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ある家庭教師の話-1

初期に書いたもので、理屈とストーリーのバランスとか書き方とかあまり考えてない仕上がりになっています。特に中盤が酷い。し、理屈自体もまだまだ甘いです。

そんな訳なんで読み難く、自信もあまりありません。ただ、少年が綴った物語の方は、読むのが比較的楽かもしれません。

 私が、その少年と家族に関わりを持つようになったのは、ある学習塾で講師をしていた事が切っ掛けだった。

 その学習塾は、小学校低学年から高学年までの児童を対象に教えていて、それほど学歴の良くない私でも、その学習塾の講師をする事ができた。

 と、言うよりも、私が講師になれたのは、その学習塾の経営者が変わり者であったからなのかもしれない。

 今でも、何故、その経営者が私のような者を雇い入れたのかが分からない。

 その学習塾は個人経営の小さなもので、例えば、クリスマス会だとかいった催しものなどを多く行った。

 昨今の、所謂、受験勉強だとかいった事々とは無縁の学習の場、否、ある種の、子供同士の交流の場となっていたのだ。

 だから、子供達もそれほど嫌がりもしないで、その学習塾に通っていた。

 その経営者が何故、そんな方針を取っていたのかは分からない。大物だったのか、鈍感だったのか、或いは単なる道楽で経営していただけで、どうでも良かったのか。

 ただ、私は、その学習塾がそのような経営スタイルだったお陰で、かなり自由に授業をやらせてもらっていた。

 勝手気ままに、色々な事を喋った。

 本当の学校でもよく脱線して、世間話ばかりをする教師がいるが、ちょうどあんな感じだったと思う。

 私は学生時代に就職口を見つける事ができず、卒業以来の数年間、そこの学習塾を唯一の働きの場とした。

 もちろん、就職活動をしなかった訳ではない。だが、生来、どうも世間との関わり合いが下手な私にとって、就職をするという作業は殊の外、骨の折れるものだったのだ。

 どうしても、うまくいかなかった。

 面接で、どうやったなら印象を良くする事ができるかなどまるで分からない。常識がないから、話の合わせ方も何か変だ。私はどうして、そうまでして金を稼ぐ事に執着しなくてはならないのかが、そもそも分からなかった(……そういった事を踏まえて考えると、私は、根本から会社に勤める事などできない性質を持った人間であったのかもしれない)。就職試験の意味も分からなかった。もし適した人材を雇う事が目的なら、何の経験もない人間を僅かな数量と時間の筆記や面接、或いは履歴などだけから判断して雇うよりも、アルバイトや何かの経験を経て評価し、雇い入れる方が安全で確実であるように思う。

 就職試験の会場だとかに居ると、なにか居心地が悪く、自分が酷く場違いな場所にいるような気がしてならなかった。

 常にそんな状態であった私は、だから当然、何処にも就職する事ができなかったのだ。そして、時間だけはどんどんと経過していき、結局のところ、数年間もの間、私はその学習塾の講師を続けてしまっていた。

 別に、贅沢をしなければ、生活に困る事もなかったし、塾の講師という仕事も板に付いてきた。このまま、この仕事で一生を終えるのも良いかもしれない。一向に就職口が見つからなかった私は、そんな少々、現実味のない考えを抱くようになった。否、そんな考えが頭の何処かにあったからこそ、就職は決まらなかったのかもしれない。

 ところが、私の働いていたその学習塾は、ある年に突然、潰れてしまった。

 理由は単純である。

 生徒が集まらなくなってしまったのだ。

 子供達はともかく、親達には、確かにこの学習塾は不評だったが、それでも何とか経営していけるだけの生徒数は、その前の年までは確保する事ができていた。テスト勉強を目的にしていないとはいえ、平均点以上の成績を取らせる事には成功していたし、子供達からは人気があったので、決定的な経営不振の原因にはなっていなかったからだ。

