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少年が綴った物語-妖マリ

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 あたしは、生まれて来てはいけなかった。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 妖マリの父親は、妖マリの事を、誤まって作ってしまった――。

 

 ―――。

 

 妖マリの父親は、からくり人形の職人の家に生まれ育った。ただし、その家は、普通のからくり人形職人の家とは少々違っていた。

 否、妖マリの父親が生まれた時分には、既にただのからくり人形職人になっていたと言っても良いかもしれない。だが、この家がからくり人形職人を生業にし始めたそもそもの切っ掛けを辿るなら、他言できない特殊な理由があったのだ。

 そんなに遠い昔ではない。

 恐らく、ニ世代か三世代前、一人の“忌み人”がいた。

 (家の秘密をさらす事がないよう、記録は消されてきたので、それほどの昔でないにも拘らず、正確な年代は分からないのだ)

 その忌み人は、元は人々から尊敬を集める優秀な医者だった。

 人体の事を熱心に研究し、一人でも多く病人や怪我人を救おうとする、立派で優秀な医者だった。

 しかし……、

 ――熱心過ぎた。

 その時代は戦乱の世だった。毎日のように戦が続いた。それで、この忌み人が研究をするのに必要な実験材料、人体は、思いの他、大量にあったのだ。

 それが、災いした。

 その研究材料の豊富さの為、元は、人々を救う目的で研究していたはずが、いつの間にか本末転倒を起こして研究自体に執り憑かれ、立派であったはずのこの医者は、狂人のようになってしまったのだ。

 人体を大量に切り刻む、という人間の造りからすれば異常な行いを続けた、というのも要因の一つではあったのかもしれない。

 医者は、毎日、毎日、戦場に行っては死体をあさり、新鮮な研究材料を求めて歩いた。

 あそこの骨の作りはこう。……ならば、こうすれば……。神経は……。女と男の違いは。この薬品には…。

 その姿を見た人々は、当然、この医者を恐れるようになっていった。

 そして、この医者には家庭があった。だから、その所為で、家族の他の者達も、人々から疎まれる存在になってしまっていた。

 

 ――実は、あのお医者様は、死体を食う魍魎でねぇのか?

 ――病気や怪我を治していたのも、妖術を使っていたに違ぇねぇ。

 ――近付かねぇ方が良い! ああ、恐ろしい、恐ろしい…

 

 医者は、ある時、人体の欠損部分の代用品として、木や鉄などで作られた器具が使えるのではないか?という事を思い付いた。そして、それを思い付くと、直ぐさまにその為の研究を行い始めた。そして、その様子は、ますます狂人のようになっていった。

 ――否。

 医者は、本当に狂っていたのかもしれない。

 その実験は、まずは、蛙、鼠だとかいった小動物を対象にして始まり、やがては、犬、猫、猿などといった大きな動物を対象にするようになっていった。そしてその実験は、どんどんと過激になっていき、終には、人体をも、その対象にするようになっていったのだ。

 そしてその事が、決定的な原因となってしまった。

 それを見た人々の恐怖心が、限界を迎えたのである。

 ――それで、

 忌み人は、結束した人々の手によって、一家と共に、その地を追われる事になってしまった。

 家族の者達にしてみれば、堪ったものではない。人々から疎まれ、嫌がらせを受け、挙句の果てには追い出される。

 しかし、それでも家族の者達は医者に付いていった。幾ら研究に執り憑かれていたといっても、今度の事でさすがに懲りて、新たな地ではまともな医者に戻ってくれるだろうと、そう思っていたからだ。

