2章:辺境の邂逅者たち 07
朝食も終え、目が覚めた少女は多少弱々しく感じられるもののそれ以外に心配すべき点はなさそうだった。カネミツたちはまず自己紹介から始め、ここがどこなのか、自分たちがここに来た経緯、少女を見つけた経緯など時間をかけて話した。
「……危険じゃないの? あそこはもう帝国が掌握しているからまともに足を踏み入れることは難しいと思うけれど……」
「だから魔動力車をここに置いて最低限の荷物で身軽に動けるようにしてるんだよ。それにそれを承知で自分勝手にやってることなんだから心配することはないよ」
「ねぇねぇ! それよりお姉ちゃんの名前をまだ聞いてないよ」
少女が上体を起こしているベッドにコキアが飛び込みながら言う。少女は体力も回復していないのでそのまま後ろに倒れてしまった。
「コキア。あんまり激しいスキンシップはやめてやりな」
ファンがひょいとコキアをつまみあげ、窘める。
「あ、いえ気にしないでください。えっと、私はアンナ……そうアンナ・エフォールと言います。助けていただいてありがとうございました」
頭を下げる所作などに普通ではもちえないような、優雅さを感じる。
しかしそのような感想は気にせずに林の中にいた経緯などを尋ねてみるカネミツ。
「えっと……その帝国侵攻の混乱から逃げる途中だったんですけれど、この林道で疲れ果ててしまって……」
「ふーん。じゃああの武器はアンナのじゃないのか?」
カネミツは特に疑うことなく、何気ない質問のつもりで言ったのだがカネミツたちが驚くほどアンナは狼狽してしまった。
「え!? あ、うん! あれは……そう父の形見なの! 戦場に向かったきり会えていないんだけど、父が使っていたあれだけが手元にあって一緒に持ってきたんです、ええ」
「アンナも辛い経験してんだなぁ……まぁあたしたちにアンナをどうこうする気はないからここでは気楽にいてくれればいいよ。そんな固っ苦しい敬語じゃなくてタメ口でいいしな」
「そうだね! ゆっくりここで体力を回復すればいいよ! そのあとも同行するのも、別れるのもアンナの自由だからボクたちは口出ししないしね!」
「えぇ……アンナは一緒じゃないの?」
「コキア、無理言うな。俺達は偶々一緒に旅をすることにはなったがアンナにはアンナの優先すべきことがあるだろうし、一緒に来てくれと頼めるような立場でもないだろう? 仲良くしたいならアンナがここに居る間に目一杯仲良くなるといい。そういうことはアンナ自身が決めることで俺達が干渉すべきじゃないんだから」
そのあとは適当に雑談をして時間を潰す。途中で昼食を挟み、その際またお粥になりそうだったのでファンとアスワドが大抗議し、アンナも気にしなくていいと言ったため、ではどうするかという話があったり、コキアがアンナのベッドに潜り込もうとしてファンに摘みあげられるということが度々あったりした。
そして薄暗い林がさらに影を濃くし、見上げる狭い空が朱色に染まり始めるころ、出立組が帰ってきた。
彼らとの簡単なアンナの名前等の話を経て夕食となる。夕食は魔動力車の中ではなく、皆で炊いた火を囲んで採ることにした。
アンナもカネミツの助けを得ながら外に出てきて一緒に火を囲む。夕食の場での話題は出立組が見てきたアルヘオ王国跡地の話になった。
「さすがは小国の王ながら賢王と言われたフィリップ王なだけはあると思う。戦闘の余波などでほとんど瓦礫の山ではあったが今日一日で市民らしき姿は見なかった。生者、死者問わずな。恐らく戦闘が開始される前に国外退去させていたのだろう。兵士と思える死体も戦闘後にしては想像以上に少ない思えるあたり、兵士同行で避難させた可能性が高いな。敵わないということも予測していたのだろう……惜しむらくは、彼自身逃げださなかったことだが、そこは……王族の責任というやつだろうな。俺にはその責任がどういったものまでかは想像もできないが……」
「わたしもグレイと同じように感じました。それに思ったほど帝国の人間も見ませんでした。場所によっては堂々と歩けるくらいでしたからね」
「帝国のそのあたりの考えも知っておきたいの。アルヘオに残った住民は戦闘前に帝国側でも避難させておるのではないか? その後復興に力を注げるように、とワシは考えておるが……どうなんだ? ヴィオ、お前さんもともとは帝国の人間だろう。何か予想くらいできんか?」
