(83)答え
シプラン村から魚を運んできたリーズ達。
売れるかどうか、まずは試食。
ゴムラが作ったのは、香草の香りがふわりと漂う、皮まで香ばしく焼き上げた魚のソテーだった。食べやすいように一口大に切り分けられ、彩りの良いように野菜が添えられている。
「見た目も匂いも食欲をそそるわね」
リーズが作ったソテーは魚だけだったのでなんだか物足りなく感じたのをセレネは思い出す。
「美味しいかどうかが大事なんです。」
自分も同じように思ったのか、リーズが少し拗ねた様子で言うと、魚を口に入れる。そのまま黙って咀嚼を続けているので、セレネも魚を口に入れ、驚きに目を見はった。
魚臭さは全くなく、むしろ食欲をそそる芳醇な香りが口の中に広がる。魚の上にのっていた柑橘の一切れの香りがさらに爽やかさを出していた。一
口噛み締めると、身はふっくらと柔らかく、味付けも絶妙で、リーズと同じように黙々と咀嚼を繰り返してしまった。時折付け合わせの野菜を食べると、また違う味として戻ってくる。気づくと皿は空になっていた。
「いや、驚いた。私は魚を食べた記憶はないのだが、これほど美味しいものだとは。歳を取ると肉が辛く感じる時もあってね。むしろ肉より魚の方が私にはあっているのかもしれない。」
沈黙ののち、ダミアンが満足のため息と共にナイフとフォークを置いた。
え、というようにリーズが身じろぎする。
「魚を食べたのは初めてなんですか?」
「保冷箱もなかったんだ。ここまで魚を運んで来られるのは、氷魔法の使い手がいるか、大きな入れ物に水を張って持ってくるかだ。」
どちらにしても莫大な費用がかかる。魚料理を振る舞うのは、相手に誠意を尽くして準備をした、という意味にもなっていたらしい。
リーズにとっては毎日の食事に当たり前にあるものだったが、場所によって随分違うものだ。ゴムラも大きく頷く。
「俺は修行であちこちの料理屋に行ったからな。その時に魚料理も覚えた。久しぶりに捌いたんで勘を思い出すのに何匹かダメにしちまった。」
「そういう時はたたいて香草と混ぜるか、すり身にすると美味しいです。」
むしろそれも食べたい、とリーズの顔にはありありと書いてある。ゴムラは楽しそうに笑った。
「そりゃまた今度な。今日のは俺の賄いだ。セレネさんはどうだったね?」
久しぶりに作った魚料理が受け入れられるのか、まだ心配なのだろう。セレネはゴムラに笑顔を見せる。
「この味でしたら、店の前に行列ができるのではないかしら。私もカーセルに来た時には思わず寄ってしまいそうよ。」
また食べたい。そう思わせる味だった。ゴムラも満更ではなかったようで、組んでいた手で顎を撫でる。
「魚が新鮮だったからな。今日は時間がなかったからあまり手をかけられなかったが、色々試してみたくなった。」
ゴムラはリーズに向き合うと頭を下げる。
「また持って来てくれ。下魚なんて言って悪かったな。」
「頭を上げてください、ゴムラさん。」
リーズはゴムラをじっと見たまま立ちあがる。
「昨日は嵐だったので実はあまり魚がとれなかったんです。次はもう少し色々な魚を届けられると思います。それから、干物や油漬けも作っているんです。それも使ってもらえませんか。」
リーズが差し出した手をゴムラはニヤッと笑って握る。
「それは楽しみだ。」
しばらくはゴムラの店に魚を卸すことを約束して、銀の森亭を出た。空は晴れているが、夏の盛りの暑さは大分薄れて来ていた。
これでシプラン村の漁業は利益を出すことができそうだ。20年ぶりの魚の入荷ということで希少価値感がでて、値も釣り上げることができる。むしろ今無理にカーセル以外の町に運ぶことを考えなくてもいいのかもしれない。それならば経費は最低限で済むのではないか、とセレネは心の中でウキウキと計算をする。
ダミアンが振り返った。
「私は商業ギルドへ帰らなければならないが、二人は今日はどうする予定なんだ?」
「今日はカーセルで泊まる予定です。明日アンドリューに村まで送ってもらうことになっているので。」
嵐に巻き込まれ、アンドリューも疲れているだろう。1日くらい家でのんびりしてもらわないと、今後の仕事も依頼がしにくくなる。
「そうか。それならここに泊まるといい。ギルドで借り上げた部屋がある。」
ダミアンが出したのは青く透き通った板だ。数字が彫り込まれている。セレネは思わず息を呑んだ。
「それ、『翡翠』の受付板じゃない!」
『翡翠』は貴族や大商人が泊まる宿だ。安全を確保するため、普通に泊まりに行っても断られる。紹介がないと入れない。商業ギルドでは急な来客用に部屋を確保していることは知っていたが。
「今日は来客もない。お詫びだと思って受け取ってくれ。それを受付で出せば泊まれるようになっている。それから同じ宿に領主様がいる。実はカーセルに来たら、晩餐に誘っておいてほしいと領主様から連絡があってな。同じ宿ならむしろ便利だろう。」
「領主様からのお誘い。」
思わずセレネは言葉を繰り返してしまった。これは大変なことになった。リーズの顔を見ると、苦々しい顔をしている。そういえば、一度シプランに来た時に会ったと話していた。
「それって、断れないってことですよね。」
「まあ、そうだな。」
断ろうと思っていたのか、と半ば呆れながらダミアンが頷く。
「食事の礼儀作法、ジュドーと一緒に受けておけば良かった。」
小さく呟くリーズの嫌そうな様子に、セレネはくすりと笑った。
「今後は食事のお誘いもあるだろうから、練習しておいた方がいいわね。」
セレネの言葉にリーズははあっとため息をつく。
「私は冒険者ギルドのしがない受付なんですが。」
「しがない受付だったら、こんなところにはいないだろう。」
ダミアンの言葉にリーズは瞬きをする。
「本当にただの受付だったら、こんなところには来ないで王都にいるんじゃないのか。ミシュリ村に冒険者ギルドを作るのだろう?」
「どうしてそのことを。」
リーズの目がセレネに説明を求めるが、セレネは首を振る。
少なくともセレネはダミアンに話していない。
どうやらダミアンはリーズのことも調べてあったらしい。
リーズがあまり納得していないようなので、ダミアンはため息をついて続ける。
「シプランはこれから発展する。商業ギルドとしても利益が出るとわかっているものを見逃さない。何年かしたら他の場所でも魚がとれはじめるかもしれないが、それまでにカーセルにくれば美味しい魚料理が食べられるとあれば、カーセル自体も潤うだろう。そしてそれを始めたのは君だ。」
「私、ですか。確かに魚は釣りましたが。」
自分は何の役にも立てていない、と自信なさげなリーズの背中をさらにセレネは後押しした。
「リーズさんがシプランに来たことで村は希望をもてたのじゃないかしら。あなたはただの受付ではなくて、責任者なのよ。ギルドと村の。それはきっとミシュリ村にもつながっていくわ。」
しばらく考えた後、リーズはへにゃっと笑う。
「そんなに責任重大だなんて考えてませんでした。でも、冒険者ギルドって、依頼を受けるだけじゃなくって、周りを助けることもできるんですね。」
「元々そういうところだろう、冒険者ギルドは。」
「そうでした!」
背中の伸びたリーズの髪を涼しい風がふわっと撫でて通り過ぎていった。
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