 ………だがしかし、それでもこの医者は、研究をやめはしなかった。

 人里離れた僻地に住み、研究を続けながら、如何わしい闇の仕事を受ける。

 研究を続ける為に、医者はそんな生活を選択したのだ。

 負傷した敗残兵の治療。表向きには隠したまま、怪我や病を治したいと願う者達の治療。毒薬作り。普通の医者には治せない病を治す。不気味な器具の製造の依頼。

 噂は広がり、客は定期的にやって来た。生活はそのお陰で安定したが、それでも家族の者達は苦労をした。

 関わる機会が減ったからと言って、やはり疎まれる事に変わりはなかったのだ。また、僻地であるから、食料品を含めた、生活用品を入手する事も困難だった。

 しかし、家族が幾ら苦労をしても、医者の研究熱は治まらなかった。

 そして、ある日突然医者は死んでしまった。

 研究に熱を入れ過ぎた為の過労死だった。

 残された家族は、それで漸く医者の執念から開放される事になった訳だが、同時にそれで生活をする為の手段をなくしてしまった。

 医者がいなければ、人がやって来るはずはない。

 当然、僻地にいたままでは生活を続ける事はできなかった。だがしかし、家族の者達は人々から疎まれてもいたのだ。だから、そのままでは、人里へ戻る事はできなかった。

 結果、家族は、素性を隠して人里に戻るという道を選択した。それしか方法はなかったのだ。ただ、それだけでは食べてはいけない。生活をする為の生業を、家族は持っていなかったからだ。その為家族は、医者の研究の成果の内、人体に関する部分だけは省き、木や鉄を加工して作る器官の製造方法を活かせる、からくり人形の職人を始めたのである。

 ――それが、妖マリの父親が生まれ育った家の秘密だった。

 

 妖マリの父親は、幼い頃に偶然見つけてしまった。

 忌み人、異端の医者である、自分の祖父か曾祖父の研究成果を。

 その記録は、処分されていなかったのだ。

 研究成果が何かの役に立つ時が来るかもしれないと思われたからなのか、或いは、散々苦労させられたとはいえ、自分達の父親が必死になって残した研究成果を、全部無にしてしまうのが忍びなかったからなのかは分からない。

 とにかく、埃を被った倉庫の中、その研究成果を記した書物は、残っていたのだ。

 普通の子供ならば、否、子供でなくても、一般の人間ならば、そんな内容を見ても理解する事はできなかったろう。だがしかし、妖マリの父親は、からくり人形職人を継ぐ為に勉強をしていたのだ。しかも、勉強をしていたのは、元々その書物を元にした知識である。だから、書かれている事で理解できる部分も少なからずあったのだ。

 そして、もちろん、医学、に関連する事も学べない訳ではない。その書物で分からない部分を補うように、幼い日の妖マリの父親は、徐々にそういった方面の知識も身に付けていった。

 もちろん、その研究成果に対し、好奇心が芽生えていたからである。

 それに加えて、妖マリの父親がそれを行い続けた理由には、自分の父親をはじめとする、他の家族が誰も知らない秘密を自分だけが知っている、という、何か悪戯でもしているかのような、わくわくとした優越感のようなものもあった。

 だから、見せびらかしたりはせず、家族には一切ばれないようにしてそれを行った。その点においては、昔が失われてしまっているという事は、妖マリの父親にとって有利だった。その所為で家族の者達は、それがどんな事なのか気付けなかったのだ。家族の者達には、ただの向学心旺盛な子供として写っていた。

 妖マリの父親は、やがてその書物に記されている事を、簡単な事から徐々に試すようになっていった。

 そうして、技術を磨いていったのだ。

 例えば、蛙を捕まえ、本に書いてある器具を作り、手術によって取り付け、動くかどうかを試してみる。そんな事を行った。

 幼かった妖マリの父親にしてみれば、それはとても面白い遊びだった。

 しかしその経験を経て、妖マリの父親には、ある考えが芽生えていった。

 生命など、所詮、からくりの延長に過ぎない。

 そういった考えである。

 複雑で、果てしない程高度な仕組みを有してはいるが、生命のその本質は、実は、自分達が作っている、このからくりらと同じなのだ。

 そして、妖マリの父親は、人間でさえも、からくりと同じものだとして捉えるようになっていたのだ。

 

 それから、月日は流れた。

 妖マリの父親は妻を持ち、そして、子が産まれた。つまり、妖マリの父親は、家庭を持った。

 幸い、妖マリの父親が、先祖の忌み人の様に、研究に執り憑かれる事はなかった。研究をそれ以上進めようと思えば、それには人体が必要になる。だが、戦乱の世は終わっていた。人体など手に入らなかったのだ。

