(82)銀の森亭
銀の森亭へ向かって歩くリーズがいつもよりも歩みが遅いことにセレネは気づいた。心なしか表情も暗い。
「リーズさん、何かありました?」
セレネの声に、リーズはハッとしたように顔を上げる。
「あ、すみません。考え事をしていました。」
「何か不備があったかね?忘れていることがあれば、教えてもらいたい。」
ダミアンの言葉にリーズは両手を振る。
「いえ、そうじゃなくて。私って何か役に立っているのかなぁって。」
確かに今回の商業ギルド訪問はセレネ一人でも問題はなかった。しかし、今のリーズはシプランにある冒険者ギルドの責任者でもある。だからこそ一緒に来てもらっていたのだが。
シプランに来る前、気になったのでセレネはリーズのことも自分なりに調べてきた。クーラン王国の魔力暴走によるミシュリ村壊滅事件の生き残りで、故郷に冒険者ギルドを設立すべくギルドに入って5年。王都近くの盗賊事件解決に貢献。調査部からも声をかけられているが、窓口業務を続けている。今回シプラン行きに白羽の矢が立ったのは、その時の実績と本人の希望だという。それでも経験5年での抜擢だ。上からも期待されているのだろう。今回漁業の復活がなれば、さらに実績が上乗せされる。
しかし、本人はそれが全く分かっていないらしい。
「君が責任者なのだろう?」
不思議そうなダミアンの声に、リーズは苦笑する。
「見ているだけで何もしてませんから。」
セレネは思わず赤面した。リーズのことをすっかり忘れて以前のようにダミアンとやり合ってしまっていた。
「その、さっきはごめんなさいね。昔の調子が出てしまって。」
「いえ、魚の価格を決めるのもセレネさんの大事な仕事ですから。ただ、なんていうんでしょうね。自分がちっとも成長していない気がして。」
ずっと新人のままみたいです、とリーズは小さく言った。
前を歩いていたダミアンが振り返った。
「ついたぞ。ここだ。」
「変わってないのね。」
記憶の中の店がそのまま目の前に出て来たようだ。石でできた壁に蔦が絡まっている。前よりも蔦がさらに増えている気がする。その蔦の間に小さな茶色い扉がついていた。今は閉まっているのか、店の前に看板はない。構わずダミアンは扉をどんどんと叩く。
「親父さん、いるか。ダミアンだ。」
「そんな叩き方をしたら扉が壊れちまうだろう。」
文句を言いながら出てきたのは、ダミアンよりも少し小さい、初老の男だ。
「ゴムラさん……。」
セレネの呟きに、ゴムラはセレネを見て、考えるそぶりを見せた。
以前よりも白くなった髪は短く切り揃えてある。店にいるせいかあまり日焼けはしていないが、半袖の服から出ている腕には筋肉がついていた。
「ええっと、あんた……。すまねえ。歳を取ると名前が出てこねえんだ。」
「商業ギルドにいたセレネです。しばらく留守にしていたんですけど、仕事でまたこちらの方に戻ってきました。」
「ああ、そうそう、セレネさんだ。いつもお友達と来てたな。いつも豚肉と豆の煮物を注文してた。」
名前は出てこないが、好物は覚えているのがさすが料理人だ。
「そうです。ゴムラさんの煮物は美味しくて。王都でも色々試したんですけど、あれほどのものはなかったです。」
「あれを簡単に真似されてたまるか。」
そう言いながら、ゴムラは視線を逸らす。微かに顔が赤い。
「ところでギルドからさ……、あ、いや、荷物は届いているか。料理を頼みたい。」
ダミアンの言葉にゴムラは頷いた。
「手紙つきでさっき届いたよ。入んな。」
ゴムラは手で店の中を指し示すと、店の中に入っていく。セレネ達も一緒に店の中へと入っていった。
それほど広くない店の中には丸いテーブルが5つとカウンターになった席が奥にある。長く使い込まれた机や棚は飴色で落ち着いた雰囲気を出している。ゴムラはカウンターの脇の通路から奥に入った。向こう側が調理場だ。
調理場の流しには、魚の入った箱が置いてあった。少しずつ氷も解けてきているのか、箱の下には水が溜まっている。
ゴムラは魚の入った木箱をポンポンと叩いた。
「木箱の中身を見て驚いたよ。この魚はどうした。」
リーズが前に出てきて軽く礼をする。
「シプランの村でとりました。私はシプランの村の冒険者ギルドで働くリーズと言います。」
男はリーズの顔を見て驚いた顔をした。
「あんた……。いや、あれから20年だから、こんなに若いわけはないな。俺はゴムラ。ここで料理長をやってる。魚料理なんて久しぶりだな。ただ……。」
そう言いながら、ゴムラはマクレットを1匹掴み上げた。
「この魚は前なら下魚だってこの店では使わなかった。まさかそれを使うことになるとはねえ。」
揶揄うような言葉にリーズは腰に手を当てて反論する。
「魚に上も下もないです。美味しいですよ。食べたら。」
鮮度の落ちた魚は、味が落ちるが、そうでないならどれも美味しいのだ。
「ふうん。あんたならこの魚、どう料理するのが良いと思う?」
「そうですねえ。開いて揚げてもいいし、すり身にしてスープにしても美味しいと思います。瓶詰めがあれば、野菜と炒めても良かったかも。」
「瓶詰めも作ってるのか。」
「村に帰ればあるんですけどね。それはまた今度で。」
「分かった。向こうて待ってろ。」
調理場を出ていろということらしい。セレネ達は大人しく従って、空いた席に座った。
「あなた、この町に昔いたことがあるの?」
ゴムラの驚いた顔が気になって、セレネは尋ねてみたが、リーズは首を傾げる。
「20年前って、事件の頃じゃないですか。村にいましたよ。誰か似た人と間違えたんじゃないですかね。そんなに特徴のある顔でもないし。」
幼いリーズと間違えたのではなく、同じくらいの年齢の人と見間違えたのだとしたら、母親か親戚か。リーズの調査では家族として父親の名前しか出てこなかった。
「その、嫌なことを思い出させてしまうかもしれないけれど、お母様もその事件で?」
「いえ、もっと小さい頃にいなくなったとしか。父もあまり話をしてくれませんでした。顔も名前も知らないので探しようがないですし。」
「そう。」
そんな話をしていると、調理場からいい匂いが漂ってきた。
リーズ視点だとしっくりこないのでセレネ視点に変えました。
自分の評価と他者の評価って意外と違うもの。
ということで、評価をお待ちしています(笑)




