(40)シプラン村の現状
村長の言う通りだった。外からガヤガヤと声が聞こえてくる。今までの静かさが嘘のようだ。でも、とリーズは首をかしげる。
「皆さんは今までどちらに?」
リーズの問いに、イグルー村長は肩をすくめる。
「この村じゃ稼げないですからね。近くの町に稼ぎにいってます。最近道具を作るための工場ができたとかで、人手が足りないとうちの村にわざわざ声をかけてくれてね。馬車も用立ててくれたから、女達は毎日町まで通っていますよ。」
やはりあの町は何かを隠しているらしい。
ここから近い町はカーセルと言う。シプランから北東の方へ進んだところにある。深い森が近くにあり、そこから採れる資源で栄えている町だ。最初はそこに冒険者ギルドの支部を作ろうとしたのだが、断られた。
「うちにはそんな必要がないので。」
と。
「なら向こうからお願いされるようにしてきてくれないかな?」
という本部長の言葉は聞かなかったことにしてあるが、実際どうやら人手は足りていないらしい。それなのにギルドを断る、というのは、絶対何かがある。
「女達……。男の方達は?」
イグルーはガシガシと頭をかく。
「昼間は、まあ、寝てることが多いんですよ男達は。漁師は元々朝早く起きて漁に出て、昼は酒飲んで寝てるんです。その癖がなかなか抜けなくて。で、その時間を利用して女達は町に稼ぎに行くわけです。」
「なるほど……。ってそれでいいんですか?」
リーズの問いにイグルーは首を傾げる。あまり先まで考えるタイプではないらしい。リーズは自分も小さな村にいたから知っている。収入の得られない場所にいたら人はどうするか?収入の得られる場所に行ってしまうのだ。特に若い人から。
「お金も稼げてるし良いのではないですか?うちの村としては大助かりですが。」
「今はいいかもしれません。でも、そのうち女の方達が『いちいち行くのは面倒だから、町で暮らしたい』って言い始めたらどうするんですか?」
「ええ?いや、そんなことで引っ越そうと思いますかね?家族もいるんだし。」
「家族が賛成してみんなで町に引っ越したら?」
「……ああっ!」
やっと事の重大さに気づいたのか、イグルーは頭を抱えた。これ以上人が減れば、廃村になりかねないだろうに。もうちょっと早く気づいて欲しいと思いながらリーズは口を開く。
「まずは、この村で収入を得られるようにしましょう。遠くに行くよりは近くで稼げた方が皆さん喜ぶはずです。」
町の利点はたくさんある。村よりも物も多い。お金を得て買いたいものが増えればますます町に魅力を感じてくるだろう。その前に、村での仕事を増やさないといけない。
「私からこの近辺の探索を冒険者ギルドに依頼します。そうすると、冒険者がこちらに派遣されることになっています。宿代はギルドでお支払いします。なので、宿を管理する方を用意していただけると助かります。食事はアマトリーさんにお願いすればいいですよね。3食出していただけるなら、その分しっかりお支払いします。」
ギルドがあると、金銭収入がある。まずそれを分かってもらう。ギルドが根付くための第一歩だ。さらにリーズは一枚の紙を取り出し、村長の前に出した。
「あと、こちらに書かれているスキルをお持ちの方がいましたら、冒険者の講師としてそのスキルを教えていただきたいのです。それももちろん講師代をお支払いいたします。」
スキルは持っている人から教えてもらった方が習得が早い。村長は紙を取り上げ、リストに目を通し始めた。
「『計算』?これはいないな。『計測』?聞いたことがあるようなないような……。『ポーション精製?』できたらうちの村に薬屋ができてておかしくない……。」
ブツブツ言いながらリストに没頭し始めたので慌ててリーズは声をかける。
「急ぎではないので、村の皆さんに聞いてみてください。まずはこの辺の探索からはじめますし。」
「あ、ああ。そうだな。」
リストから目を離さずに村長は言う。
その時扉が開いて、アマトリーが顔を出した。
「とりあえず雨漏りはしてないね。しばらく手入れしていないから埃だらけだったけど、とりあえず窓は開けてきたよ。今日はとりあえず一部屋だけ使えるようにしよう。うちに使ってないベッドが一つあるから、運ぶのを手伝ってもらえるかい?」
「ありがとうございます。では村長、また明日お伺いしますね。」
リーズはそれだけ言うと、返事を待たずに村長の部屋を出た。
先ほどとは違って、村の中には活気があった。帰ってきた女性達が夕飯の支度をしているのだろう。あちこちから良い匂いが漂ってくる。
「昼間とは違いますね。」
リーズが思わず口に出した言葉を聞いてアマトリーが振り返る。
「ああ。この村で仕事がある奴は少ないからね。魚もほとんどとれないから、自分達の食う分で精一杯さ。うちの店には多少卸してもらっちゃいるが。」
魚がとれる?リーズは思わず飛び上がりそうになった。小さな頃から食べていた魚はリーズの好物だった。
「魚がとれるんですか?」
「ああ。釣りができる奴が何人かいてね。浜辺で釣るだけだから量は大したことないけど。」
「釣れるんですね?ここなら?」
リーズの勢いにアマトリーは押されながら頷いた。
「釣れるって言ってもマクレットとかサルディンとかの小魚だよ。」
「それでもいいんです!うふふ、久しぶりのお魚……。」
リーズの村では釣り糸を垂れても魚はとれなくなってしまっていた。どこでも魚は品不足で、王都でも魚は高価だった。
「そんなに好きならウチで食べるかい?今日はちょうどマクレットがあるよ。」
「ええ!ぜひ!」
明日の午前中は釣りをしよう、と心に決め、リーズは弾む足取りで今日の宿へと向かっていった。
読んでいただきありがとうございます。
漁師の娘なので、魚には目がないようです。
次回も日曜日更新予定です。