ブルの言葉の途中でアンナが目を見開き、ヴィオレッタを見るが彼女はただ微笑み返しただけだった。はっとして小さく頭を下げるアンナ。
「今回アルヘオ侵攻を請け負った上将についての情報がすっぽりと抜け落ちているのよ、わたしの頭からは。アウグストゥス。あなたは知っているわよね?」
「ん? あぁ世間一般に知られているくらいのことならな。曰く、帝国史上最年少で上将にまでなった。曰く、帝国の誇る最強の魔剣士。曰く、敵味方関係なく悪逆非道を等しく裁く正義の剣。名を……エタン帝国十二将、上将、鱗堂 仄華」
「……なんだって?」
その呟きが聞こえたほうへ皆が顔を向けると、カネミツが目を見開いて呆然としていた。思わず顔を見合わせる一同。
「なに? なにかあったの? カネミツ」
「……いや、ごめん。なんでもない。続けてくれ」
なにかを振り払うようにゆっくりと首を振り、続きを促すカネミツに怪訝そうな視線を向けながらもアウグストゥスは続ける。
「まぁいい。続けるぞ。とにかく鱗堂が上将になったのは四か月ほど前だと聞く。他の十二将たちと比べても名は知られている方だ。この短期間でな。理由はブルも言った通り、侵攻後の土地の復興にかなり協力的なんだそうだ。噂では侵攻した国の重鎮たちを匿っているという話もあるくらいだしな。もしかしたら帝国内上層部の考えと鱗堂の考えは違っているのかもしれん……話が少し逸れたな。名が知られている最大の理由だがその実力がとてつもなく凄まじいと言われている。帝国内で開かれる武闘会、その時出場者の誰に期待しているかという質問に対する皇帝の答えなんだが……」
『特別視するいわれはないな。わたしはこの武闘会に出場する者たちの、帝国の民の力を知っておる。世界で最も勇猛な戦士たちよ。それでもわたしが一体誰の実力を高く評価しておるのかと問われれば、こう答えよう。少し前に我が剣たる十二人に選ばれた鱗堂 仄華。あ奴については真正面からぶつかり合いたくはない、とだけ言っておこう』
その答えを聞いた者たちの驚きは誰でも想像できる。帝国皇帝といえば世界最強と謳われる人物の一人である。そんな人物が「真正面からぶつかりたくない」と言ったのだ。
「世界にはいろいろ最強と謳われる者たちがいる。帝国皇帝、天下八絶、超獣ベヒモト、十戒人。歴史上の聖人などもいるが、そんな奴らに迫る実力だというんだ。そりゃ有名にもなる」
「……へえ。最年少ということはまだ二十にも満たないのかしら? 幾つなの?」
「十七だそうだ」
静寂が訪れる。わずか十七歳で世界最強に迫る実力者が、徒歩で一時間程度の場所にいる。そのことを思えば誰だって思わず黙ってしまうだろう。敵対を避けるべきなのは当然。もし敵対すれば間違いなくいい結果にはなるまい。ましてや、アウグストゥス達はもちろん、それに同行しているカネミツ達も帝国に認められるような行動をしているとは言えないのだから。
そこで活動をやめようと誰一人として言わないのが、彼らの性格なのだが。
「とりあえず今日以上にこそこそすることは決まったね!」
同時に頷く一同を見て「それだけなの……?」と呟くアンナの声は小さすぎて誰の耳にも届かなかった。
その後も変わりなく明日以降の予定などを話し合う一行。
途中、アンナが「あのぉ……」と小さく挙手をしてみんなの視線を集める。
「……皆さんがアルヘオに残った人たちの助けになろうという話は聞きました。それが認められるものではないこと、誰かに頼まれたわけでも、同情からくるものでもなく、ただやりたいからだという理由も。それでも……それでもアルヘオの人間を代表してい言わせてください。ありがとうございます」
特に気にするなというように笑って流されたが、アンナ自身はそれで心の整理が付けられたのだろう。悩みが解決できたと言わんばかりのすっきりとした微笑みを浮かべていた。
翌日からも居残り組、出立組のメンバーは変更せずに活動を続ける一行。アンナも徐々にだが体力が回復し、助けも借りずに動けるようになってきていた。
しかし居残り組は出立組とは違い特にやらねばならないことがあるわけでもないので、時間が有り余っている。初日は皆で会話などをしていたが、それ以降についてはファンとアスワドの二人はほとんど寝ている。
