし、両方とも発達していない場合もある。 つまり、女性原理、男性原理というのは、それぞれの性役割を担う場合に必要になってくるモノで、根本的な物事の“捉え方”の事なんだ」

 「だから、文化的な性役割に影響を与えているの?」

 少年は、今度は慎重に、よく私の話を吟味するようにして、そう問い掛けて来た。

 私の説明を漠然とは理解したが、まだ整理できていない状態なのかもしれない。

 「うん。文化的な性役割の下地になっているのだと思う。ただ、“文化”はそれ自体で発達して行く性質も持っているから、影響を受けているとは言っても、必ず反映されているとは限らない。だから、文化によって性役割は違ってくるのだね。女性が漁に出て、男性が家で編物をする社会だってあるらしいよ。後は、女戦士、アマゾネスだとか有名なのもあるね。因みに言っておくと、女性原理、男性原理は恐らく、文化の影響を受けてその性質が変異するなんて事はほとんどない。文化によって、そのどちらを持ち易いかは変わってくるだろうけどね」

 だが、私は続けてそう説明すると、少年は何か納得できないらしく、

 「ちょっと待って、なんかおかしいよ」

 と、怪訝な顔で言って来た。

 「女性原理男性原理も、生物的な性別とはイコールじゃないんだよね? 先生の話からすると。なら、それを人が持つようになるってどういう事なの? それに、文化的な性別に影響を与えたって、生物的な性別とイコールじゃないのなら、勝手に決定をされて、はっきりと女性と男性で性役割が分かれるなんて事もないと思う」

 「その通り!」

 私はそれを聞くと喜び、その少年の問いに対して即答をした。

 「女性原理、男性原理が生物学的な性別と全く関係がないのだとしたら、君の言う通りだね、おかしいよ」

 少年がその疑問を考え出せたという事実が嬉しかったのだ。少年は、自分自身で物事を疑い、考える能力を持っている。

 「だけどね、本質的には、生物的な性別と、女性原理、男性原理は別物なのだけど、それらは、全く関係がないという訳でもないと思うんだ。人間は学習する生物だけど、先天的な特性の影響も受けるからね。だから、僕は生物的な性別の影響を受け、女性原理、男性原理が形作られる、と表現したんだ。例えば、女性と男性では脳の作りが違っているらしいんだよ。また、実験結果でも色々な差が確認されてる。女性が女性原理を持ち易く、男性が男性原理を持ち易い、という事を示しているデータはそれらでいっぱいあるんだ。それと、まだ証拠はある。男性原理は行動を中心に捉える、と言ったけど、だから男性原理はきっちりと行動を執らせる、規律だとか規則だとかと結びつき易い。また、これは説明してないけど、闘争的な面とも男性原理は深い関わりを持っている、というんだ。それで、軍隊だとかを考えてくれれば分かり易いのだけど、男性が中心の社会では規律や規則が厳しく、そして戦闘的な場合が多い。これに対して、女性が中心の社会は女性原理的になり易く、農耕民族だとかに多くて、温和な傾向が強く、規律だとかも厳しくないらしいんだ。 もちろん、先に言った例外的な社会もあるけれど、それらは極少数で、生物的な性別の影響というよりは、文化自体の自己発展機能の影響によるモノと考えた方が良さそうだから、問題にはならない」

 私は、少年の指摘が嬉しくて、思わず興奮して一気にそれだけの事を喋ってしまった。少年はやや圧倒されているようだ。

 「つまり、イコールじゃないけど、生物的な性別の影響を受けて生成されるのが、男性原理、女性原理って事?」

 「そうだね。それと、もちろん、人は学習する生物だから、フィードバックして、文化の影響も受けるよ。つまり、先天的な影響も受けるし、後天的な影響も受けるのだね。女性原理男性原理は。だから、男性が男性原理を持ち易い社会なら、男性原理を持った男性が多くなる。軍隊とかみたく、攻撃的で統制された社会になってしまうだろうね。あ、余談だけど、こういう社会では、女性が差別されてる場合が多い。で、更に、当たり前だけど、女性原理が強い社会なら、男性が女性原理を持つ事も可能だし、女性が男性原理を持ち易い社会ってのもある。アマゾネスはこれだね」

