さよなら、暴君
私とクロエは新居での二人暮らしを楽しんだ。この日のために、伯爵家では勉強の他に家事も練習していたのだ。メイドにいろいろ教えてもらい、洗濯も掃除も料理も、一通りの事はこなせるようになっていた。
私は研究所に通い、クロエは中等科へ一年、さらに高等科へ二年通った。そして彼女も私と同様に研究の道を選び、見事に勝ち取った。自分で生きて行く力を手に入れたのだ。
クロエが研究所に入った時私は二十一歳になっていた。貴族令嬢であれば行き遅れの部類であろう。だが私は今は平民だ。そんな事を気にする必要もない。
その時、私の研究室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「やあジュリア。クロエの入所、おめでとう」
「ありがとう、マシュー。ホッとしたわ」
「君の長い計画が実って本当に良かったよ。中等科でその話を聞いてからもう八年か」
マシューは中等科からの同級生だ。かなり優秀な頭脳の持ち主で、私は彼を追いかけて勉強に励んだからこそ今がある。
現在、彼の研究と私の研究は関連があるので、共同で仕事をしている。公私共に頼れるパートナーだ。
そう、彼と私はもう六年越しの恋人なのだ。姉に知られないよう細心の注意を払ってここまで愛を育んできた。
新居に越してからはクロエには二人の仲をオープンにしていた。先日合格が決まった時クロエは、
「お姉様今まで育ててくれて本当にありがとう! これからはお姉様自身の幸せを第一に考えてね。早くマシューと結婚してあげないと可哀想よ」
そう言ってくれた。
「ジュリア、改めて申し込むよ。私と結婚してくれないか」
「ありがとう、マシュー。喜んでお受けいたします。お待たせしちゃってごめんなさい」
私の指には大きなダイヤモンドの指輪がはめられた。
マシューは侯爵家の次男で、結婚したら伯爵位を譲り受けることになっている。領地は南の豊かな土地で、研究の合間にそこで過ごすのも楽しみだ。
クロエも実は高等科で知り合った伯爵家の嫡男と結婚話が進んでいる。代々文官を務めてきたお家柄で教育熱心であり、研究所に勤める才媛が嫁に来てくれる、と大層喜んでいるそうだ。
ところで元実家のキャリック伯爵家はどうなったかと言うと。
父亡き後、古くからいた執事やメイドは辞めてしまった。領地の経営を担っていたのも主に執事だったことから、徐々に経済状態は悪化していってるようだ。本人達はそれに気付かず贅沢三昧しているようだが。
私があの時用意した書類には、家族としての縁を切ることと、姉夫婦が母の面倒を最後まできちんとみること、そしてマイケルの養育は自分達だけでちゃんとやるようにと書いておいた。ちゃんと領地経営をして堅実に暮らせば、充分にそれらを果たせるだけの財産はあるのだから。贅沢をして全て使い果たした上で
「家族なんだから面倒見て」
と言われるのだけはごめんだった。
その後私とマシューの結婚話が明らかになると、姉はマシューの実家である侯爵家を訪れたらしい。
「私はジュリアの姉だ、結婚したら私も侯爵家の一員だから仲良くしてくれ」
と言って追い出されたとか。ああやはり、縁を切っておいて良かった。
辛い日々もあったが私は今幸せだ。かつての暴君とはもう関わることはない。あとは、ゆっくりと堕ちていくのを見届けるだけでいい。そんな私も随分性格が悪いと思うけど。