(48)人魚の涙
少しずつ暗くなると共に、潮が満ちてくる。
「そろそろ帰らないと。」
あれほど苦労したのに、蔦の中では結局何も見つからなかった。
「もうないのかなあ。」
残念そうなペルーシャの声にアイネは首を傾げる。
「この辺りに魔物が少ないのは事実ですわ。それを考えると『人魚の涙』ではないにしろ、何か見つからないとおかしいのですが……。」
「いつのことだか分からないような昔の話だろう?あってももう風化してなくなってるんじゃないかなあ。」
確かに見えるところにあれば、海水や風で少しずつなくなってしまうことも考えられる。なくならないように、大事にするにはどこに置けばいいのだろう?
ふと、先程の石組みの部分が気になって、リーズはそこへと向かった。砂にまみれた部分を払っていく。
「何やってんの?」
灯りをつけたペルーシャがリーズの近くに寄ってくると、今まで薄ぼんやりとしか見えなかった石の様子がはっきりと見えてくる。色の違う石を砕いて敷き詰めたところがまるで魚の尻尾のような形になっている。その形をさらに上へと辿っていくように、砂を払っていくと、腕のようなもの、そして長い髪のようなものも見えた。これは。
「ねえ、これってさ……」
「人魚だ!」
言いかけたリーズの言葉を遮るようにペルーシャが叫ぶ。
アイネが近づいてきて覗きこんだ。
「なるほど、このような形で想いを残していたのですわね。それなら人魚の涙があるのは……。」
「「「顔の部分!」」」
3人の声が合った。3人で砂を払うと、顔の部分も表れた。いくつかの石を組み合わせてできた顔には表情がなく、どんな顔かも分からない。
「なんだか壊すのも申し訳ないけど、ごめんね〜。」
言いながらペルーシャが顔の部分の石のくぼみに指を入れてそっとなぞる。
「壊さなくてもおそらく取り出せると思うのですけれど。どこか外れる部分があるはずですわ。」
アイネも言いながら石のくぼみに指を入れて砂を払う。リーズも石のくぼみにそって指をそっとすべらす。ひんやりとした感触が伝わってきた。しばらくくぼみにそって指を動かしていると、頬の部分に
ふと何かがひっかかる感触があった。
「ん?」
指をかけるとぐらぐらと石が動く。ペルーシャがすかさず灯りをかざす。ゆっくりと石を持ち上げるとそこには灯りで白く輝く玉があった。
「真珠のようですわね。美しいですわ。」
うっとりとした声でアイネが呟く。真珠、というものが貝から取れるのは知っていたが、リーズは見たことがなかった。そっと触ると硬質で滑らかだ。持ち上げても大丈夫そうだと思ったリーズはそっと持ち上げる。アイネが布のひいてある小さな箱を開いたので、その中にそっと落とすと、アイネは蓋を閉じた。おそらくこれが『人魚の涙』なのだろう。
ふうっと息を吐いたとき、慌てたようにペルーシャが叫ぶ。
「ねえ、そろそろ帰らないとまずくない?」
洞窟を見ると下の方はすでに海水の下になっていた。
「野営の用意はしてないから、帰らないと大変ですね。急ぎましょう。」
顔の部分を慌てて直し、洞窟の方へ向かって駆け出す。アイネが途中で鉢植えを拾って両手に抱えた。
「靴脱がないとびしょびしょになるよ!」
先に洞窟まで辿り着いていたペルーシャが、灯りをブンブンと回しながら声をかけてくる。膝の下まで水が来ているようだ。灯りをもっていない方の手には靴がぶらさがっていた。
慌てて靴を脱ぎ、リーズは手に持つ。アイネが長いスカートをたくしあげて、植木鉢と一緒に両手でもっている。
「アイネ!靴は持つよ!」
「助かりますわ!」
素早く靴を脱いだアイネの靴を預かると、リーズ達は洞窟の中へと飛び込んでいった。
誰もいなくなった砂浜は潮が満ち、先程の半分も陸地が残っていない。その残った陸地に残る木の上の方で、チカチカと赤い光がまたたいている。かつては何かの道具だったのか、風化した今は原型すらとどめていないそれは、風に吹かれて砂浜に音もなく落ちてきた。
ーーー返して!あの人を返してよ!アンタなんていなくなればいい!
逆恨みに近いその想いとともに投げられたそれは、長い間何かによって眠らされていた。力は失われ、今は実体化することも叶わない。
けれども、少しずつ力が戻ってくるような気がする。今はもう少し力を蓄えよう。もうこれで、いつでも起きられるのだから。
それはチカチカとした瞬きをやめ、暗闇の中に沈んでいった。
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なんとかGW中にアップすることができました。いつもより少し短いですが、キリが良いので。
次はまた土曜か日曜に更新予定です。




