2章:辺境の邂逅者たち 05
少し短め。
やっとここまで来ました。
遅々として申し訳ありません……。
その林に生えている木はどれも年月を経て樹高が高く、あと数十年もすれば森と呼ばれるようになるのではと思うほど鬱蒼としていた。そのため道も細く頼りない。
見上げれば目に映る青空はとても小さい。どこかにあるだろう太陽もこの場所まではその恩恵たる光と熱を満足に届けられないらしく、薄暗く涼しい。
そんな中を三台の魔動力車が一列に進んでいる。そのうち最後尾の一台。その後方にあり、乗り込む際に使用するタラップの最上段にコキアとカネミツが並んで腰掛けていた。
「でね、なんか今までに嗅いだことないにおいがするの」
「そりゃあ、感覚が解放されたんじゃないのか? 俺じゃなくてヴィオにはもう言ったんだろ?」
「ううん、まだ言ってないよ? だってなんか不安だったり、相談したいときはカネミツが一番言いやすいもん!」
「……そうか。因みにほかの皆はどうなんだ?」
「うーん、ヴィオはお姉ちゃんって感じ」
「お母さんじゃないんだな?」
カネミツにとってコキアのその答えは予想外だった。一番コキアに執心して、彼女を導こうとしているのはヴィオレッタだという印象が強いためコキアは彼女に対して先ほど聞き返した印象を抱いていると思っていたのだ。
コキアはちょっと考えるように顎に指を当てながら上目づかいに視線を宙に泳がせる。
「えっとね、いろんな面倒を見てくれるのは世話好きなお姉ちゃんって感じ。ベルデもお姉ちゃん。お母さんはファンかなぁ。頭は良くないって言ってるけど皆の雰囲気をよく和らげてくれるし、ヴィオやベルデの説明がよくわかんなくなるとファンがすぐ注意してくれるから」
ファンは自由奔放という印象を受けるが、実に周りの気配などに敏感である。アホな振る舞いで場を明るくするのはアスワドだが、場を落ち着かせるといったことは彼女が昨日一日でもう何度も行っているのを目にしている。
それはヴィオレッタとベルデが、悪く言えば過保護気味なのでそれを窘めるという場面だ。コキアが言ったように難しすぎる説明の注意もあったが、それ以上にヴィオレッタとベルデを押しとどめるように場をかき回すのだ。案外、コキアが自立した後を一番考えているのはファンなのかもしれない。何から何までを世話することは教育とは言えないだろう。時には厳しく見放す場面も必要だろうし、コキア自身が考え行動する癖を付けさせなければならない。そういう面ではヴィオレッタとベルデは情に負け、厳しく当たれないだろうことは昨日一日でよくわかったことだった。
「グレイはお兄ちゃんって感じ。必要な時しかしゃべらないんだけど、大事なことはちゃんと見てて頼れるところがそう感じるの。アスワドは年上だけど、私が注意したり、逆に相手をしたりするからでっかい弟が出来たみたい。ブルはお父さん! 昨日の夜ごはんの時、今日はどうだったって、わたしの話を静かに聞いたりするところが特に!」
グレイはメンバーの中で、一番冷静であろうとしている節があることをカネミツも感じていた。最初のアウグストゥスのところへ向かう時や、コキアの教育方針などで最初に否定的なことを口にするのは彼だ。マイナス要因を提示することで皆に考えることを促しているのかもしれない。
アスワドは間違いなく思うままに行動している。そこに誰もが彼に子どもっぽさを見出す。その陽気さに皆も明るい雰囲気になることは確かだ。ただその陽気さが仇となり皆からよく弄られるのもまた彼なのだが……。
ブルはあの話し方からは判断が難しいが、まだ一九歳だと言っていた。言われてみるとたしかに若々しい顔立ちだと思う。しかし傭兵という経験からか余裕のある振る舞いは、どんな苦境にも揺るがない大木を思わせる。若いので青々とした葉をいっぱいに広げた大木と言ったところだろうか。そのイメージならコキアが「大黒柱」のように感じても不思議ではない。
「……じゃあ俺は? 今聞いた感じだと家族の席は全部埋まってそうだけど。それとも俺もお兄ちゃんって認識でいいのかな?」
「カネミツはねぇ……よく皆を眺めてるし、最初会った時に自己紹介をしようって言ったりとか魔法の勉強をどうするか決めるときにわたしの話も聞こうって言ってくれたり、どこかマイペースだよね。それに相談もしやすいから……おじいちゃんかな!」
「おじい……!」
「とにかく、なんかあったらカネミツに最初に言いたくなるの! だから今もカネミツに言ってるんじゃない」
「まぁそれはどう考えても感覚が解放されたからだろう。ヴィオも早ければ一日で感覚が解放されると言っていたから、そんなに不安になることはないと思うけど……」
カネミツがそこまで言ったとき、後方のドアが開きファンが顔を覗かせてきた。その鼻は何かの臭いを嗅いでいるのかひくひくと動いている。
