後編
「大体、あれのどこが観光名所でした? 貴方のお気に入りの場所というだけでしょう。そもそもこれから婚約をしようという相手を自分のご友人ばかりの飲食店や娯楽施設に連れて行こうという考えがおかしいんです」
「それは、君を紹介しようと……」
「お互いのことを何も知らない状態なのに、交友関係ばかりを教えられても困惑します。私がどれだけ気をつかったか察しようともなさらなかったでしょう。貴方のご友人の中には別の場所に行くようそれとなく誘導してくださった方もいましたし、私も『そろそろ次の場所に』とお願いしましたね。ええ、本当は本物の観光地に連れて行ってくれるお約束でしたもの。貴方はそれを『我儘だ』と仰いましたけど」
野次馬の誰かが「うわぁ」と呟いた。そして「つまり、あれか。俺はこの辺りでこんなに幅を利かせてんだぜってことを知らしめようと?」「馬鹿、あの坊ちゃんがそこまで考えてるかよ」「僕ちゃんの好きな場所に連れて行ってあげる。ってことじゃないか?」「小さな子どもなら可愛いもんだがなあ……」などと言いたい放題だ。もう、声を抑えることもしてなかった。
野次馬のその言い草と数の多さに青の商会の商人たちがどうするかと考えだしてはいたが、さすがに人数が増えすぎて商人たちだけではどうすることもできなそうだ。商人は仕方なく商会長の判断を待ったが、商会長も脂汗が止まらないくらいには混乱していたので頭が回らない。結果、やはり野次馬は放置されることになった。
「ああ、そうそう、プレゼントもね、ありがとうございました」
「う、え、あ、あれは、貴女のこと考えて……」
「ええ、嫌いなものを二度も」
「えっ」
心底驚いたような声を出すカイルに、野次馬たちはまだあるのかと目を輝かせた。
「素晴らしいチョコレート菓子でしたわ。素人でもきっと名のある職人が丹精込めて作ったのだと理解できる逸品でした」
「そう、だろう……? だ、だから、君に……」
「でも、私、最初の顔合わせで申しましたよね。『チョコレートは苦手なんです』って。そして二度目にお会いして、貴方が何故かチョコレートを持ってきた時にもきちんとお伝えしました。けれど貴方は三度目の時にもチョコレートを持ってきた」
メイヴィスの怒涛の追撃にカイルはおろおろと周囲を見回したが、この場に彼を助ける者など一人もいない。しかしまあ、メイヴィスも腹に据えかねていたのだろう。これまでで一番声色に棘を感じる。
「この国のチョコレートは商品として、とても素晴らしいですわ。芸術品のように美しく、少しばかり値が張っても購入したいというお客様がいらっしゃいます。チョコレートというお菓子そのものも一般的に多くの人に喜ばれるものでしょう。ですが、私は、苦手だと言ったんです」
「だが、ほら、好き嫌いはよくない。それに、一級品を味わえば考えも変わるって……」
「好き嫌いがよくない、ええ、知っています。一般論ですね。これも多くの国にある考え方ですよ。ですが、チョコレートは嗜好品です。分かります?」
「え、あ、ああ……」
「雪山で遭難時にチョコレートしかない、と言われれば私だって食べますよ。当然のことです。でも、平時に無理をして食べるものではないんです。嗜好品って、特に。それも、理解できます?」
「……」
「苦手だと言ったものを二度もプレゼントしてくるなんてまともな精神ではありません。善意というには明らかに無理があります。貴方は、私に、嫌がらせをしたんです。ああでも、ご心配なさらないで。あの素晴らしいチョコレート菓子は、味の分かるうちの商人に食べてもらいましたから」
「……」
「ですがね、人の話も聞かない、聞けない、理解もできない。その上に嫌がらせまでする人と誰が結婚するんです。しませんよ、絶対に」
もう、カイルは何もできなかった。反論どころか、身動きすらとれない。彼は子どもの頃からそこそこに優秀で真面目で年相応に悪知恵も働いたので、こんなふうに人前で恥をかかされたことも間違いを指摘されたこともなかった。対人関係でも、何かあれば相手は不満を言うことなく彼の前から去っていくことのほうが多かった。だって彼はこの国一番の商会の長の息子だったから。そしてそれを、彼は理解していなかった。
メイヴィスはにっこりと微笑んで、商会長に向き直った。
「ご子息は口が悪く、人の話が理解できない上に、思い込みが激しいようで」
「……返す言葉もございません」
「このまま放逐なさったら、また人間関係で大変なことになるかと。その時に青の商会に何かあったら、我々も困りますの」
「きちんと、教育を、どうにか……」
「そうですね。計算が早くて正確だと評判ですし、手元に残していらっしゃったほうが商会長もご安心でしょう。私たちとの商談の窓口にいないのでしたら、とりあえず取引は現状維持させていただきますので」
「はい、はい、そういたします、ええ、必ず……!」
商会長があまりにも必死にそう言うのでメイヴィスは苦笑したが、次の瞬間には冷えた視線でまたカイルに刺した。
「ですが、カイルさん。先程の発言の撤回と謝罪をしてくださいな。あと、私たちは今後もずっと他人ですから、呼び捨てもご遠慮してくださる?」
「ひっ」
「早く」
「は、あ、す、すみません! 申し訳ございません! 撤回します、勿論! 呼び捨てもしません!」
「……まあ、いいでしょう。二度目はありませんよ」
「は、はいぃ……!」
ずびずびと汚く泣くカイルは、そのまま商人たちに連れて行かれた。さてこれでお開きか、と野次馬たちが満足して帰ろうとしたその時、メイヴィスは彼ら彼女らに向かって声をかけた。
「お集まりの皆様方、我々商団『海竜』は先日、海を隔てた隣国の食料品や衣料品を持ってまいりました。青の商会は気前がよく、多くを購入くださいましたわ。そんな気前のよい商会長はきっとこの機会に皆様の手に届きやすいお値段で売ってくださるでしょう。どうぞこの機会にたくさんお試しくださいね」
「え゙……っ」
「ねえ、そうですよね、商会長?」
「え、え、ええ、ええ勿論ですとも。素晴らしい機会ですからな。ええと、そうですな、定価の一割……。いや、二、三……っ。ええい! 五割! 今回に限り五割引きで売りましょう! 本日限定! 赤字覚悟だ! 皆様、お誘いあわせの上! お近くの青の商会、直営店まで!」
商会長が叫びながら走り去っていき、呆気に取られていた部下の商人と野次馬も一拍遅れてそれに続いた。
船着き場は、あっという間に静かになった。
「ふ、ふふ、五割引きですって、大きく出ましたね」
「いやあ、太っ腹だあ。ま、このくらいしてもらわにゃね」
「そうですね。私たちは貴族ではなく商人ですから。命は取りませんし、社会的にもすぐには殺しませんけど、このくらいはね」
静かになった船着き場で、メイヴィスは船員たちと笑い合いながら船に乗った。大きな船だ。次はどこに行くのだろう。
「ああでも、婚活、憂鬱ねえ……」
「大丈夫、大丈夫。あいつは特殊すぎたし男なんて星の数ほどいるんだし、お嬢は美人さんだから。なあ」
「そうそう、大丈夫大丈夫」
「お嬢は昔から美人さんだから、すぐですよー」
「……貴方たち、最後にそれを言えば私が満足すると思ってない?」
「思ってない思ってない。ほら、船出しますからねー」
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