子どもらしい活発さを見せるコキアと、同年代なためか会話がしやすかったのだろう、カネミツとアンナの三人が普通に活動しているという状況だ。
「へぇ。じゃあカネミツは自分のように誰かに手を差し伸べてくれる人が多くなってくれればいいと思って、旅をしながら人助けをしてるのね」
「なんか正直に人助けと言われると照れるな……そんな大層なものじゃないと思うけど、俺が差し伸べた手が誰かの苦境を救うことになるのならいいと思うし、助けられるだけじゃなくて助けることも出来る人が増えてくれれば、俺が旅に出たことに一握りの意味くらいはあったのかな、とは思えるよ」
カネミツの答えにゆっくりと首を振り微笑みかけるアンナ。
「そんなことない。とても素敵な理由だと思うわ。人を助けるってとても勇気がいるもの。そのことを自慢もせず、当たり前のように言えるカネミツのこと、私とても尊敬してるわ」
アンナがゆっくりと腕を上げると、その腕に小鳥が羽を休めにとまる。
そんな彼女の様子を見ながらカネミツは尋ねる。
「アンナはこの後、どうすんだ?」
「……この後?」
「アウグストゥス達の活動が終わってここを離れることになったら、一緒に付いてくるか?」
「それは……でもいきなり私が一緒になっちゃってもいいのかな?」
「そんなことなら、俺達だって出会ってから僅か二日で一緒に旅を始めたような仲だぜ? 今更一人増えるくらい何も変わらないさ」
それでもアンナは何かを思い悩むように顔を伏せてしまった。
カネミツが唐突に立ち上がる。そして彼はそのまま魔動力車に入ってしまった。
「……気を悪くさせちゃったかな?」
腕に止まった小鳥に自嘲気味に微笑みかける。その瞬間小鳥は「チチッ」と鳴いて林の向こうにある狭い空へと飛んで行ってしまう。
「あはは……。皆、私の傍から離れて行っちゃうのかな……」
そのとき誰かがアンナの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。驚いて顔を上げた彼女の目の前には笑顔のコキアと何かの箱を持ったカネミツがいた。
「おいおい、何を思い悩んでいるか想像もできないけれど落ち込むなよ。俺が悪いのか? これ」
「カネミツが悪いー!」
ペシペシとコキアに叩かれながらも彼は話を続ける。
「この箱の中にアクセサリーを作る道具や材料が入ってるんだ。簡単なものならベルデに作り方を教えてもらったし、時間もかからないらしいから気分転換になんか作ろうぜ」
アンナの目の前に胡坐をかき、箱を開けるカネミツ。その横にコキアが陣取る。
「……まぁ折角ここで会えたんだから一緒にこれからも居たいとは思うけど、アンナが何を悩んで躊躇するのかが分かんない以上、俺にできることはないしな。お人よしとしてはもどかしいことだけど、アンナは悩みを教えてくれないだろ?」
「……だって……それは……」
「あぁいいよ言わなくて。アンナが本当に俺達に助けてほしいと思った時に言ってくれれば。ただ一緒に行くにしろここで別れるにしろ、折角出会ったんだ。この縁が途切れずに続くように、何か形として残しておこうぜ。な?」
そう言ってアンナに笑いかけるカネミツの笑顔はどう見ても子どもっぽいものだった。
それを見たアンナは顔を俯かせてカネミツの袖を摘まむ。ぽそりと一言。
「……ありがとう」
白金髪に覆われたその顔は少し朱色に染まっているように見える。
カネミツとコキアは顔を見合わせて笑い合う。そんなカネミツ達の雰囲気が広がったように林のなかは平和そのもので、いまが戦乱の世であることを忘れさせる。
穏やかな時間に、我知らずアンナはこのように他愛ない日々が続けばどれだけ幸せだろうかと思ってしまった。
故郷が失われても、新たな出会いから笑えている自分を感じながら、辛いことがあっても乗り越えて、平穏に生きている未来を想像できるほどに、そう思ってしまったのだ。
何ひとつ、自分に纏わりつく問題は解決されていないのに。
彼らに真実を全て明かす覚悟もなく、だからと言って彼らのために一人になる覚悟も持てない。彼らと過ごす未練だけが胸に積もっていく。
次回より物語は大きく動くと思います。(あくまで自分なりにですが)
引き続きご意見などをお待ちしています。
厳しいご意見もお気軽にお送りください。
今後に活かしたいと思っていますので……。