「……カネミツ。気づいたか? 魔法の臭いがするよこの林道。しかも相当でかい魔法がぶつかり合った臭いだ」
ファンに言われてカネミツは自分の鈍さを心で詰った。コキアが今しがた「嗅いだことのないにおいがする」と言ったばかりだ。ベルデから貰ったペンダントの可能性もあるが、感覚が解放されたばかりであろうコキアにそれはわからない。カネミツも注意して魔法の痕跡を嗅ぐべきだった。
「嗅覚」を意識的に周囲の木々へと広げていく。
「……たしかに臭う。だがそこまで新しくない。それにこんな場所で戦闘をしたならば風景が変わってるはずだ」
道に沿って木が生え、その奥にはさらに無秩序に乱立する木が今なお悠然とあるということは、戦闘を終えた何者かがこの林のどこかで潜んでいる可能性が高い。
そこまで考えたカネミツは、心配そうに見ていたコキアの頭を一撫でしながらゆっくりと立ち上がった。
「少し様子を見てくるよ。皆には伝えといてくれ……あ、あと移動速度を少し落としてくれると戻るときに助かるかな」
ファンにそう言い捨て、道しるべとしてコキアが首に下げたペンダントを手に取って魔法の痕跡を覚える。そして勢いよくタラップを蹴り林の中へと紛れる。周りに漂うそれとは違い、いい匂いだった。
●
小走りで駆けながら周囲の臭いが強くなるのを感じる。向かっている方向に間違いはないようだ。
ここはもうアルヘオ王国に近い。もしかすると生き延びたアルヘオの人間かもしれない。
「だが、そういった人間を捕えに来た帝国の人間である可能性もある、か……」
極力、音をたてないように小走りであるのはそれが理由だ。臭いがするということはその発生源である人物は間違いなく戦闘の心得があるだろう。警戒するに越したことはない。
姿勢を低く、周りの木々にその身を潜ませるようにしながら進む。
すると目の前に今まで変わらず存在していた木々ばかりの光景に、木や地面の草、土とは異なる色が混じる。
人だ。
だが木にもたれ掛るように座り込み、その顔は伏せられている。そしてその表情の見えない顔をさらに覆い隠すように垂れる髪がわずかに降り注ぐ光を反射している。
その白金髪は肩甲骨あたりまで届くほどの長さだろうか。髪の長さから見て女性だろうと思う。
傍には棒状の武器が放られていた。
ゆっくりと足音を殺し、近づく。あと五歩ほどのところで腰を落とし顔を覗き込んで様子を窺った。
「……意識がないのか?」
そっと手を近づけその髪を掬い上げる。髪の毛の一本一本が砂のように零れ落ちそうな質感にドキリとしながら、その顔を見た。
顔は卵のように形よく丸っこい。その肌は朝露を滴らせる葉のように涼しさを感じさせる。白すぎず、だからといって日に焼けてもいない。
その伏せられた目を彩るまつ毛はふわりと舞う綿雪のような柔らかさを内包している。そしてそれらを備えた顔はバランスよく整っている。それは芸術のような美しさと評するように作り物めいて見えない。ふと目にする夕日に感じるような自然な美しさだ。
「……」
三〇秒ほど思わず見惚れ、ハッとする。周りに誰もいないことを確認してしまい、動揺していることを悟る。
深呼吸をして落着きを取り戻してから、呼吸を確認する。
「息はある。目立った外傷もない……疲労か?」
魔法の痕跡たる臭いと傍に放られた武器から戦闘をしていたことは間違いない。服装から帝国の人間には見えない。アルヘオ王国から逃げ延びた人間だろう。
「見たところ俺と同じような歳だな……連れ帰ったほうがいいか?」
こちらに害を加えるような人間にも見えない。それにいくら人の通る林道とはいえ、道から逸れここまで深く林に入ったところに意識のない女の子を置いていくようなことはできなかった。
傍に落ちていた武器に座らせるような形で背負う。
予想よりもはるかに軽いその身体と、背に当たる女の子特有の柔らかさ、そして魔法の臭いとは違う、これもまた女の子特有の匂いにドギマギしながら、コキアのペンダントに施された魔法を頼りに歩き出した。
●
ふと暖かいものを感じてうっすらと目を開く。目に映るのは記憶の最後にある闇に沈んだ林ではなく、薄暗いながらも日の明かりを受けた林だ。
視界は上下に揺れている。
そこではじめて自分が誰かに背負われていることに気が付いた。
誰だろう?
混濁した意識で確認した誰かは、黒髪だった。背負っているのでもちろん顔は見ることはできないが、その足取りはゆっくりとこちらをできる限り揺らさないようにする配慮が感じられた。
こちらを思い遣っての行為だと思うと安心し、その意識は再び闇へと沈む。
最後に憶えているのは、林の風景ではなく身体の前面全体に感じる暖かさだった。
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