迷いの山-1 人を殺すということ
昨日投稿できなかったので、今日はボリューム増してます。
俺と文香は旅へ出た。和の国へたどり着くためには巨大な山脈を超える必要がある。その山脈を超えるには約3日かかる。
嘘松王国を出た俺と文香は徒歩で和の国へと向かった。俺は乗り物に乗ることができないからだ。
現在、俺と文香は身軽な格好をしているが、実際のところ文香は1年分の食料を運んでいる。
久しぶりに冒険者時代の服装で旅をする。腰には一本のナイフ。胸には一輪の菊。文香は新調した杖とレイピアを携えている。向こうの国で着用する正装は全て文香が収納している。
山脈に入る前に、キャンプ場についた。キャンプ場とはいっても前の世界のように整備がなされてるわけではなく、井戸と薪を収納する倉庫があるだけだ。
キャンプでは1つの火を囲んでいる者たちがいた。俺と文香は彼らから離れたところで休憩することにした。
『ゴブリンスレイヤー』をセットしている俺たちは夜目がきく。だからこのキャンプ場で軽い夕食を取った後、再び歩き始める予定を立てている。
文香はてきぱきとテントなどの道具を出し組み立てる。俺は倉庫から薪を持ってきて、火を起こす。
文香がミネラルウォーターを具現化する。それと同時に、カップ麺なるものも赤い光を帯びながら出てくる。
「楽しみだな」
俺はカップを手に取って文香に話しかける。
「私は今も悪いイメージしかないわ」
その言葉を聞いて、昔の記憶が蘇る。
仕事が繁忙期と菜々美のテスト期間が重なった頃、俺はインスタント食品に頼っていたことがあった。しばらくその生活を続けいくと、やはり身体に悪い影響が出ていたようで、文香から顔色が良くないのを心配された。俺はインスタント食品ばかり食べるという話をしたら、文香から栄養が偏ってしまうと怒られてしまった。
お湯が沸騰した。蓋を開けて麺に熱湯を注ぐ。文香が正確に3分を測るため魔法を発動させる。
この世界でカップ麺を食べるのは俺と文香が初めてに違いない。なんせこのカップ麺は俺が開発したものだからだ。
異世界の生活にいくらなれても、前の世界の料理が時々無性に食べたくなるような時が来る。それは他の転生者も同じらしい。十六夜陽菜さんが残した書物の中に、料理の研究ノートがあった。様々な情報を統合すると、それは陽菜さんの姉、千尋さんが残したものだということがわかる。
陽菜さんは前の世界で植物の研究をしていたが、千尋さんは料理を科学的に分析する研究をしていた。千尋さんは調理師免許なども持っていて、料理が趣味だという。
千尋さんはこっちの世界に来てから前の世界の味を再現するために色んな挑戦をしていた。手始めに調味料を完成させると、異世界の生物の肉の味や、野菜の味などを覚え、様々な組み合わせを試した。
最終的には魔法的な観点から新しい調理の方法を生み出し、多くの料理を再現することに成功した。
姉の活動に影響されて、紅茶好きだった陽菜さんが魔法やスキルの研究の傍らに、茶葉やティーグッズを作り出した。それらは商品化され嘘松王国で普及することになった。
カップ麺は千尋さんの料理ノートの中に書かれていたラーメンのレシピを参考にしつつ、
保存ができるような麺を開発し、保温が持続する器を制作、最後に味をの調整を何度も繰り返して俺が作り上げたものだ。
文香から完成した時に一緒に食べようと約束されたため、味見などはしているがちゃんと食べるのは俺も今回が初めてとなる。
3分が経ち、俺たちは蓋を開ける。すると食欲をそそる懐かしいあの匂いがしてくる。このカップ麺は俺が好きだったカレー味だ。
「「いただきます」」
俺と文香は割り箸を割って、食べ始める。
ズズズー。
久しぶりに食べるカップ麺はうまかった。濃くてしょっぱいシンプルな味。ふにゃにゃとした麺はそれはそれで味があるような気がした。
「美味しいわ」
文香が言う。
しばらく二人とも無言で麺をすする。
城の中で食べる料理もプロが用意するだけあって素晴らしいのだが、自然に囲まれて食べるインスタント食品というのはまた別の味わいがあると思う。
俺が食べ終わって少しすると文香も食べ終わった。
「あなたのことを更に知れてよかった。こんなに手軽に美味しいものが食べられるならあなたがインスタント食品に頼ってた理由もわかるような気がした」
文香は笑顔を浮かべてそう言った。
前の世界でトラックだった文香はインスタント料理を知識としては知っていたが、その味は知らなった。経験することと知っていることは全く違うと文香はよく言う。初めてこの世界でアールグレイを飲んだ時もそうだったが、俺と同じ経験を味わったとき、文香は世界で一番可愛い笑顔を向けてくれる。カップ麺を作ったのも、実はこの笑顔が見たかったからなのかもしれない。
