表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

もらい物のバームクーヘン


 突然だが、私には友人がいた。学生時代からの付き合いで、彼の本名はもう覚えていないが、私は彼を「ゆっちん」の愛称で呼んでいた。

 

 ゆっちんは、はっきり言ってストーカーだった。


 ゆっちんは、学生時代にある女性(名前は忘れたが、ゆっちんは「コヨーテ」と呼んでいた)に一目ぼれし、そしてすぐに告白、玉砕して三か月はめそめそしていた。

 

 それからというもの。ゆっちんは狂ったように、コヨーテに依存するようになった。

 

 ゆっちんは、盗撮したり、ゴミをあさったりと、犯罪として突き出せるような愚行を繰り返していった。

 戦利品を嬉々として私に見せつけてきたときは、私は思わず携帯電話に手をかけた。

 

 

 しかし。これほど悪行を重ねていたゆっちんには、コミュニケーション能力という光るものがあった。ほぼ初対面で告白できるほどの胆力もあった。

 やはり、なぜストーカーになったのか分からない。

 

 ゆっちんは、持ち前のコミュニケーション能力で、コヨーテと普通の友達として仲良くしていた。

 振った相手と友達とは、気まずくないのかとコヨーテに聞いたことがあるが、コヨーテはコヨーテで告白に慣れているマドンナだったようで、全く気にならないと言われた。そんな気がする。

 


 大学を卒業してから、私は長らく、ゆっちんと会うことはなかった。ゆっちんが、コヨーテについていくように引っ越してしまったからだと思う。年に一度、年賀はがきで生存確認をする、ついでにゆっちんの無謀な行動を馬鹿にする。そんな感じの関係が、長らく続いた。


 

 ついこの間、本当についこの間、ゆっちんは久しぶりに私の家を訪ねてきた。

 ゆっちんは手土産として、大きなバームクーヘンを持ってきた。私は一人暮らしだったので、こんなに要らないというと、そのバームクーヘンはもらい物らしく、こんな沢山食べられないから私を訪ねたのだ、と言われた。

 バームクーヘンをほおばるゆっちんは、いつもの生き生きとした様子でなく、悲しそうにしていた。


 

 社会人になった後の話をすると、双方暗い顔になってしまったので、話は自然とコヨーテ関連に移っていった。

 いまだにストーカーなのかと聞くと、辞めようと思っている、と弱々しい返答が帰ってきたので、不審に思いながらも、私はゆっちんの背中をたたいた。

 

 なにか悲しいことがあったんだな、と、私は冷蔵庫から酒を出し、ゆっちんの失恋話となくなりそうにないバームクーヘンを肴に、酔いつぶれるまで笑いあった。


 

 翌朝、二日酔いで痛む頭を抱えていると、ドライブしないかとゆっちんに誘われた。

 丁度予定もなかったので、私たちはゆっちんの車に乗り込み、ゆっちんの運転で私の住む街を周った。海辺を通りがかったとき、ゆっちんはぽつりと、何かを言った。


 

 気づくと私は、車から投げ出されていた。どうやら、ゆっちんの自殺に付き合わされたのだと私が気づいたのは、病院のベッドの上でゆっちんの母と顔を合わせた時だった。


 

 葬儀が終わってからひと月ほど。病院で怠惰を謳歌していた私の元に、一通の手紙が届いた。それは、ゆっちんの書き残しだった。

 

 幸せの場でもらった、僕にはふさわしくない、あの大きなバームクーヘンを遺品としてやる、という、ぶっきらぼうに書かれた文字は、私の心を動かさなかった。


 

 医者によれば、事故のときに失った記憶と感情は帰ってこないらしい。

 そして。ゆっちんの母は、私の母を名乗ったらしい。

 

 

 そんなわけない、と私は笑い飛ばして、今もまだ、惰性に沈んでいる。

 



 解説的なものを、第二話として置いておきます。

 よろしければ、ご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