 潰れた原因で、塾側に落ち度らしい落ち度は何もなかったのだ。

 では、何故、生徒が集まらなくなってしまったのかというと、その原因は単純で、塾にではなく、塾の置かれる環境に変異が起きてしまったからだ。つまり、生徒である子供達に変化が起こってしまったのだ。

 子供達に“世代交代”が起きたのである。

 学習塾が、子供達の交流の場として機能しているのであれば、自ずと地域密着型の経営になっていく。子供と子供の繋がりが、生徒を集めているのだ。そしてそれは同世代間だけの関係があるばかりではなく、年上年下といった他世代間での関係もあった。

 そして、その年上年下の関係が、私の働いていた学習塾に次の年の生徒を供給していたのだ。

 ところが、それがある年にプツリと途切れてしまった。

 一つの家族が何十年も同じ土地に住んでいるというのは、別に珍しい事ではない。だから、子供が育ち、成長していく過程で、地域密着型となってしまっている学習塾に、生徒がいなくなってしまうというのは十分に考えられる事態である。もちろん、流動する家庭もある。土地から引っ越す家もあれば、入ってくる家庭もあるだろう。だが、そうやって入って来た家庭が、今までの土地の文化と必ずしも結びつくとは限らない。今回の場合は、結びつかなかったのだ。

 もちろん、新しい生徒の獲得の為になにかしら活動をすれば何とかなったのかもしれないが、私も経営者も、そんな発想は持ち合わせてはいなかった。それで、結局のところ、学習塾は潰れてしまったのだ。

 それぞれの家庭の結びつきが希薄になっている現代という時代では、子供と子供の結びつきによって生徒を獲得しようという方向性は、端から適していなかったのかもしれない。恐らく、それぞれの新しい家庭の親達は、それぞれが勝手に、子供達を進学塾に入れて、周りから少しでも抜きん出る為切磋琢磨する我が子の姿を望んでいるのだろう。

 私は、塾が潰れてからの数ヶ月間をぶらぶらと過ごした。やはり就職をする気は起きなかったからだ。

 まったく、こんな状況になってまで、何の危機感も感じないとは、このままいけば生活が破綻するだろう事は目に見えているというのに、私という人間は本当に駄目な人間だ。

 当時、そんな風に考え、少し自嘲気味になっていた事を覚えている。

 適当に決めたアルバイトで糊口をしのぎ、先行きの見えない明日に、ほぼ無気力に、投げやりとも何か違うメランコリックな気分になって身を任せていた。

 そして、そんなある日の事だった。少年の母親から電話がかかってきたのは。

 その時の私は、自分が、有りとあらゆる世界から隔絶されているかのような気分になっていたので、自分に対して何かアプローチをしてくる存在がある事など最初から頭になく、それで、その聞き覚えのない声を聞いた時、初めは間違い電話か何かだろうと考えた。

 その女性の声は、まず最初に私の名前を尋ね、出たのが私である事を確認してから話し始めたにも拘らず、私はそう思ったのだ。

 私が何も言い返さずもごもごとしていると、その女性は電話の向こうで、私の戸惑った様子を察したのだろう、学習塾の元経営者の名前を言い、その元経営者に私の家の電話番号を聞いてかけたのだと説明をした。そして、それから更に、かつて学習塾の生徒であった少年の名前を言い、自分はその母親である事を私に告げた。

 その段になって、ようやく私は冷静な判断力を取り戻す事ができた。

 少年の名前には聞き覚えがあった。確か、2年くらい前に私の生徒だった子供だ。それほど親密だった訳ではないが、頭の良い子だった事を覚えている。

 「それで……」

 私は、その少年の母親が一体私に何の用件なのかと思い尋ねようとしたのだが、私が声を発するよりも先に、少年の母親は自らの用件を述べていた。

 「あの…。実は、息子の家庭教師をお願いしたいのですが」

 ………。

 ……。

 

