第3話 「変化」
(やばい、明日までに提出のプリント、学校に忘れた)
午後五時になり、春香は翌日に提出するプリントを学校に忘れてきたのを、思い出していた。
学校が閉まるのが午後六時半で、急げばまだ取りにいける時間だった。
(数学の先生、厳しいんだよな……)
翌朝の一時限目に数学があり、どんなに頑張っても登校してから終わらせるのは不可能だった。
怒られるのを受け入れるか、今から急いで取りに行くかを天秤にかけたとき、春香の中では『取にに行く』という選択肢が勝った。
「よし、行くか」
携帯と財布をポケットに入れて、家を出る。
まだ親が帰ってくる時間ではなく、電気を消して戸締りだけ済ませておく。ポストの裏で返しになっている隙間に鍵を隠すと、春香は暗くなりつつある道を小走りで進む。
学校は広く、半分は森林のようになっているので、進む場所によっては不気味さが目立つ。
少なくとも、暗くなってから高校生が出入りするような場所ではなくなっていた。
「ん?」
校舎に入ろうとしたところで、ひとりの女子生徒が歩いているのが見えた。
「黒沢 杏里?」
進んでいる方向は校舎の裏側で、森林になっている場所。入学したばかりで、迷ってしまったのかと春香は考えた。
(追いかけるべきか?)
約一分ほど考え、春香は杏里を追うことに決めた。
――それが『非日常』の世界へ招き入れる扉であると、この時の春香は気付かなかった。
(誰もいない)
走って追いかけたはずなのに、角を曲がったところで誰もいなかった。
見渡しても暗闇が広がっているだけで、こんな時間に女子高生が入り込む場所とは思えなかった。
その時、何かが割れる音が響いた。そして、岩と岩をぶつけたような、凄まじい破壊音も聞こえてくる。
「きゃあああああ」
叫び声、それも女の子のものだった。
一瞬だけ、誰か大人を呼びに行くべきか迷うが、決断するより早く足が動いていた。
森林でも開けた場所、物音がして頭上を見上げると、何かが木にひっかかりながら落ちてきた。
どさりと、鈍い音がして着地する。
近寄ってみると、それは女の子だった。
「だ、大丈夫ですか?」
見知らぬ美少女。衣服は破け、顔や腕に深い傷があった。腕には、獣に裂かれたような痕も残っていた。
「あ……」
意識を確認しようと体をゆらすと、べっとりと生暖かい液体が付着した。
「ハル……くん? これ……を」
手渡される携帯電話。
――そして、冒頭のシーンに戻るのである。