(63) 来訪
リーズは井戸の前でアマトリーと一緒に大量の干物を作っていた。空き箱にまな板を乗せただけの簡単な調理場だ。
リーズが魚を三枚に下ろすとアマトリーが塩水に漬け、簡単に拭いた後干していく。干すための金網もたくさん準備したが、ほぼ埋まりつつある。
空を見上げれば、青空が広がっている。黒髪を結んであらわになった首筋を風が通り抜けていくのが気持ちいい。この天気なら美味しい干物ができそうだ。
漁のことがあったせいか、村でもギルドに対しての警戒心はほとんどなくなり、少しずつ困りごとの相談などにも来てくれるようになっていた。
干物づくりもアマトリーからの依頼だ。
漁で大量に獲れた魚を今までのツケの代わりに払った男達が何人もいた。店で使うにしても量が多すぎる。食堂とはいえ、元々小さい村だからそれほど料理も作っていない。困ったアマトリーはリーズに相談し、一緒に干物作りをすることにした。干物をここで作っていると、夕飯に悩んだ奥さん方が買って行ってくれる。依頼料は食事なのだから、リーズの気合も入るというものだ。
「瓶があれば、瓶詰めも作りたいですよねえ。」
小さい魚を油漬けにすれば、かなり長持ちがする。ただ、この村には瓶を売るような店はない。カーセルに行けば買えるだろうか。
魚を塩水から出してふいていたアマトリーが顔をあげた。
「野菜の酢漬けが入ってた瓶ならあるよ。ここは野菜が少ないからね。」
海が近いせいか、村から少し離れても砂地が多い。土地が痩せていいるので野菜が育ちにくいのだ。
店で出すための野菜を仕入れる時、瓶詰めを買うことも多い。その瓶が残っているという。
「毎回瓶詰め買ってたら、たくさん余っちゃいますよね。」
「いや、次に買った時に返すことになってる。瓶は高いからね。でもそこに魚を詰めて売ってもらえばいいんだろう?」
「いいですね!むしろ村の特産品になりそう!いつもどこで仕入れてるんですか?」
「カーセルから定期的に行商人が来るよ。私しか仕入れてないから、村の野菜はほとんどうちで買ってる。」
「知りませんでした。」
アマトリーの店は食堂だけでなく、八百屋も兼ねていたようだ。
「とりあえず、いくつか作ってみて、試してもらっちゃどうだい?次は多分、3日後くらいにくるよ。」
ちょうど全ての魚を干し終わったところで、アマトリーが立ち上がって腰を伸ばす。
「ずっとかがんでる仕事も楽じゃないね。店に戻って、仕込みがてら瓶を持ってくるよ。魚は残っているのかい?」
「干物には小さすぎる魚が残ってますね。薬草が必要だけど、ペルーシャが持ってるかな。」
処理をした後、油と薬草で煮ることで、臭みが取れる。薬草の組み合わせで味が変わるから、いくつか試してみたいところだ。
「あのターバンの嬢ちゃんか。評判は聞いてるよ。良く効く薬を売ってくれるってね。」
「ええまあ……。」
リーズは思わず目をそらす。筋肉痛に効く薬やら、傷やあかぎれに塗る軟膏はまあ、分かる。
一時的に力が強くなる薬(ただし、次の日は起き上がれない)や夫婦仲が良くなる薬ってなんだ。しかも売れている。
おかげでこっそりペルーシャを訪れる村人が後をたたない。
「私もあかぎれの薬は使ってるけど、前より肌が綺麗になった気がするよ。痛みもなくなったしね。」
言いながら、アマトリーは自分の手をさすってうっとりとする。毎日洗い物が絶えないアマトリーの手は夏でもあかぎれができる。かゆみや痛みもあったが、それもだいぶ減ったらしい。
どんな女性でも、きれいになるのは嬉しいものだ。
「ギルドで定期的に売るようにするか、薬屋に来てもらうかですねえ。」
「何ならうちで売ってもいいよ。」
「さすがにそれは難しいかな。誰かが店を開いてくれることに期待しましょう。」
薬には使い方を誤れば毒になるものもある。知識のない人が売るのは危険すぎるのだ。
「おや、誰か来たみたいだ。」
