(39)新しい仕事場
馬車をおりると、懐かしい潮風の匂いがした。目の前には小さな村の入口。そしてその向こうには海が見える。久しぶりに見る海に、リーズは目を細めながら村へむかって歩き始めた。
リーズが派遣された村の名前はシプラン。王都から南東の方角へ伸びる街道を馬車で7日ほど進んだ、海岸近くにある小さな漁村だ。以前は魚をとって生計を立てていたが、海の魔物が増加し、漁に出られなくなった。そのため村の人口も激減。ギルドの出張所を作り、冒険者達が依頼を受けられる場所にするのがリーズの役目である。
まずは採取できるものを探す。魔物がいるのならば、そこから取れる素材を調べる。普通の獣はよっぽど村に悪さをしない限り倒さない。村の人の食料やお金になるからである。村に必要な物もギルドから提供できるかもしれない。
それにしても。リーズはきょろきょろとしながら村の中央に向けて歩き続ける。王都のように石畳のない道は、砂埃が歩くたびに舞い散った。太陽が真上に来る頃だが、村の中に人はいない。暑い地域では昼間は寝て過ごすところもあると聞くが、それほど暑いわけではない。
「とりあえず、お店とか宿屋とかは……。あ、あれかな?」
右手の方に何やら看板のある家がある。近くに寄ってみるとお酒のような絵が描いてあった。酒場か食堂らしい。店なら誰かいるだろう。そう思ってリーズはその店に入ることにした。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか?」
扉は開いていた。中には木の丸いテーブルが3つほどあり、その上に椅子が乗せられている。まだ開店していないようだ。
「お店は日が暮れてからだよ!昼から飲むやつがあるかい!」
大きな声が奥から響いてきて、リーズはびくりとする。やがて出てきたのはどっぷりとした体格の女性だった。仕込みでもしていたのか、腕まくりをしている。彼女はリーズの姿をみて首を傾げた。
「おや、見かけない顔だね。こんなところに何の用だい?ここは酒場だよ。」
リーズはにっこり笑ってお辞儀をする。最初の印象は大事だ。
「突然すみません。私は冒険者ギルドの職員で、リーズと言います。この村に冒険者ギルドの出張所を作ることになったのですが、村長さんはどちらでしょう?」
冒険者ギルドと聞いて、彼女の眉が上がる。
「冒険者ギルド?こんな小さな村に冒険者なんかいやしないよ。それともあれかい?村の若いもんを冒険者にしようって魂胆かい?」
「いや、そうではなくてですね……。」
彼女にギルド出張所の目的について話し、納得してもらった頃には日も大分傾いていた。彼女はアマトリーと名乗った。
「なるほどね。まあ、とりあえず村長のところに案内するよ。でもこんな小さい村、冒険者が来てもやることないと思うけどねえ。」
身体の前で腕組みしていて太い腕をほどき、扉の方へアマトリーは歩き出した。リーズがついてこないのに気づき、振り返る。
「何やってんだい。村長のところに行くよ。」
「あ、はい。すみません!」
リーズは慌てて後を追った。
村長は髪に白いものが混じり始めた壮年の男で、イグールと名乗った。がっしりとした体格をしている。リーズの村にいたおじいちゃん村長を想像していたので驚いたが、顔には出さない。リーズの話を聞いてアマトリー同様首を傾げる。
「確かに冒険者ギルドから手紙は来ていますね。でもこんな小さな村に冒険者が来てもする事ないですよ。」
「それについては私の方で村の周辺を調査したいと思ってます。どなたか村の周辺について詳しい方はいらっしゃいますか?ついでに宿屋を紹介していただけると。」
リーズがしばらく村に滞在したいことを伝えると、2人は顔を見合わせた。
「宿はないね。しばらく前に廃業しちまったよ。誰も来やしなかったから。」
「今は空き家になってるが、住めないことはないな。手入れは必要だが。」
リーズはすっと皮袋を取り出して、イグルーに渡す。ずしりと重いその袋は中でチャリンと音がした。イグルーの喉がごくりとなる。
「これはこの村の滞在費用です。お納めください。修繕費も足りなければこちらで出しますので。」
「ああ、うん。とりあえず見てみないとな。アマトリー、ちょっと頼めるか?」
「仕方ないね。見てくるよ。修繕が必要なら、ミルに頼んでくる。」
アマトリーが出ていくと、村長は皮袋を持ったまま視線をさまよわせる。
「冒険者が来れば、村の収入になるかもしれないな……。うん、明日また来てくれないか?村の周りを私が案内しよう。」
「え?村長自らそんな、申し訳ないです。」
驚くリーズにイグルーは首をふる。
「なに、村長の仕事も大してないからな。村のためになるなら私が動いたほうがいいだろう。」
言いながら手に持った皮袋を撫でている。どうやら村長もかなり経済的に苦しいらしい。
「ありがとうございます。案内のお礼はまた後日ということで。」
「いやいや、そんなものはいいんだよ、うん。」
上機嫌で話す村長に尻尾が生えていたらブンブン振られていそうだ。この様子ならギルドも受け入れてもらえるかもしれない。ほっとしながらも、リーズは気になっていることを尋ねた。
「ところでこの村の周りで、魔物を見たという情報はありますか?」
「魔物ねえ。海に行きゃたくさんいるよ。水から出られないみたいで良かったが。近くの森にもいるが……何か金になりそうな魔物でもいるのかね?」
村長の頭の中は間違いなく金のことしかない。リーズは頬をひきつらせながら話を続ける。
「以前海を渡って来た魔物が村を襲ったことがあります。シプランでそのような魔物は見たことがありますか?」
リーズのいたミシュリ村では、襲われる前から時折翼のある魔物が村の上を飛んでいた。今考えればあれは偵察されていたのだろう。イグルーはしばらく考えて首を振った。
「いや、ないな。一応村の皆にも聞いてみるが。」
「ありがとうございます。ちなみに村の皆さんは今どちらに?ご挨拶もしたいのですが。」
「ああ、そろそろ帰ってくるんじゃないかな。外が騒がしくなってきただろう?」
読んでくださりありがとうございます。
ここから新章です。
新米から少し成長した主人公ともども応援していただけると嬉しいです。
次回も日曜日投稿予定です。