「そうだろ? 早くて美味い。それがインスタント料理なんだ。しかも栄養価なんかもしっかり考えれている物も増えて来てたはずだ」
俺と文香はデザートのフルーツをつまみながら、談笑をする。
そしてお互いに目を合わせると、俺は腰のナイフに文香は杖に手を掛ける。
ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。
砂利を踏む足音が聞こえてくる。俺は立ち上がる。一人の女がこちら側に歩いて来ていた。
「誰だ」
俺は低い声でそう言うと、ナイフを構えた。
***
――ヘルヘイム帝国――
「こっちでの生活はどうだ? 何か希望があれば聞いてやってもいいぞ」
玉座に座ったカインズが須磨太郎にそう言う。
須磨太郎一行はインスマスでカインズに敗れた後、ヘルヘイム帝国にある豪邸を与えられ、そこでの生活を義務づけられていた。
今日は須磨太郎がカインズに呼び出され、近況の報告をさせている。
カインズの【1984年】の命令により、須磨太郎の全ての情報は既に抜き出されている。だがカインズは須磨太郎たちを完全な支配下にいれてもなお、その自由意思を奪っていなかった。
それは命令されるだけの操り人形よりも、覚悟を決めて人間の方が強いということをカインズが経験的に知っていたからだ。
須磨太郎はヘルヘイム帝国での生活中、一人自分の決断が本当に正しかったのかということを未だに考え続けていた。
現状の生活に不満はなかった。だが、来るべき日の恐怖が須磨太郎を蝕んでいた。
「いっそ俺達に転生者を殺せと命令してくれ」
須磨太郎はカインズに何度もそう願った。須磨太郎は前の世界でもこの世界でも「人間」の命を最後まで奪うということは決してしてこなかった。
それは彼の美学だ。彼は自分の奴隷が敵の命を奪うことさえ許さなかった。人間同士ならばいずれ分かり合える、それが須磨太郎の考えだった。
須磨太郎はカインズと「殺し」について何度か議論を重ねていた。
カインズの視点はいつも同じだった。
「その殺しが自分にとってメリットがあるかどうか。それだけが殺しの動機だ」
そもそも死でさえカインズの前においてはただの状態に過ぎない。
「どうして俺たちは転生したんだろう? この世界で生まれた俺の子供たちはどうすればいい? 俺は一体何を信じればいいんだ」
須磨太郎はいつも自分の存在について考えていた。
前の世界で引きこもりだった須磨太郎にとって、言うことを何でも聞き、自分のことを慕ってくれる奴隷たちは、心の支えでありながら一方では不思議な存在だった。
須磨太郎は、自分自身の存在意義がわからなくなった時、決まって奴隷たちと寝た。奴隷と肌を重ねる間はその問題から逃げられる気がしたからだ。
初めて子供ができたとき、須磨太郎は自分が生きていることを再認識した。それからは奴隷の女と片っ端から子供を作った。
元々のステータスは他の転生者と比べ圧倒的に低い須磨太郎の子は普通の人間としてこの世に順応していった。その様子をみて須磨太郎は安堵をした。
「単純な算数の問題だよ。お前が川霧を殺さなければ、世界中にいるお前の奴隷とその子供約2000人全てが殺される。
お前が殺さなくてはならない敵はたった2人だ。2000と2、どちらを殺せばいいかというのは明白だろう?」
カインズは殺しの際、感情というものを一切考慮しない。あくまで命は数字でしかない。
「そうだな。一つ実験をしてみよう」
カインズは大広間に30人の部下たちを集めて、用意をさせる。レールを作り、凶悪な刃のついたトロッコを作らせる。
最後に片方のレールの先には5人の人間を、もう一方には1人の人間を立たせる。
「トロッコに座れ」
カインズは須磨太郎に命令を出す。
「今お前の進もうとしているレーンには5人の人間がいる。お前はレールを変更することができる。変更したレールの先にいるのは1人の人間だ。お前は自分の好きな方を選べばいい。それと、どうして自分がトロッコに乗っているのかという記憶は全て消えるが、今言った内容は深層心理で理解している。トロッコが途中にさしかかったところでお前の意識は活動を始める」
カインズはトロッコを支えている部下に合図を出す。
「やれ」
ゴロゴロ。
不気味な音をたててトロッコは動き出す。
トロッコ問題ですね。果たして須磨太郎はどのような正解を選ぶのか。
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