 妖マリの父親は、仕合せな家庭生活を送った。

 元々、先祖の医者のように、生活よりも研究を優先させるような素質は、妖マリの父親にはなかったのかもしれない。

 産まれた子は女の子で、名前は“まり”と名付けられた。

 だが。

 仕合せは長くは続かなかった。

 ある時、時世が急変したのだ。

 

 ――妻が死んだ。

 それが不幸の始まりだった。

 

 国の当主が変わり、世の中の様相が一変してしまった。平和な世が終りを告げた。新しい当主が、恐怖による統治、独裁政治を始めた為だ。

 重い税が課せられ、生活にも困る者が現われ出した。弾圧と略奪が合法化され、みるみる内に、世間は荒れ果てていった。

 そんな中で、妖マリの父親の妻は死んだ。

 何者かに刺され、街の一角で殺されているのが発見されたのだ。

 誰がやったのかは分からなかった。

 もしかしたら、横暴になってしまった国の兵隊の類が殺したのかもしれないし、荒れ果てた世間によって生じてしまった、粗暴な連中の仕業なのかもしれない。

 とにかく、妖マリの父親の妻は死んでしまった。

 時代の流れに殺されてしまった、という言い方が、或いは適切なのかもしれない。

 妖マリの父親は哀しみに暮れ、酷く落ち込んだ。しかし、悲劇はそれだけでは終らなかった。

 今度は、娘のまりが、大怪我を負ってしまったのだ。

 乱暴に駆ける、荷馬車に跳ねられた事が原因だ。この事件も、この今の世の中によって齎された不幸、という言い方が可能なのかもしれなかった。乱暴に駆ける荷馬車は、国の持ち物だったのだ。

 まりは瀕死の状態で、布団に横たわった。

 そして、立続けに降りかかって来たその不幸によって、横たわる、自分の愛しい娘を見つめる妖マリの父親の瞳には、深い哀しみと悔しさ、言葉ではとても言い表せない、執念のようなモノが宿ってしまったのである。

 

 “娘だけは、絶対に死なせない”

 

 そして、妖マリの父親にとって、生命とは、人間とは、からくりの更に高度なモノでしかなかった。

 つまり。

 妖マリの父親に、その磨いてきた、身に付けてきた、闇の技術の力を、使うべき時がやって来てしまったのだ。

 

 …ごめんなさい

 

 布団に横たわりながら、哀しみ、苦しむ父を見て、まりは、そっとそう呟いた。

 

 娘が生きている内に、それは行わなくてはいけなかった。

 妖マリの父親は焦っていた。

 そうでなくては、意味がなかったからだ。肉体が完全に死んでしまったのなら、幾ら高度な技術力であっても、再生させる事は不可能だったからだ。

 妖マリの父親は、慌ててその為の道具を揃えた。

 また、妖マリの父親は必要以上に心配をしていた。もし、仮に回復できたとして、その後の娘が大丈夫かどうか。この世の中に安心をしなくなっていたからだ。

 娘を瀕死の状態から救う事ができても、また何かで怪我を負い、そしてそれで死んでしまうような事があっては意味がない。今は危険な時代なんだ。

 二回連続で悲惨な事件を経験してしまった妖マリの父親にとって、その危険性を考える事は充分に現実的な事だった。

 だから、その為に、この今の世の中ででも生き残っていける力を、手術を施す事によって娘に与えてやる事を、妖マリの父親は考えてしまったのだ。

 ――それで、

 記されてある書物の中で、娘に施す事ができ、尚且つ、一番強い生存能力を与える事のできる手術を、妖マリの父親は、自分の娘に施してしまった。

 

 ――そうして、妖マリは誕生した。

 

 もちろん、父親は妖マリの事を“まり”と呼んだが、世間と、そして妖マリ自身は“まり”と“妖マリ”は別のモノであると考えていた。

 “妖マリ”は、世間の人々が勝手に呼び始めた名である。

 

 ――あの娘、からくり人形になっちまった! からくり人形職人が、自分の娘をからくり人形に変えちまったぞ!