 …翌日。

 私は少年の母親と喫茶店で会った。

 込み入った話で、電話では難だと母親が言うので、実際に会って詳しく話を聞く事になったのだ。

 私の方には、アルバイト以外では、ほとんど何の予定もなかったので、時間の都合には問題がなかった。だから、私は自分から申し出て、早速、次の日に会う事にしてもらった。

 何でも良い。今の自分の状況を、少しでも変えられるのであれば、それに縋りたかったからだ。

 電話口で、私がどういう事なのか尋ねると、少年の母親は、少年が学校へ行かなくなってしまったのだと、つまり、登校拒否児童になってしまったのだと説明をした。どうやら、その関係で私に家庭教師を頼みたいらしい。

 その事について、私は更に聞きたかったのだが、話してくれたのは、電話口ではそこまでだった。

 「どうも」

 「先日は失礼をしました」

 喫茶店でお互いを確認し合うと、私達は軽く挨拶を交わした。

 実際に会った少年の母親は、声で私が想像していたよりも若く見えた。恐らく、まだ三十代だろう。目立つでもなく、地味でもない格好。いたって一般的な当たり障りのない服を着て、常識的な髪型をしていた。

 可もなく、不可もないといった感じである。

 だが。

 これは、偏見なのかもしれないが、その少年の母親の格好は、私の目には何か嘘っぽく見えた。自己表現だとかいった目的で服の着こなしだとかを決めているのではなく、単純にただ周りに合わせているだけの姿であるように思えたのだ。

 この女性は、ファッションの事など本当は何も分かっていないのではないだろうか? だが、その分かっていないという事実にすら本人は気付いておらず、ただ世間の他の女性と似たような格好を模倣して、それでそれをファッションであると勘違いしているのだ。

 それは、外見を良く見せたいというエゴイズムとは違う、また、目立たない姿になる事によって、己自身の保身をする防衛でもない。

 だから、もちろん芸術でもない。

 中身がない。

 目的がない。

 これは、そう、カメレオンだ。

 この女性は、カメレオンだ。

 ただ、周りがしているから、そういった格好をするのが当たり前だと信じて疑っていないだけの、ただのカメレオンだ。

 (もっとも、本当のカメレオンが変色するのは、保護色で、防御をするという目的があるが…)

 もちろん、この判断は私の単なる印象に過ぎない。信用するに値しない、ただの印象だ。偏見でしかないだろう。

 ただ、私は少年の母親を見た時、まず初めにそう思った。そして、そういったレッテルをこの母親に対して貼りつけた。

 ………。

 場が落ち着くと、少年の母親は約束通り、少年の事を語り始めた。もちろん、私に家庭教師を頼む事になった経緯について、少年が登校拒否をするようになってしまった事についての説明である。

 「何だか様子がおかしくなり始めたのは、1ヶ月ほど前からでした…」

 その母親の話によると、少年は、中学一年生の頃は成績も良く、学校を嫌がっているという雰囲気はなかったのだそうだ。

 ところが、ニ年生に進級し、中間テストを終えた辺りから、微妙に様子がおかしくなりはじめたらしい。

 「多分、学校で何か嫌な事でもあったのだと思います」

 少年の母親はそう語った。

 その口調からは、単純に嫌な事があったため、少年は学校へ行かなくなってしまったのだと、そう母親が考えているらしい事が察せられた。

 私は嫌な気持ちになる。

 それから、母親は、父親は仕事で忙しく、自分もパートではあるが働いており、少年を説得する時間がないのだという事を何度も繰り返し述べて来た。

 どうやら、自分の子供が登校拒否になってしまっている事を恥じだと考えているらしい。それで、しきりに自分達には落ち度はないという事を主張しているのだ。

 それで、私は更に不快になった。

 恐らく、この母親にとってみれば、少年の心中にどんな事が起こり、それがどういう経緯を経て登校拒否という結果になって現われたかなど、どうでも良い問題なのだろう。否、そもそもそんな考えなど、初めから頭にないのかもしれない。或いは、この少年の母親は、世の中には常識という型があり、世間の皆は、一切合財が、そこに嵌って生活を送っているのだと、そんな風な考え方をしているのかもしれない。だから、自分の子供が常識から逸脱した行為をしたなら、それを恥じと考え、修整する事しか考えないのだ。

