(64) 提案
「いやあ、魚というのも美味しいものだね。」
ご満悦な顔で酒の入ったグラスを傾けているのは、キャセリンドである。村長は腹を押さえて温かいお湯を希望していた。ペルーシャが気を利かせて薬草茶を入れてあげると、ほっとした顔をしていた。きっと食べた気もしていないのだろう。
「急な話でしたので、大したおもてなしもできませんでしたが、満足していただけたようで何よりですわ。」
貴族的笑みを浮かべて、アイネが返事をしているが、あれはきっと、来るなら連絡くらいして来いって意味だろうなあとリーズは片づけをしながら思う。
実際大変だった。
庶民しかいない漁師村だ。食器やカトラリーと言っても大したものはない。アマトリーと途方に暮れていると、
「これを使ってください。」
とイルが高級そうな食器一式を差し出した。町を出るときの様子で色々察した執事が持たせてくれたらしい。
が、高級そうな食器を見てアマトリーは、
「こんなの壊しちまったらいくら取られるんだい?」
と悲鳴を上げた。
料理だけ作ってくれればいい。盛り付けはリーズ達でなんとかするからとなだめて作ってもらったのだが。
「ペルーシャの色彩感覚は素敵ですわね。リーズの方は……後で自分で食べたらいかがです?どうしたらそうなるのかしら……。」
思い切り引かれた。ちょっとソースが混じって沼のような色になってしまっただけだ。味がよければそれでいいじゃないか。
仕方なくリーズは給仕に専念することになった。今は壁の一部となって二人の様子を眺めている。
キャセリンドと村長はどうやら同年代のようだが、村長の方がくたびれていて年上に見える。キャセリンドが色々と話をしていて、村長はひたすら「そうですな」と「なるほど」を繰り返している。何を話していいのかわからないんだろうな、とリーズは密かに同情した。
村長といえど、それほど領主に会うことはない。なにかあれば役人が飛んでくるぐらいだ。魚が取れなくなり、税も期待できないから放置されていたのではないかという気がする。
キャセリンドは10代のころ、王都の貴族が通う学院に行っていたらしい。ただ、その間にクーランでの事故が起こった。元々身体の弱かった父親が心配になり、退学して戻ってきてしまったのだと言う。
「お陰で他の領主からは馬鹿にされますがね。実績で見返せばいいわけですし。」
「なるほど。」
「そうそう、妻とは学院で知り合いましてね。私が退学した後も手紙をくれて。卒業した後、私の領地まで心配して来てくれたんですよ。父の葬儀も手伝ってくれてね。そのままつい結婚を申し込んでしまいました。」
「私はこの村から出たことがほとんどないので、うらやましい話です。」
さりげなくのろけ話まで入っている。奥さんのいない村長にはつらい話だ。しおれていた身体がさらに小さくなっている気がする。
「イグルーはクーランの事故の時はこの村にいたのですか?いや、失礼。つらい話でしたら話さなくて結構ですよ。」
村長は首を振った。
「もう過ぎたことなんで。クーランの事件ですか。あれはひどかった。」
村長の視線が遠くを見るようにつうっと左の方にそれる。かすかに眉がひそめられた。
「あの時は海から魔物がたくさん上がってきて大変でした。入り江の近くの洞窟にみんなで隠れてましたがね。不思議と魔物は寄ってこなかった。おかげで助かったんですが、漁に出てた男たちは帰ってきませんでした。その中に村長だった親父もいましてね。誰かが代理をしなきゃならんと言われて、仕方なく。領主様も忙しかったのか私が18だというのに後を継ぐ許可を出しまして。そのまま村長ですわ。」
薬草茶を一口飲むと村長は乾いた笑みを浮かべた。
全てが焼けてしまった村を一人歩いた時のことを思い出してしまい、リーズはぎゅっと手を握る。過去のことだと分かっていてもまだまだ何も思わないわけはないのだ。
思えばこの村にも50代くらいの男はいなかった。海の上では逃げようがない。残された若者でなんとか頑張ってきたのだろう。
「漁に出る以外のことは教わってなかったから、他の仕事が思いつかなくて。こっそり船を出して帰ってこなかった奴らもおりました。だから船を出すのを禁止したんですわ。そしたら仕事がない。困ったなと思ってるところにカーセルから仕事の依頼が来たもんだから、女たちはそっちに行ってお金を稼いでくるようになって。そしたらふてくされて寝る以外することなくなっちまって。どうにかしなきゃならんとは思ったんですがね。無学なもんで。」
話した後、カーセルへの批判を口に出してしまったことに気づいたらしい。慌ててぶんぶんと手を振りながら村長は否定する。
「いやいや、領主様を批判してるわけではなくて!お金が入ったのは助かったんです。ここは野菜がほとんど取れんから、買うしかないんで。」
慌てる村長とは対照的に、キャセリンドは一緒に戦ってきた仲間を見るような目を村長に向けた。
「イグルー村長は一人で戦ってこられたのですね。今まで大変でしたな。」
「キャセリンド殿……。」
二人はお互いの苦労話で理解を深めたようだ。キャセリンドが急に居住まいを正す。雰囲気が変わったのを感じて、村長もしゅっと姿勢が伸びた。
「私としては、この村を支援したいのですよ。保冷箱を使って魚を売れれば、今以上にお互い豊かになれる。だから、『人魚の涙』もそのまま持っていてもらいたい。出稼ぎもできれば続けてもらえるとありがたいのです。そこでですね。」
キャセリンドは途中で言葉を切るとニッと笑う。
「この村を私の領地にもらっても構いませんか?」
少しずつペースが戻ってきました。このまま週一くらいで更新できたらと思ってます。




