表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/125

(62)報告

 魚がいっぱいに入っている箱はかなり重い。リーズがふうふう言いながら運んでいる横を、アイネは優雅に歩いている。

「アイネ、ちょっと交代してくれない?」

「私、重い物は運べませんの。セバスチャンがいればよかったのですけれど……。」

 申し訳ないような顔をしているが、絶対に運ばないという意思が言葉から透けて見えて、リーズはため息をついた。

「ボクの荷物と交換するかい?こっちの方が軽いと思うけど。」

「い、いや。それは怖いので遠慮します。」

 ペルーシャの箱には、毒のある海の生き物がたくさん入っている。木箱の間からうっかり出てきたものを触ったらと考えるだけで怖い。ペルーシャも心得ているので、しっかりと長い手袋をしている。

「あら、イルさんと村長さん。」

 宿の前までたどり着いたとき、イルと村長が村の入口に向かって歩いているところに行きあった。普段よりもきちんとして見える服を着ている。領主も貴族だから、失礼がないようにしているのだろう。リーズ達に気づいた村長が深々と礼をする。

「久しぶりに漁ができたと男どもが喜んでいた。礼をいう。」

「いえいえ。これが売り出せるかどうかは、村長次第ですから。よろしくお願いしますね。」


 カーセルの領主に今回の顛末を話し、人魚の涙をこのまま村に置かせてもらい、保冷箱についても回してもらえるか頼む。これが村長の役目だ。

 イルは領主とも親交があるというから、上手く話が進んでくれると期待したい。これが失敗すればギルド立ち上げも上手く行かなくなる。

 アイネがぽんぽんとリーズの持っている木箱を叩く。


「せっかくだから、魚を持って行ってはいかがですか?その方が話がしやすいのではなくて?」

「カーセルに着くのは昼になるよ。傷んでしまうんじゃないか?」

 村長が天を仰ぐ。今日もいい天気で暑くなりそうだ。


「凍らせればよろしいのでしょう?リーズ、箱を下に置いてくださいな。」


 リーズが箱を置くと、アイネは手をかざす。箱の下の方からピキピキと音がし、見る間に白くなっていく。

 全体が白くなると、アイネは満足そうに振り返った。

 漁の時も船に乗っていただけだったので、少しは役に立ちたかったのだろうが、これは。


「いや、アイネさん。どうやって運ぶんです?これ。手が凍っちゃいますが。」


 イルも若干引き気味だ。さすがに持ちたくはないようで、手をうろうろとさせている。


「しょうがないなあ。手袋してるボクが運ぶよ。」

 ペルーシャが箱を下ろすと凍った箱に近づく。

「毒を触った手で食べ物に近づかない!」

 思わずリーズはターバンを巻いた頭をぺしっと叩いてしまった。


 結局、手袋をアイネの魔法で綺麗にしてもらい、ペルーシャが馬車まで運ぶことになった。手袋を多めに用意することにしようとリーズは思った。

 向こうに着いた頃には少しずつ溶けているだろうから触っても大丈夫だろう。

 遠くなっていく馬車を見送りながら、ペルーシャがぼそっと言う。

「ところで、領主って人魚の末裔なんだよねえ。魚って食べられるのかな。」

「人魚は雑食ですわ。魚も海藻も生でバリバリ食べますわよ。」

「さすが魔物。」


 リーズが言うと、アイネは首をかしげる。

「人魚は魔物というより、種族ではないかしら?」

「え?そうなの?」

 確か魔物だと言っていた人がいたのだが、違ったのだろうか。

「魔物が繁殖するという話は聞いたことがないね。倒して魔石が出るかどうか見てみれば分かるけどね。種族だったら、海の中で生きていけてるのかなあ。」

 海の中に思いを馳せる。

 魔物であふれた海。魔物は誰彼構わず襲ってくる。その中で生きていくのは大変だろう。

「あ、でも人魚の涙があれば。」


 魔物の魔力を吸い寄せる力のあるアイテム。それがあれば、安全な場所を作り出すことができているのかもしれない。魚にとっても安全な場所が海の中に広がっているのならば。

 楽観的すぎるのかもしれないけれど、そうなってればいい、とリーズは思う。


「そうだといいですわね。」

 アイネも同じことを考えていたのか、しみじみと頷いた。



 宿に戻ると、屋根に鳥が止まっているのが見えた。リーズを見つけたのがつうっと降りてくると、手に止まる。そのまま溶けるようにいなくなった。残ったのは青い魔法石だ。

「ギルド本部からですかね?何かあったんでしょうか。」

「聞いてみればわかるよ。」


 魔法石に伝言を入れるのは誰でもできるが、聞くときには専門の道具が必要になる。リーズは宿の自分の部屋へ急いで戻ると、丸くて黒い石のように見えるものを取り出して階下に戻った。これに自分の身分証を触れさせ、その後に魔法石を置く。途端に冷気を感じさせる声が聞こえだした。シェリルだ。


「いつになったら報告があがってくるのかしら? 」


 その一言で声は途絶えた。一言しかないのが逆に怖い。リーズ達は顔を見合わせた。


「そういえば、着いてから連絡をしてませんでしたわね。」

「うっかりしてたね。うんうん。」

「うっかりじゃすみませんよ!シェリルさん怒ると怖いんですよ。急いで報告を上げないと。」


 すぐにでも魔法石をつかんで声を入れようとしたリーズをアイネが止める。


「報告することをまとめた方が良いのではなくて?よく考えないともっと怖いことになるんじゃないかしら。」


 確かにそうだ。放火犯と間違えられて拘束されたなどとは口が避けても言えない。


「でも、イルさん知ってるし。」

「イルさんもしばらく帰れないから大丈夫。また村に来た時に内緒にしてって頼んだらきいてくれるよ。」

 ペルーシャは大丈夫というように手を振るが、そんなにイルが甘くないこともリーズは知っている。今回は査定に来たわけじゃないと言っていたが、必要だと思ったら話すだろう。



 今回報告することをまとめると、こうなった。


『人魚の涙』というアイテムがあって、それを使えば魔物を近づけないようにできること。

 元々はカーセルの領主のものだったこと。浅瀬が広がっていることもあり、魚が取れそうなこと。

 沖には魔物がいるので、探査ができ、ある程度戦える冒険者が必要なこと。

 カーセルで保冷庫というものを作っているのでそれがあれば、魚が遠くまで運べるか調査がしたいこと。


「そのために、冒険者ギルド支部をここに立ち上げたいと……。こんなところかな?」

「毒を使って解毒薬もつくれるかもしれないし、ボクもしばらくここにいたいね。」

「ここならエマリアの花が栽培できそうですから、試してみたいですわね。」


 リーズは元々1年間ここにいる話になっていたが、ペルーシャとアイネも残りたいと言ってくれた。一人でも何とかするつもりだったけれど、友達が一緒なのはなんとも嬉しい。


 都合の良すぎるお願いばかりをのせた蝶は、ギルド本部までひらひらと旅をする。

 その話を聞いて、シェリルとリッテルが頭を抱えるのは、もう少し後のことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