 (そして更に)。恐らく、その、少年の母親が全てだと思っている“常識の型”は、自らに見える、非常に狭い限られた範囲の事々によって(しかも、自分の視界以外にも世界はある事には無自覚なままで)作られているのだろう。だから、それ以外の範疇で、物事を考える事をせず、自分の行動も、他人の行動も、そこに流しこもうとしているのだ。

 ……。

 私はそんな人間が嫌いだ。

 ……もちろん、先に記述した通り、私は第一印象で、少年の母親に対してカメレオンであるというレッテルを貼った。その先行してある偏見が、私にそう感じさせているだけなのかもしれない。その可能性は充分に考えられる。

 だが、それを踏まえて考えてみても、やはり、この母親の語るその内容は私にとって、不快な彩りに溢れていた。

 ……。

 だが。

 しかし、だからと言って、それで私はこの家庭教師の話を断ろうなどとは考えなかった。

 むしろ逆に是非とも引き受けたいと考えていた。自分の元教え子にどんな事が起こったのか、好奇心は多いにそそられたし、ある程度の金額は支払われるらしい。生活が少々厳しくなってきている私にとって、それは悪い話ではなかった。

 それに、私は何も、母親の望んでいる関わり方を、少年に対してするつもりなど毛頭なかったのだ。少年を、常識の型に押し嵌めるつもりはない。

 私には、少年の登校拒否は、もし仮に、少年が学校へ通い始めれば、それで解決したという類の問題ではないように思えた。

 少年が登校拒否するのには、するだけの理由がちゃんとあるはずだ。むしろ、問題なのはそちらの方であり、登校拒否という現象自体ではないのではないだろうか?

 或いは、その理由となった事が解決されさえすれば、学校になど通わないままでも良いのかもしれない、とさえ私はその時考えていた。もちろん、世間との折り合いをつけるという観点から判断するならば、それがあまり好ましくない考え方である事は分かってはいる。分かってはいるが、それでも、私には、本当の重要事項は登校拒否自体ではないように思えたのだ。

 そしてだから私は、話を聞きながら、この母親に任せておいて良いはずはない、と感じていた。もしかしたら、私が関わる事が、少年にとって必要であるのかもしれない。そして、家庭教師になれば、少年と関わりを持つことができる。だから、私は少年の母親の話を聞きそれを不快に感じながらも、むしろこの話を引き受けたいと考えたのだ。

 「それで、なんとか学業の方だけでも滞りがあってはいけないと思いまして、家庭教師を誰かに頼もうと考えたのです」

 ………。

 前述した通り、少年の行動は、この母親から見ればとても考えられない、大きく常識から逸脱したあってならない行為なのだろう。それで、この母親は、何とか常識に近づける為に必死になっているのだ。子供の世界が、自分の世界とは違っているかもしれないという認識がそもそもなく、だから、子供の立場から物事を考えるという発想がない。登校拒否という現象も、この母親にとっての“常識の型”の範疇内に引きずり込まれ、処理され、理解し易い姿に歪められているのだろう。この母親にとっての事態の優先事項は、どうやら“勉強”であるらしい。

 ……この母親は、家庭教師を雇って子供に勉強をさせる事で、自らの秩序の回復をしようとしているのだ。

 少なくとも、私にはそのように思えた。

 もちろん、それだってある意味では、子供の為を思っての行動なのかもしれないが、しかし、世の中には、手前勝手の愛情というモノも確かに存在する。相手の為のではなく、自分の為の、他人への愛情だってあるのだ。

 頑愚となり、その事実に気付けなければ、その因子は、様々な厭な現実に発展する可能性がある。

 母親の説明は続いていた。

 「ところが、息子はそれを嫌がりまして、流石に、それは幾らなんでも我侭すぎると思ったものですから、何とか説得しようとしたのです。そうしたら、先生の名前を仰って、先生の家庭教師なら受けても良いと…」

 私は、その説明を聞いて驚いてしまった。

 そして、それまで熱心に聴くには値しないと判断し、大半の母親の説明を半ば聞き流していた私は、それで初めて、身構えたのだ。

 (何だって? 私を?)

