第八章「黒い機体」(3)
ガルド隊長のいない最初の夜、食堂に夕食の時間が来ると、見慣れない光景があった。
アイナ副隊長が厨房に立っていた。
「……副隊長?」
バッハが入口で止まった。後ろからレンが覗き込んだ。アイナ副隊長がエプロンをつけて、鍋をかき回している。
「何か」とアイナ副隊長が振り返らずに言った。
「料理してるんですか」とバッハが聞く
「見れば分かりますよね」
「なぜ、ですか」
「暇になったから」
「副隊長が料理するのは初めて見ました」
「隊長がいないと書類が半分になるので、少し時間が空きました」
「そんなに隊長の書類の後始末してたんですか」とレンが言った。
「確認と整理です。隊長の書類は内容は確かなんですが、書き方が独特でそれを読める形に直す作業を毎回してます」
「それは大変ですね」とバッハが笑いながら言った。
「隊長は悪気がないんですがね」アイナ副隊長は苦笑する
厨房からいい匂いがしてきた。
「シチューです。実家の料理人に教わったものですが―――ここにある食材でできる範囲で作ってみました」
「意外です。ずっと書類仕事してる人のイメージだったので」レンが素直に言う
アイナ副隊長が少し沈黙した。
「……それはどういう意味ですか」
「これは、その、褒めているんです」
「褒め方が分かりにくいですよ」いつもとは違う柔らかい笑顔だった
全員が緊張し、黙って食べた。しばらくして、バッハが「これ、普段の飯より全然美味い」と言った。
「そうですか、ありがとうございます」
「本当に美味い。隊長がいない間、毎日副隊長に作ってほしい」
「私は副隊長であって料理番ではありません。今まで通り当番制でやってください」
「じゃあ、たまにでいいのでお願いします」バッハが珍しく頭を下げて頼み込む。
「考えておきます」
セナが「副隊長、この香辛料は何を使っていますか」と聞いた。
「東の地方のものです。実家が輸入していたので」
「アルデインでは珍しい種類ですね」
「そうなのですか?」
「市場では見たことがないです。美味しいですが少し値が張るものだと思います」
アイナ副隊長が少し考えた。「……手持ちで持ってきたものを使いました。次からはヴァルタで手に入るものだけにします」
「次があるんですか」とバッハが聞いた。
「考えておくと言いましたでしょ」とアイナ副隊長は軽く微笑んで答える。
バッハが「ということは次もあるぞ、やったな」とレンに耳打ちした。レンが「そんな時間滅多にないと思いますよ」と返した。
リアーノが格納庫から出てきて、食堂の入口で止まった。
「なんかいい匂いする~」クンクンと鼻を鳴らしながら入ってくる。
椅子に腰掛けシチューを一口食べた。少し目が丸くなった。
「美味しい!」
「ありがとうございます」とアイナ副隊長が素直に嬉しそうに答える。
「副隊長が作ったんですか!凄い!」「綺麗で料理も上手なんて羨ましいです!」
「師匠に持っていったら喜ぶと思います」興奮したリアーノは立て続けに話し続ける。
「持っていってあげてください。オーグさんは食事の時間を忘れることがあると聞きました」
リアーノが少し止まった。「なぜ知ってるんですか」
「副隊長ですから」とアイナ副隊長が静かに言った。「この小隊の全員のことは把握するようにしています」
深い小皿にシチューを入れてリアーノに持たせた。
今夜は食堂がいつもより少し温かい空気になった。
レンはそれを見ながら、この部隊に来てから半年も経っていないことを思った。
最初に来たとき、ここが自分の場所になるとは思っていなかった
ガルド隊長が王都から戻ったのは三日後の夕方だった。
馬を厩舎に入れて、顔を洗って、食堂に来た。まだ誰もいないが厨房で料理をしている人影と良い匂いがしていた。
「副隊長が作ったんですか」とガルド隊長が驚きながら言った。
「隊長の留守中は手が空いたら作ることにしてるんですよ。みんなからのリクエストもありますし」と柔らかい口調でアイナ副隊長が答えた。
「いつもありがとうございます。留守がちで申し訳ない」
「それでは早速頂いてよろしいですか、道中、あまり食事が取れなかったので。」
アイナ副隊長が「分かりました」と言って、ガルド隊長の分を用意した。
食べながら、ガルド隊長が「王都でエルナ大臣に会ってきました」と言った。
――――エルナ大臣。治安維持省の大臣。ガルド隊長の旧知の人物。
「何を話してきたんですか」とアイナ副隊長が聞いた。
「色々とね」とガルド隊長が答えた。
「また私を除け者にして内緒話ですか」とアイナ副隊長が軽くすねたような表情で問い詰めた。
「少しずつ話せるようになりますから、今は色々としか言えないんですよ」
王都から戻ったガルド隊長顔は、出発前より少し引き締まって見えた。何かが動いた。何かが決まった。そういう顔だった。
その夜、眠れなかったレンは、深夜に砦の外に出た。
影鉄騎のことを考えていた。起動前に遭遇してしまったことへの後悔がある。
もし一番機と二番機が最初から起動した状態だったら、もう少し違う展開があったかもしれない。
そう考えると、魔導運搬車への理解を深めておきたいと思った。
輸送中の魔導鎧がどういう状態にあるのか、どれだけ速く展開できるのか。
それを知っておけば、次に遭遇したときに少しでも早く動けるかもしれない。
そう考えていたら、自然と足が格納庫の脇に止めてある運搬車へと向かった。
運転席を開けて、仕組みを確認しようとしたとき、声がした。
「誰ですか?何してるんですか」
作業服ではなく私服のカインだった。
「魔導運搬車を確認したくて」とレンが言った。「影鉄騎に遭遇したとき、起動が間に合わなかったので、輸送中の展開をもっと速くできないかと思いまして」
「それは……」とカインが言いかけた。何かを考える間があった。「俺も付き合いますよ。魔導運搬車の機構はひと通り分かるので」
「ありがとうございます。そういえばカインさんはこの時間に何を」
「見回りです。たまにやってるんですよ、夜中に。俺、夜型なので」
二人で魔導運搬車の仕組みを確認した。荷台の固定機構、展開時の手順、ハッチの開閉速度。カインの説明は丁寧で分かりやすかった。
一時間ほどして、レンが「ありがとうございます、だいぶ分かりました」とお礼を言う。
「また何かあれば声かけてください。俺達は戦いには参加できませんが、第七小隊の仲間なので」とカインが言った。
二人で砦の中に戻った。
レンが自室に入って、ふと思った。
カインが夜中に私服でいたのはなぜだろう。見回りと言っていたが、砦の外にでも行っていたのだろうか。
モテそうだしそういうこともあるだろう。
しかし眠気が勝って、それ以上は考えなかった。
第八章 了




