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System; Reboot_11

あの最悪のやらかしを経て、てっきりアリアがしばらく落ち込むか、あるいは技術そのものに恐怖を抱くのではないかと思っていた。

 だが、そんな浅知恵は、本物の興味という心の前にあっさりと裏切られるのが常らしい。

 

「やあ、今日もまた開発をしようじゃないか」


 数日後の放課後、いつものように男子寮の部屋へ堂々と転がり込んできた彼女の顔に、陰りや気おくれなんてものは一辺もなかった。

 もはや蒼白だったあの時の怯えは一片の影ものこさず、彼女の灰色の瞳に宿っているのは、以前にも増したギラギラとした好奇だけ。

 

「……落ち込んでないんだな」


「まさか。むしろ逆だよ。あんなにヤバい禁忌を平然と叩き出せるんだ。だったら、もっと安全で、平和な道具だって、完璧に作れるって実績が出ちゃったわけじゃないか」

 

 彼女の中の俺のエンジニア的スキルに対する評価は、あのやらかしすらも加味した上で、天を衝くほどの期待へと変わっていた。たとえそれを狙ったとしても、世界からしたら異常な挙動としてバグが出せるということは、ロジックを完全に掌握している証拠だと言わんばかりに。

 そんな信頼の重みにまた胃を疼かせていると、彼女はというわけでと、机の上に一冊の古びた書物を置いた。

 

「実家の工房の奥に眠っていた、本当に何も利用されていない、完全な古文書扱いの刻印だよ」


「古文書ねぇ……。今度は何のコードだ?」


「ちょっと温度を冷やす程度の記述さ。夏場に、お貴族様がこれをいくつも部屋に集めて、ほんの少しばかり涼しい風を作る。ただそれだけのためのおもちゃだ。消費魔石の割に出力が低すぎて、彫師じゃ誰も見向きもしない最早遺産扱いだよ。これが君ならどうするのか、知りたくてね」

 

 彼女はわくわくとした表情で、早くも手元で彫刻刀を回し始めている。

 

 俺は広げられた羊皮紙の文字列――冷却の基礎的な構文に視線を落とした。

 確かに、現地の人間からすれば、夏場をちょっと快適にする贅沢品止まりの玩具だろう。

この19世紀に似た世界の文明感覚において、彼らはまだ冷蔵保存の重要性と、その先にある冷凍保存の革命性を、本当の意味で誰も知らない。

 

 だが、俺の目には、そのコードが内包する最悪の可能性が、瞬時に、恐ろしいほどの解像度で見える。

 冷気の連続可変。温度の絶対指定。それはつまり、冷蔵設備の誕生。

違う。食品の長期保存と冷凍流通の確立だ。これが意味するのは、ただの生活水準の向上ではない

 腐敗しない食糧。それは、戦争における兵站の概念を根本からひっくり返す悪魔の技術。

 どれほど遠い戦地へも、何万人もの軍隊へも、腐らない肉と野菜を無限に送り届けることができるようになる。この世界の国家がその効率性に気づけば、間違いなく大陸規模の戦争の引き金になり得る。コンロや照明の比ではない、世界のパワーバランスを丸ごと凍りつかせる致命的な存在だった。

 

 けれど、俺はそれを、隣の少女には絶対に言わない。

 

 彼女がこの技術を外に出さないことは分かっている。だが、何よりそんな最悪の未来が見えてしまうという知識そのものを、俺の内に完全に秘匿しておきたかった。

 ここで余計な警告を与えれば、却って彼女に別のインスピレーションを与えかねない。技術に、何より観察に敏い以上言葉の節に危険とその理由に感づくことは大いにありうる。


「……よし。出力の向上は今回も完全にゼロ。ただ、無駄なループ処理を削って、魔石消費を極限まで抑えることを目指す。外見はただの少しだけ長持ちする冷気を放つ石、中身もそれなり程度には冷たい石。それでいいな?」


「おーけい! ただの贅沢品が使えるものになるんだね。素晴らしいよ!」

 

 数時間後。

 彼女の神業のような彫刻によって、4級魔石に難読化された冷却コードが定着した。

 鉄枠に収まったそれは、起動レバーを引くと、ゆっくり、と静かな白い冷気を放ち始めた。

少しずつ魔石の周りに水滴と霜が粒のようにまとわりつく。

以前の照明道具のような派手な光はない。ただ、安物の魔石でありながら、なかなか冷気が途切れないという、あの時の様な歪なコードがそこにあった。

 

「すごい、冷たい! これ、魔石が全然熱を持ってないよ! 成功だね!」

 

 作り出された新たな魔道具の性能に、子供のように無邪気にはしゃぎながら、冷気で指先を赤くしているアリア。

 

 世界を巻き込める革命の種がその手の中にあるとは知らず、ただ純粋に技術を喜ぶ彼女の姿を見つめながら、ふと思う。

 あの禁忌を踏み抜いた時の、蒼白と怯えの彼女の表情。

 それに比べれば、今、目の前で冷気に触れて寒そうに、けれど本当に嬉しそうに笑っている今の彼女の表情の方がずっと、ずっと良い。

 

 胃の奥のチリチリとした痛みは消えない。俺が背負い込んでしまったものは、きっとこれからも増え続けるのだろう。でも、それでいい。





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