村の入口の方を見ると、荷馬車が進んで来るのが見えた。御者台に乗っている人物が近づいてくるにつれて見えてくる。村長だ。ひどく困ったような顔をしている。
「村長さん、帰ってきたみたいですね。うまくいったのかなあ。」
「それにしちゃ、変な顔をしているね。後ろにも誰か乗っているようだし。」
荷台には幌がかかっていて、中の人は見えない。
リーズを見つけた村長は、後ろを向いてすこし話をしているようだった。そのままリーズ達の前まで来て馬車は止まる。
「村長さん、お疲れ様です。話し合いはうまくいきましたか?」
リーズの問いかけに答えず、村長は馬車を一旦降りる。すると荷台からひょっこりと身ぎれいな男が現れた。すらりとした長身に高級そうな服。灰色の髪に空色の瞳。どこか気品を感じさせる振る舞いは、アイネに似ている。
その後から降りてきたのは、イルと、一目見て護衛と分かる男だ。
ひらりと馬車から降りると、長身の男はアマトリーとリーズににこやかに笑いかけた。
「村長に無理を言って同行させてもらった。カーセルの領主、キャセリンドだ。」
リーズは思わず言葉をなくした。なぜカーセルの領主がここにいるのですか。思わず村長を見るが、大きな身体が見る影もなくうなだれている。断り切れなかったのだろう。キャセリンドは周りに干してある魚を見て目を輝かせた。
「ほほう。これも魚か。これはどうやって食べるのかね?」
「焼いてほぐして食べるのが一般的だと思います。」
骨だけ外してぱくっと食べた方が美味しいと思うのにな、とリーズは思ったが、貴族はそんな食べ方はしないのだろう。アイネも最初は一口ずつ食べていた。村長の答えに、領主が大きく頷く。
「では、夕食でぜひ味見させてほしい。」
「夕食、までいらっしゃるのですか?夜道は危険だと思いますが。」
早く帰って欲しいという願いがこもった村長の言葉はすげなく断られた。
「しばらく村に滞在する。なに、屋敷が燃えてしまってね。再建には時間がかかるから、その間にシプランにいるのもいいだろうと思って。」
「領主様が滞在できるような宿はないのですが。今ここはギルド支部として使っていますし……。」
助けを求めるように村長がこちらを見る。リーズ達に断って欲しいのだろう。ちらりと後ろに立っているイルをみるが静かに首を振っている。断ってはいけないようだ。
なんてことだ。宿なしになってしまう。しばらくは野宿だろうか。それともアマトリーさんの家にお邪魔するか。ペルーシャが怒りそうだなあと考えていると、キャセリンドはにこりと笑う。
「村長の家に泊めてもらうから、気にしないでくれたまえ。女性を追い出すわけにはいかないからね。そうそう、落ち着いたら『人魚の涙』があったという入り江に案内してほしいね。」
「あんなぼろ家に領主様を泊めるなどできませんよ。」
「部屋が一つあれば十分だよ。さあ、案内してくれたまえ。」
結局押し切られる形で、村長とキャセリンドは村長の家に向かって歩き始めた。とぼとぼと歩く姿と、意気揚々と歩く姿が対照的だ。
「嵐みたいな人だねえ。」
アマトリーがあきれたようにつぶやいた。
イルは荷馬車に乗ると手綱をにぎる。
「僕はこれを片づけてきます。料理をお願いしたいのですが、よろしいですかね?」
「あたしがつくるのかい?」
アマトリーさんが思わず大きな声をだす。
「他にお願いできる方がいないので。村長さん、奥さんいないですよね?リーズ達からもアマトリーさんの料理は美味しいと聞いています。リーズ、アイネを呼んでもらえるか?食事の内容について相談したい。」
アイネなら、どんな料理を出せばいいか分かるだろう。リーズは頷くと宿に向かって走りだした。
キャセリンドが村に来る予定はなかったはずなのに……
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