 少年は今度は納得したような顔をしたが、少し考えると、こう言って来た。

 「その先生の考え方、男女平等論者の人とかからは、嫌がられそうだね」

 「この考えを頭から否定する人はね、平等を無理矢理に同じにして受け入れる、という同質平等でしか考えてない人だよ。異物を排除しようとする人さ、残酷にネ」

 私は少年の言葉に頷きながら、少しの反骨を見せてやった。

 私だって、偶には攻撃的になるのだ。

 少年はそれを聞くと嬉しそうな顔をした。

 「それと、今の男女平等論では全然言われていないし、だから、問題でもあるのだけど、生物的な女性が差別されている問題の他に、この女性原理が現行の社会に全く足りていなくて、それを補完しなくちゃいけない、という点での価値も男女平等にはあるんだよ。それなのに、それは全く無視されている。女性原理男性原理を考えないで行われる男女平等は、語弊がある言い方かもしれないけれど、単に女性を男性化してるだけだ。生物的な女性の差別は、今のままの方向性でも、文化的な女性を男性化する事によってなくせるかもしれないけれど、女性的な考え方を社会に反映させるなんて事は無理だね」

 私はまた興奮して語った。

 「今日の先生熱いね~」

 そんな私を見ながら、少年はそんな事を言う。なんだか楽しそうでもある。

 「そうか。だから、僕の書いた物語で、“ジキ”の方からは男性原理的なモノを感じたと言って、“妖マリ”の方からは女性原理的なモノを感じたと言ったのか。やっと分かったよ。ジキだと、刑場から抜け出す、という行動を重要視してて、しかもやたら攻撃的でもあった。つまり、男性原理的なんだ。で、妖マリの方は、妖マリの気持ちだとか、妖マリの父親の気持ちだとかを重要視してて、しかも哀しい話だけど、優しい物語でもあった。これは女性原理的なんだね」

 そして少年は、楽しそうにしながら、そんな事を語った。まるで、他人事のような口調で自分の物語の事を語っている。

 そういえば、私は忘れていたが、この会話は、元々は少年の物語の感想の話だったのだ。

 「僕が無意識に妖マリを女性として書いたのにも関係はあるのかな?」

 「さあ? どうだろうね。完全に関係がないという事はないかもしれないけれど、どれくらい影響があるかは怪しいな。根本的には、別物だからね、生物的な女性と女性原理は」

 私は興奮を覚ましながら、少年にそう説明をした。そして、それから、少年が女性原理と男性原理の物語をそれぞれ描く事ができた事が、どんな意味を持つかについて述べてみた。

 「君は物語で、女性原理的な発想と男性原理的な発想を両方とも、しかもそれを知らないで書く事ができた。という事は、二つの捉え方を両方ともできる…、否、少なくとも、それらを成長させる事のできる可能性を持っているという事になるだろうね」

 「え?成長?」

 すると、“成長”という言葉が少年には少々意外に響いたらしい。

 私は説明をした。

 「うん。女性原理、男性原理、この二つの捉え方は、両方とも発達していくものだと考えた方が良さそうなんだ。男性原理なら、道徳だとかを学んでいく過程なんかでそれを簡単に理解できるね。 ……でも、女性原理は、少し説明が難しいな。女性原理の発達の説明が難しい事は、今の社会に女性原理が足らない事の証明にもなるのかもしれないけど」

 少年は、私の話を聞くと不思議そうな顔をしてこう語った。

 「女性原理って、相手の気持ちを重要視して物事を捉える発想だよね? それが発達するのか…。どういう事なんだろ?」

 私は女性原理の発達についての説明を続けようと思ったのだが、そこでその少年の話す内容を聞いて、訂正をしなければいけない点がある事に気が付いた。或いは、それを勘違いしたままでは、女性原理、男性原理に対して誤解が生じてしまうかもしれない。

 「あ、一つ勘違いがないように言っておくけど、相手の気持ちを重要視して物事を捉える発想っていうのは、女性原理を分かり易いようにする為に使った説明だからね。本当はもうちょっと説明が難しいんだ。これは、男性原理の方も同じなんだけど」

 女性原理は、印象や感覚で物事を捉える事にも繋がってくる。つまり、対象が“人”でなくてもそれは存在するのだ。

 「女性原理は、相手の、というよりも事物の全てを“気持ち”的な感覚で捉える発想だと考えた方が良いのかもしれないんだ。もちろん、自分自身の内面も含めて、ね。そして、男性原理は人間を対象にするのであれば、相手の行動を、という事になるのだけど、実際は、事物の全てを理路整然としたモノとして捉えようとする発想なのだろうと思う。でも、盲信はしないでくれよ。この表現が正確なのかどうか僕には自信がないんだ。それくらい、その根本が把握し難い概念なんだよ。本に書いてる事だって疑ってみる必要があると思う」

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