 

 当然、世間からは、奇妙な目で見られたのだ。

 ……妖マリは、まりであった時の記憶を半分程しか持っていなかったが、性格はほとんど変わらず、同じ様に優しい心を持っていた。そして、また、まりであった時の記憶を半分は持っていたからこそ、今の自分と以前の自分を同じモノだとしては捉えたがらなかった。

 妖マリは、半分以上、からくりになってしまった今の自分を人間でない、と蔑んでいたのだ。要するに、今の自分と昔の自分を同じにしてしまうのは、まりであった頃の自尊心が許さなかったのである。

 

 ごめんなさい。

 

 手術を施し、妖マリが誕生した後、しばらくは順調だった。だが、

 “ごめんなさい”

 その言葉と共に、妖マリに異変が起こり始めた。

 

 娘は泣いていた。

 そして、傍らには、死んだ野良猫の死体が転がっていた。

 何が起こったのか?

 最初、妖マリの父親にはそれが何なのか分からなかった。

 

 ごめんなさい。

 

 妖マリは“危険”に対して敏感に反応するように造ってあった。襲われる、だとか、自らが危険な事態に陥ったなら、それに反応するようにできていたのだ。

 危険を感じると、脳内にニ種類の薬品が分泌される。一つの薬品は、意識を支配していると言われる、前頭葉など、大脳新皮質を麻痺させ、もう一つの薬品は、より原始的な脳、大脳辺縁系や脊髄など、を活発化させる。

 そうすると、反応速度が意識を通過しない分だけ速くなり、戦闘に対して有利になるからだ。更に、妖マリの指には刃物が仕込んであり、素早く伸縮をする腕によって、それを相手に突き刺す事ができた。

 その装備は、賊、或いは国の兵隊に対しての対抗手段のつもりだった。

 危険に際した状態の妖マリには、意識によって自分をコントロールをする事はできなかった。意識を司る部分の脳が、麻痺をしているからだ。妖マリには、淡い意識の中で、勝手に動く自分の体を認識する事しかできない。

 つまり妖マリ自身には、相手を攻撃する事を、どうする事もできないのだ。

 

 ごめんなさい。

 

 傍らには野良猫の死体があり、妖マリは、泣いていた。

 口元には血液が付いている。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 謝りながら。

 

 危険な状態というのは、なにも何かに襲われた時ばかりとは限らなかったのだ。

 何の刺激を受けなくても、食料がなければ、生存し続ける事は危険である。だから、体を動かす為の力が足らなくなると、妖マリは、自動的に周りにいる生き物を襲うように造られていたのだ。

 そして、殺した生き物の血をすするのだ。

 液体、しかも栄養価の高い液体、が妖マリの体にとって一番、補給を行うのに適していたからだ。

 どうして、そんな造りにしたのか?

 妖マリの父親は、研究成果を完全には“理解”していなかったのだ。忌み人が残した研究成果は、何も犠牲にしないで生活をしている者が、全て理解できる程単純ではない。妖マリの父親ができたのは、記されてある手術を実践できる事、ただ、それだけだったのである。だから、それにどんな意味があるのかまでは分かっていなかったのだ。だから、書かれてある事をそのまま鵜呑みにして、否、自分の都合の良いように解釈して、手術を施してしまったのだ。

 その事に、妖マリの父親が気付いた頃には、既にもう遅かった。

 妖マリは誕生してしまっていた。手術を施そうとすれば、妖マリは危険を察知し、妖マリの父親を襲ってしまう。

 そして時代は過酷になり、世の情勢は、食料品を豊富に手に入れるのには、困難な状況になっていたのだ。

 食料が足らなければ、妖マリは、生き物を自動的に襲ってしまう…。

 そして、妖マリの体が要求するだけの食料を手に入れられない機会は、度々巡ってきてしまった。

 妖マリは、辛うじてある意識の中で、生き物を殺す事を抑えようとするのだが、それは、どうしてもできなかった。自分は、勝手に生き物を殺す。殺してしまう。そして、その罪悪感に曝されると、妖マリは、

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 謝り、はじめた。

 

 妖マリが、不意に謝り出す時、それは生き物を襲う、暴走をしてしまう前兆だった。襲う事を止められない状態、淡い意識の中で、なんとか搾り出すようにして“ごめんなさい”という言葉を妖マリは吐き出すのだ。

