2章:辺境の邂逅者たち 06
林で少女を見つけて一夜が明けた。
カネミツ達はいつものメンバーにアウグストゥスも交えて今後の予定と少女の処遇について話し合っていた。
「オレたちゃ今日から本来の目的である、アルヘオ王国跡地における活動を開始するが、付いてくるか残るかもお前ら自身が決めると良い。その拾ってきたやつの処遇に関してもコキアの時のようにお前らが望むなら、バックアップはしてやるからよ」
「ありがとう、アウグストゥス。さて、じゃあ昨日カネミツ拾ってきた女の子だけどどうしようかしらね?」
「とりあえず休ませておけばいいだろうの。目が覚めたときに話を聞いた後でも遅くはあるまい」
座卓に置かれていたコップを手にベルデが続く。
「付いていくのは四人、残るのはコキアとそこの彼女を含めて五人でいいのではないですか? まさか魔動力車だけをここに残して皆がアルヘオに向かうわけにはいかないでしょう」
いまカネミツ達は林にあった細い道を逸れて、林の中に見つけた少し開けた場所に停泊している。少女を担いだカネミツが戻ってきたときには、アルヘオまで徒歩で一時間ほどだという林道の終わり近くまで来ていたのだ。
堂々と姿をさらして近づけば帝国の人間に誰何されることは間違いない。問題を起こさない答えを返す機転を利かせられる人間が一行の中には少なすぎたため――というより誤魔化かすことが難しい。旅でこんなのところを訪れるのは、アルヘオ陥落の報が駆け巡って三日が経つ今では考えづらい。いったい何の用があってこんなところにいるのか理由が思いつかなかったのだ。だから林の中に隠せられるものは隠し、身軽な状態で亡国の地へと紛れ込もうというわけであった。
「じゃああたしは残るぜ。こそこそしながらっていうのは性に合わないから大人しくしてるよ」
「ボクも静かにできる自信が全くないからここで騒いでいるよ!」
いや、ここでも騒ぐなという皆の視線を受けて発言と同時に憩いよく挙げた腕を力なく下し、心なしか縮こまるアスワド。
「じゃあ残りの一人は俺かな。そもそも俺がここに連れた来たんだから、主に俺が面倒を見るよ」
「……そんなこと言って疚しいことを考えてないでしょうね、カネミツ? よく見るとその女の子、顔立ちがものすごく整ってるから……」
「茶化すなよ!」
そう言いつつも、ここに運ぶ際背中に当たっていた柔らかさを思い出したことは秘密である。
「そうですよ、ヴィオ。カネミツにそんな度胸はありません。ええ、これっぽっちも」
そういって指で何かをつまむような形を見せるベルデ。その指と指の隙間は限りなく狭かった。
男性陣が無言でカネミツの両肩に手を置いた。煩わしいだけである。
「とにかく決まりだな。ここに残るのはカネミツ、アスワド、ファンそれにコキアと拾ってきた女の五人。アウグストゥス達に付いて行って手伝うのはヴィオ、ベルデ、ブル、そして俺の四人ということになる」
「決まったか? オレたちゃ、あと一時間ほどしたらここを発つ。それまでに一緒に来るやつは準備をしておいてくれ」
どっこいしょ、と立ち上がり魔動力車の後方のドアからアウグストゥスは出て行った。
それから一時間はあっという間だった。準備を整える者はそれだけで時間が過ぎ、それ以外の者も朝食の準備やら出立組へ持たせる携帯食料などの準備を手伝っていればアウグストゥスの仲間である中年の男が呼びに来た。
必要最低限の荷物を手に外へ出る四人を見送るためにカネミツたち居残り組も一緒に外へと出る。
「じゃあ行ってくるけれどコキアのこと、女の子のことを頼んだわよ、カネミツ?」
ヴィオレッタに妙に強い力で両肩を抑えられ念を押すように告げられる。
「おいおい、なんであたしらじゃねぇんだ? コキアくらいならこっちに任せても大丈夫だぜ」
「そうだよ! ボクだって役に立てるってことを知らないね!?」
「……居残り組の中ではどう見てもカネミツが何かあった時に一番うまく対処出来そうだからですよ」
「思うままに行動するアスワドと、ただ場をかき回すだけのファンの姿が出会って三日しか経っていないというのに、ありありと想像できるな……」
「こやつら二人を一緒に残すことに今更ながらものすごく不安を感じるのだが、本当に大丈夫だろうな? カネミツ、お前さんがしっかりするんだぞ?」
皆にそのようにありがたい心配と信頼を寄せられ――残りの二人には不名誉な心配と信用の無さであったが――カネミツたちは出立組を静かに見送った。
まだ日が世界を照らし出して間もない。木々に陽光を遮られながらも、この薄暗い林にさえ清涼な空気が漂う。ほのかに感じる草木の匂いは心を落ち着かせてくれるし、かすかに聞こえる小鳥たちの囀りは耳に心地よい。
まずは皆で朝食を採るために魔動力車へと戻ることにした。
●
目が覚めて見た光景はどこかの天井だった。
しかし天井というには低すぎる。目の前に壁があるような距離は、床と離れているからだろうか。シーツを掛けられていることからここはベッドだろう。顔を動かすと縦六メートル、横四メートルほどの空間の中央に座卓が一つ置かれている。その上には水の入った水差しとコップが一つ置かれていた。
