System; Reboot_12
「……やっぱり、売れないな」
実家の魔法道具店の片隅に並べられた、いくつかの小さな魔石を見つめながら、小さく溜め息をついた。
アリアの神業によって冷却コードを刻まれた4級魔石。展示用としてと静かに、しかし途切れることなく白い冷気を放ち続けているそれは、しかし数日経っても誰の目にも留まることはなかった。
季節的にはそろそろ暑くなってくる。母さんには、試しに竈の近くにでも置いて使うのはどうかと確認もしてみたのだが、返ってきたのは渋い顔だった。
「これじゃあ、そこまでの効果はとてもないよ。火の熱に負けちゃう。かといって、その程度の冷気のためだけに3級以上、ましてや2級の魔石を使い潰すなんて割に合わなさすぎるよ」
それが、一商人の妻としての至極真っ当な回答だった。
だが、この結果も、俺とアリアにとっては、ある程度は予想通りのことだった。
どれほど中身のロジックを最適化しようとも、外見をスパゲッティコードにして難読化している以上、現地の人間からすればこれはただの燃費がちょっとマシになった程度の、出力の低いただの骨董品でしかない。骨董品は骨董品のままで、人々のただのうちわよりも随分と高いぜいたく品という認識を根本から変えるにまでは至っていない。その事実が、市場調査によって確認できた。
少しだけ安心した。
これなら、この冷却石が原因で国家にバレるリスクはかなり低い。
そんな日々を過ごすうちに、大学では季節の移り変わりと共に、ある募集が始まりつつあった。
実習系の単位――所謂フィールドワーク。
大学のいくつかの研究室では必須単位として指定されているもので、座学を離れて実際の遺跡や魔獣の生息地へと赴く実践的なカリキュラムだ。
1年生の参加ではそう深い所へは行かないが、平民の学生あるいは貴族のものであっても危険や街を離れた生活を嫌って取らないという者も一部にはいたが、研究室の配属だったり卒業後の潰しを考えてとりあえずという程度で履修登録をする学生が大半を占めていた。
例に漏れず、俺もとりあえずの程度でこのフィールドワークに行くつもりだった。ボルス教授の概論Ⅰこそ特殊クリアをしたとはいえ、不器用な平民という擬態を維持するためには、真面目に型通りの実習実績を積んでおくのが一番安全。
だが、その履修通知を見たアリアの灰色の瞳が、またしてもギラギラとした肉食の光を帯びた。
食堂の席で、彼女は手元のお茶を飲み干すと、机の下で俺の脛を軽く蹴ってきた。
「ねえ、カイ。ちょうどいい機会じゃないか。フィールドワークなんて、これ以上ない実験場だよ」
「……何がちょうどいいんだ。できればその話は聞きたくないが」
「決まっているでしょ。大学の監視の目が緩む屋外で、君が弄った魔道具が実地でどれだけ動くのか、試せる絶好のチャンスだよ」
アリアは悪戯っぽく、しかし探求者としての不敵な笑みを浮かべた。
そんな思惑を胸に、彼女はまたしても俺を泥沼の開発へと引きずり込むべく、寮の自室へと押しかけてきた。その腕には、実家の工房から今度はこれだよと抱えてきた、本当に何も利用されていない死蔵刻印の古文書が、これでもかと抱えられていた。
「ほら、カイ。今回は屋外用だよ。これを、どうする?」
机の上にドサリと置かれた新たなクソコードの山を見つめながら、胃が少しずつ蠢き始めるのを感じていた。