 ……どういう事だろうか? 私は先も述べた通り、少年とはそれほど親密という訳ではなかったのだ。少年が私を指名する理由に心当たりはなかった。

 学習塾の講師をしてはいたが、私は、特に人に物を教えるのが上手いという方ではないと思う。恐らく、優秀な家庭教師にはなれないだろう。雑談は好きでよくするが、私の中にある少年の記憶で、それを楽しんでいたようなイメージはなかった。他の生徒と比較しても、そんなに多くは笑っていなかったはずだ。

 疑問に思った私は、

 「本当に私の名前を言ったのですか?」

 と、思わずそう問い質してしまった。

 「はい」

 すると、母親は呆気なく即答する。

 私はそれを聞いて、少しの緊張を感じてしまった。

 昔から気の弱い私は、何かしら期待を持たれるという事態、重圧のかかった立場に弱いのである。

 求められている事に答えられる自信がない。しかも、今回はその正体が不鮮明なのだ。少年が、何を私から期待しているのかが分からない。分からない事によって、不安はそれだけ増す。

 何をしてやれば良いのだ?

 私は軽い焦燥を覚えた。

 だが、それから私は、

 ……否、

 ただ、普通に教師をやれば良いだけか。

 もう一歩で強迫的な思いが暴走しようというところで、慌ててその不安を打ち消し、そう思い直した。

 少年が何を期待しているかなど関係ない。私は、私のやれる事をやるだけだ。少年にとって、私の執った行動が、どれだけ期待外れなものであったとしても、とにかく、勉強を教えさえすれば、金は貰えるのだから。

 変に構える必要はないだろう。

 私は、自分の心を安定させる為に、自分自身に対して言い聞かせるようにして、そんな思考をした。

 そうだ。少年を救おうなどとは考えない方が良い。確かに、私は、この母親とは違った対応を少年に対してしてやれるだろう。だが、その事で確実に少年を救える訳でもないし、救おうとも思わない方が良い。

 ………。

 しかし、その思考は、私にとって何かすわりが悪く、違和感の抜けないモノだった。何処かで私は、無理に思い込もうとし、自分自身に対して嘘をついていた。それが、実感できた。だから、私の中で、その思い込もうとした内容は、直ぐに揺らいでいった。

 ………。

 ……否、その思考もどこか違うか。

 少年の期待している事を与えてやるべきなのではない。私が思った、少年の為になる事をしてやるよう努力すべきなのだ。仮に、少年が期待している事を与えてやったとして、それが少年の為になるとは限らないのだから。

 そして、そこまでを考えたその時、

 「…それで、私ども家族としては、できるだけ早くから来て頂けると嬉しいのですが……」

 少年の母親は、そう私に問い掛けてきた。

 その一時、母親の存在を半ば忘れ、所々矛盾がある胡乱な思考、葛藤に熱中していた私は、それでハッと我に返った。

 思考が中断される。

 「は、はい。では、早速明日からでも」

 そして慌てた私は、それで、反射的にそう答えてしまっていた。ただ、そう答えてしまった後で考え、その返答に不都合な点がない事は直ぐに確認したが。

 「……そうですか。それは、ありがとうございます」

 すると、母親はそう礼を言った。

 ……。

 それから後は、家庭教師をしに行く具体的な時間を決め、少年の家の住所を聞くと、それで少年の母親との面接のようなモノは大体終りだった。

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