頭上側には人が一人通れるくらいの隙間があり、その向こうに少し狭いスペースがあった。食料などを覗かせた袋が置いてあるのでキッチンだろうか。さらに奥には扉が見える。
自分が寝ている反対側には人一人がやっと入れるような二段式の簡易ベッドが縦に二列並んでおり、そのすべてに人の姿はなかった。
どうやら反対側にある同じような簡易ベッド、その下段に自分は寝かされていたらしい。
そこまでの状況を把握して、ひどく喉が渇いていることに気が付いた。喉の渇きを潤したいが、ここでどういった扱いであるのかがわからないため中々行動に踏み切れない。
そこまで考えたときあまりに喉が渇いたためか、喉の奥がへばりつくような感覚を経て、咽る。
「けほっ、こほっ」
静かな空間には決して大きくない咳でさえも響き渡る。渇きのあまりひゅー、ひゅーという呼吸をしながら、咽た際に目に滲んだ涙を拭おうとした、そのときだった。
誰かが優しく背に腕を回し、ゆっくりとこちらの上体を起こす。そして目の前に水の入ったコップが差し出された。
「大丈夫か? 喉が渇いているなら水があるけど……飲むか?」
喉の渇きのせいで声は出せそうになかったので、微笑むことを礼としてコップを受け取りゆっくりと水を喉に流し込んだ。喉の奥に在ったいやな感覚が消える。改めて礼を言おうと思ったがいつの間にかコップは自分の手から抜き取られていて、またゆっくりと寝かされる。
「まだ横になってろよ? 林の中で意識を失ってたんだ。どれくらいあそこにいたのかまではわからんが、相当疲れていると思う。楽な姿勢でしばらく動かない方がいい」
どうやらいま水を飲ませてくれたのは、同年代の少年だ。ぼんやりと脳裏に残る髪と同じ黒色の髪をした彼は、やはりキッチンだったらしい場所へとコップを持っていく。ここへ運んでくれたのも彼なのだろうか? 水を飲ませてくれる際の仕草やこちらを気遣うようなセリフからどうやら悪い扱いではなさそうだ。
そこでいきなり目に映る光景が変わる。
目に飛び込んできたのは、くりっとした琥珀色の瞳と真ん丸な顔、有り余る元気がこちらにまで伝播しそうなかわいらしい顔立ちの女の子だ。
「お姉ちゃんだいじょうぶ? どこか痛くない? なにかしてほしかったら言ってね。ここに居る人たちはほとんど出掛けちゃったけど、いい人ばかりだから安心していいよ」
そんな女の子の顔が今度は不自然な離れ方をする。背の高い女性が襟首を掴んで猫のように女の子を持ち上げていた。
「こらこら、静かに休ませてやらにゃいかんだろ、コキア? あたしらはメシ食うぞメシ」
「ご飯はどこだい?」
長身の女性が離れていく後ろに細身の男性が続く。先ほどの少年と合わせて四人いるらしい。彼らは座卓を囲むように座る。キッチンから先ほどの少年が鍋を持ってきて座卓へと置いた。白い湯気がそこから立ち上る。
「……なぜお粥?」
「いや、疲れた体には消化に良いものがいいかなぁと思って……」
「……それで皆お粥なのかい? ほかには無いのかな?」
「消化に良くても朝から食うモンじゃねぇだろ」
「仕方ないだろ? 健康なお前らはともかく、疲労で意識を失った人間も一緒なんだぜ? 我慢しろよ。それに旅の途中で豪勢に何品も出てくるわけないだろ」
「ほら、ファンもアスワドもせっかくカネミツが作ってくれたんだから文句言わずに食べよう?」
「見ろ。お前らよりコキアのほうがよっぽど聞き分けがいいじゃないか。味気ないのは認めるがここは弱った人間に合わせてくれ」
もそもそと食べ始める四人。優しくしてくれているのか、暗に足手まといだと言っているのかどちらとも取れそうな言葉だったが、心配されていることは確かだろうと思う。
ちらちらこちらを窺ってくるので、丸わかりなのだ。落ち着いて目も閉じられないが。
しばらくその光景を見ていると、食べ終わったのであろう少年が立ち上がる。その手にお椀と匙を持ってこちらへとやってきた。すぐ傍で腰を落とし、
「起こすぞ」
一言の後にゆっくりとまた上体を起こされる。食事も貰えるのかと思っていると掬ったお粥をこちらに差し出し、
「ほれ」
――……えぇ!?
顔が熱くなるのがわかる。
「ん? 食欲はないか?」
急ぎ自分で食べられると言うために口を開こうとした。が、
「おいおいカネミツ。そりゃ食べるのを躊躇するに決まってんだろ? 冷ましてやらなきゃ熱くて食えねぇじゃん」
違うと叫びたかったがそれほど大きな声を出すほどの体力は残っていないらしく代わりに咽てしまった。いつの間にか傍に寄っていた女の子が「だいじょうぶ?」と背中をさすってくれる。
「それもそうか」
匙に掬ったお粥に息を吹きかける少年を横目に女性を恨みがましく睨みつける。ニヤニヤした表情からは、わかっていながらの発言だということが知れる。残る男性は満たせぬ空腹のほうに意識が向いているのか、この状況を変えてくれそうにはなかった。
再びお粥を差し出される。ここまで来ると断りづらい。顔の熱を感じながら、覚悟を決めることにした。
「う~……」
差し出されるままに口にしたお粥は、恥ずかしさのあまりさらに味気なく感じた。




