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第8話

 

 食堂は、まだ夕食を摂っている生徒で賑わっていた。


「一ノ瀬君」

「あ、加納さん」

「いつもより遅かったので、どうされたのかと思ってましたが」

「えぇ、ちょっと私用があって。あの、すみませんがお願いしたいことがあるのですが」

「お願い、ですか?」


 藍は妹が部屋に来ていることを伝え、食事を自室に持っていくことを相談した。二つ返事で頷くと、加納は厨房へと入っていく。暫く待っていると、加納がトレイではなく容器を二つ持ってきた。


「これをどうぞ」

「これは?」

「本日の日替わりを詰めさせていただきました。温かいうちにお召し上がりください」

「わざわざありがとうございます」

「いえ、当然のことです。妹さんにもごゆっくり食していただきたいですから」


 容器を受け取れば、まだ温かい。加納の気遣いに感謝し、藍は出来るだけ急いで部屋へと戻る。

 部屋へ戻ると、光里は素直にタオルを目に当てていたようだ。扉が閉まる音で藍が戻ってきたのに、気がついたのかパッとタオルから顔をあげる。少しは熱も引いたようだが、まだ赤さが残っていた。


「あ、兄様」

「目はまだ赤いな。夕食をもらってきたが、食べられるか?」

「は、はいっ」

「待ってろ」


 質の良いウッドテーブルの上に、貰ってきた容器を置くと、藍は簡易キッチンへ向かった。来客が来ることは想定していなくとも、基本的な食器や箸などは複数持っている。

 更にグラスを2つ手にして、藍は光里の左隣に座った。


「お茶でいいか?」

「はい」


 目の前においたグラスにお茶を注ぐ。いただきます、と手を合わせると食事を始めた。光里もお腹が空いていたのか、箸が進んでいる。

 食事を終えると、藍はコーヒーを入れた。光里は飲めないので、ホットミルクだ。お腹も満たされて感情も落ち着いてきたのか、光里はコップをじっと見ながらポツリポツリと口を開いた。


「ごめん、なさい……兄様にご迷惑をおかけしました。姉様にも……わたし、お祖父様が勝手に決めてしまうのが、嫌で。だから、お母様もあんな……なのに、また……」

「光里」

「みんな、勝手すぎて……わ、わたしたちは、家の道具じゃないのに……それが当たり前って……また」

「そうか……お前は、親父が許せないから、お祖父様のすることに反対していたのか」


 藍たちの両親も政略的な結び付きで、結婚をした。結果として、父は外で愛人を作り、その愛人は母亡き後に後妻となった。母を裏切っていた事実から、光里と碧は父を毛嫌いしている。それもあって政略結婚を光里は嫌っているのだろう。


「そ、それだけじゃないです! 片桐さんは、そうやっていつも兄様を取っていくんです。兄様はお優しいから、一緒に居てあげてるのに、け、結婚までするなんて……」

「お前、何を言ってるんだ?」

「だって、そうでしょう! 小さい頃からずっとそうです! 片桐さんは何でも持ってるのに、兄様まで連れていってしまう……そんなの、許せないです! 兄様は、わたしたちの兄様なのに」

「落ち着け、光里!」

「っ……ご、ごめんなさい……」


 話がそれている気がする。碧ほどではないにしても、光里が藍に依存しているのは、わかっていた。だからこそ、藍は全寮制の学校を選んだのだから。離れて暮らして四年目。藍の想いとは裏腹に、全く変化はなかったらしい。いや、より酷くなったというべきか。


「全く。良く聞け。紗菜との話は、俺が生まれた時から上がっていた話だ。親父は反対して、別の話を次々に出してきた。それは知ってるな?」

「はい。ですが、兄様は全部断っていたはずです! なのに、何故今回はお祖父様に任せるなどと」

「俺が反対していないからだ」

「えっ」


 何を言っているのか、光里はそんな表情で藍を見ていた。それはそうだろう。


「紗菜は、俺のことをよく知っているし面倒がない相手だからな。お互いに特別な意味はない。紗菜に、恋人にしたいような男が現れれば、破棄するさ」

「どういう、ことですか?」

「政略とはそういうものだ。だから、紗菜にあまり突っかかるな」

「でも、それでもこのままだという可能性も、あるのですよね?」

「それは、まぁそうだが……光里、逐一そんなことを言っていたら、キリがない」


 光里はタオルで顔を隠す。

 藍の言うことがわからないわけではない。それでも、理解したくない。感情という面で拒否している。そんな感じだ。


「光里、お前が俺を慕ってくれているのは嬉しい。だが」

「わかってます! いつかは、兄様も結婚してしまうし……わたしたちから離れていくことも。でも……」

「光里」


 顔を埋めたまま上げない光里の頭をそっと撫でる。ピクッと身体が反応した。だが、されるがままになっている。


「俺がお前たちから離れることはない。だから、そんな心配をするな」

「……」

「光里」


 それでも光里は黙ったままだった。


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