(49)カーセルの町
「ここがカーセルですか。なるほど、賑わっていますねえ。」
町の門をくぐり抜けたばかりの男はのんびりした様子でつぶやいた。長い旅だったのか、少しくたびれた服装で、大きな荷物を背負っている。朝から並んで門を通り抜けられたのは5の鐘が聞こえた後だった。町の中は多くの人が行き交っている。旅人も多いようだ。
「さてさて、どんな商品がありますかねえ。」
男は荷物を背負い直すと、近くにある屋台へ向かう。大柄の女性が男が近づいてきたのをみて愛想よく笑いかけてきた。
「旅人さん、喉の渇きを癒す水はどうだい?ただの水じゃないよ。果実と一緒に漬けて冷やした水だよ。」
「へえ、美味しそうだね。一ついただこうか。」
言われるままに硬貨を払い、一口飲んでみる。爽やかな味のする冷たい水がつうっと喉に入っていく。
「うん。おいしいねえ。お姉さん、スキル持ちかい?こんな暑い時に水を冷やすのは大変だろう?」
「あら、お姉さんだなんて、嬉しいね。でもスキルじゃないよ。この町では物を冷やせる箱を作っていてね。それを使ってるのさ。お客さんもそれを買いに来たんじゃないのかい?すごい売れ行きらしいからね。」
「おや、商人に見えるかい?」
屋台の女性は腰に手をあてたまま、呆れたように男を見回す。
「そりゃそんな大きな荷物を背負って町にくるやつなんて商人以外いないだろう?これからどこに行く気だい?」
「お姉さんには敵わないなあ。この町の商業ギルドの場所を教えてもらえないかね?あと、その箱を売ってる場所も。」
小さめの硬貨を屋台の上に置くと、女性はさっとそれを取り上げ、にこりと笑う。
「この道をまっすぐに行くと突き当たりに神殿があるから、そこを左に行ったところが商業ギルドだよ。大きな看板がかかっているからすぐ分かるよ。この箱も商業ギルドで取り扱ってるから、そこで聞くといいよ。」
「ありがとう、お姉さん。話がうまくまとまったらまた来るよ。」
「ああ、楽しみに待ってるよ。」
屋台の女性に笑顔で手を振ると、男は教えてもらった通りに神殿を左に曲がる。しばらく行くと商業ギルドの看板ーどの町でも統一してお金の入った皮袋と何枚かの硬貨がかかれているーが目に入った。下の扉からはひっきりなしに人が出入りしている。盛況なようだ。
「あそこが商業ギルドか。」
男が商業ギルドの扉を開けると、さらに扉があり、そこにはきちんとした身なりの一人の男が立っていた。通る人はその男に札のような物を見せて通っていく。
男は茶色の髪を申し訳程度に整えると、その立っている男に近づいた。
「ええと、すみません。」
「はい、カーセルの商業ギルドにどのような御用でしょうか。」
ちらりと男の姿を一瞥し、旅の商人だろうと見当をつけたのか、受付の男はにこやかに応対する。
「こちらの町で細工ものの屋台を出したいのですが、その許可はこちらでいただけますか?」
「ギルド証はお持ちでしょうか?」
「ええ、もちろん。」
荷物を背負った男は懐からギルド証を出すと、受付の男に見せる。男は眼鏡をかけ、ギルド証を見ると、すぐに返してきた。
「イル・クラレットさんですね。本物と確認いたしました。王都からいらしたのですか?」
「ええ。王都は競争が激しいのでね。新規開拓を考えておりまして。ついでにここには新しい商品があると聞いて、見にきたのですよ。」
新規開拓と言えば聞こえは良いが、王都での競争についていけず、一発逆転を狙って行商に来たのだろうな、と思っているのが受付の男の顔に出ているが、気付かないふりをする。
「それはそれは遠くからありがとうございます。では奥にどうぞ。手続きをさせていただきますので。」
男が奥にちらりと目をやるとすぐに若い男がとびだしてきた。
「御用でしょうか。」
「この方が屋台の申請書を出したいということなので、対応をお願いします。」
若い男はイルの方に向き直り、お辞儀をする。
「かしこまりました。荷物をお持ちいたします。」
「ご丁寧にありがとうございます。商売ものなので、自分で持たせていただいてよろしいですか?旅をしていると自分で持っていないと落ち着かなくなりまして。」
色々と危険なこともあったのですよ、とイルがにこやかに話すと、若い男は目を輝かせる。
「旅慣れていらっしゃるのですね。ぜひその辺りのお話も聞かせていただきたいです。」
「いやいや、大したことはありませんよ。でもつい最近街道に魔物がでましてね。」
「魔物ですか?」
話しながら奥へと通される間に、イルはギルドの中をぐるりと見渡す。1階は受付と他の場所から来た者が通される場所、2階の階段を上がるとこの町の者が使う場所と分けてあるようだ。どちらにせよ受付を通らないと奥にはいけない仕組みだ。王都の商業ギルドはさらに広いが、基本的には同じ作りのようだ。
この町で細工物の屋台を開き、女性達と話をしながら、なぜシプランの村人、それも女性ばかりを町へと誘うのか。それを探るのが今回のイルの仕事だ。冒険者ギルドの者だと知られれば、町から叩き出されるかもしれない。
「そんなヘマはしませんけどね。」
思わず独り言が漏れ、前を歩く男が怪訝そうに振り向く。イルは慌ててにこやかに笑った。
「いや、失礼。この町に来るときに賭けをしましてね。私が儲けて帰ってくるか、それとも失敗して帰ってくるかと。でもカーセルの女性は美しい方が多いから、きっと私の持ってきた細工物もお買い上げいただけるでしょう。」
「そうですね。今木工の需要が大きいので、働いている女性も増えています。ちょっとしたお洒落を楽しむ余裕も生まれているかもしれません。」
「ほほう。仕事帰りに通りそうな道を教えていただきたいものですなあ。ところで、細工物を差し上げたい相手はおりますか?もしよろしければ、見繕いますよ?」
良い情報をこの男は提供してくれそうだ。イルはまずこの男と仲良くなることにした。
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