 

 あたしは、生まれて来てはいけなかった。

 

 妖マリは、自分を否定した。

 妖マリは、優しい心を持っていたからだ。

 無慈悲に生き物を惨殺してしまう、己自身を許せなかったのだ。

 妖マリは死にたがったが、それもできなかった。人の脳の仕組みと、手術によって生じた仕組みが、それを許さなかったのだ。

 “自殺”という危険を察知すれば、妖マリの意識は働かなくなる。意識が働かなければ、自殺はできない。

 妖マリとその父親は、町外れに移り住んだ。もちろん、できるだけ妖マリのその状態を人に見られないようにする為だ。

 食べ物が足らなくなると妖マリの父親は、野良猫や野良犬を捕まえてきて、妖マリに与えた。妖マリは、自身を否定し苦しみながら、その動物達を襲い、血をすすった。

 しかし、やがて、それも限界を迎えるようになった。

 動物達を捕まえて来る事が困難になったのだ。

 時代は、ますます荒れ果て、野良猫や野良犬達でさえ、その数が少なくなっていたからである。つまり、一般の人間でさえ、そういった動物達を取って食うようになっていたのだ。

 そして、その所為で、妖マリの凶刃は、最も周囲にたくさんいる生物で、最も襲い易い生物へと向かう事になった。

 つまり“人”に向かったのである。

 人を、半ば事故的に、妖マリは襲ってしまう。妖マリに食料を与える事が間に合わなければ、それは起こった。

 妖マリは、それで更に苦しみ、自分の運命を呪った。そして、その妖マリの姿を見て、妖マリの父親もまた苦しんだ。

 妖マリの父親は、常に食料を求め焦燥していた。そして、間に合わない回数は、時代の流れと共に徐々に増えていった。

 一人、二人…。

 死体が転がっていく。

 近所では、人を襲う女の妖怪の噂話が囁かれ始めた。

 人が死ぬのが当たり前の荒れ果てた時代の事であり、更に家を町外れに移して以来、妖マリの存在も隠してあったが、それでも徐々に妖マリの家は疑われ始めた。

 妖しい余所者だったからだ。

 妖マリたちが。

 妖マリの父親は、間に合わず、死体が転がる度にそれを埋めた。そして、死体を埋める度に、どんどんと倦み疲れていった。

 妻が死に、“まり”も失い、それからは、それに抗う執念で生きて来たような妖マリの父親の気力も、終に尽きてしまったのだ。

 妖マリの父親を癒してくれるような存在も、もういない。

 何の罪もない人が死に、その死体を作ってしまっている自分の娘は、その所為で責め苛まれ、自身を否定し死にたがっている。自分は、焦燥し疲れ果て、その現状に対して何もする事ができない。

 誰も得をしない。誰も何か悪意があってやっている訳ではない。――にも拘らず、皆が苦しんでいる。

 ……こんな状態。

 周囲に妖マリの事がばれるのも、時間の問題だった。

 

 妖マリの父親の疲れは限界に達していた。精神的にも、肉体的にも。

 どんな意志があって、妖マリの父親がそれを行ったのかは分からない。とにかく、妖マリの父親の疲れは限界に達していた。

 逃げ出したかった。

 終りにしたかった。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 妖マリは泣いていた。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 妖マリの父親は、妖マリの事を後ろから、鉄の棒で殴った。

 妖マリを殺そうとしたのだ。

 次の瞬間、妖マリの防衛機構が働き、妖マリの父親は、妖マリの指に仕込まれてある刃によって刺されていた。

 血がしたたり落ちた。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 妖マリは泣いていた。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 あたしは、生まれて来てはいけなかった。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

 妖マリは、父を見つめながら言った。

 

 “……逃げたね、お父”

 

 妖マリは、自分の父親が息絶えた後、人里を離れ山の中へと向かった。

 もう、誰も傷つけたくなかったからだ。

 山中をさ迷い、そして、力を尽き果てさせ、そのまま死のう。

 そう考えていた。

 妖マリが自殺できる手段はそれしかなかった。

 そして、悲痛な声が……。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい…

 

 山中に木霊した。

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