第三十四話 ゼロ地帯
ここまでずっと、一行はマークが作り出す水分に頼り切りだった。
だが、マークの生み出す水分はプラスの魔力。グアル達が飲めば、摩擦病を引き起こす原因になる。
そのため、様々な大きさの石の粒を集めて、小さな物を下から順に層を作り、水分を馴染ませていく。
マイナスの魔力地帯の石には、その一粒一粒にマイナスの魔力が宿っている為、時間はかかるがこれで、マークの作り出したプラスの魔力の水を、マイナスの魔力の水に変換することができる。
「本来は魔法が使えず、水分浄化ができない我々が、工夫して水の汚れを取る為に始めたことだったんだがな。あの時は、まさか、こんな効果があるとは思っても見なかった」
村人の石集めをエレナが手伝う姿を見て、自分も石を拾いつつしみじみと言うグアル。
マークが生み出せる水分だけで、全員分を賄えれば苦労はないのだが、マークはどちらかと言えば一つを極めると言うよりは多彩なタイプだ。
ここまでの道のりでもやはり、マークの生み出せる水分の量で全員分を賄うのはギリギリ。更に、マークが全員分の水の一日の水を賄うと、今度はマークの魔力がかなり減ってしまい、いざという戦闘の時に危険だ。
今のうちにここで、マークにできるだけ負担がかからないように、自然の恵みを享受する必要がある。
「本当に、村の皆はすごいね。魔法なしで生活していたなんて」
エレナがグアルの所へやってきて言うと、グアルはフッと笑って言った。
「ご謙遜を。エレナ様も元村娘と聞きます。自然と共に生きてこられた御方でしょうに」
マークが言うと、エレナは頬を書きながら答える。
「でもやっぱり、水の浄化だって私達の村は魔道具使ってたし、やっぱり全く魔法がないなかで工夫して、色んなこと見つけていけるなんてすごいよ」
「水の浄化の、魔道具ですか……」
グアルは知っている。その水の浄化の魔道具を、ユーシア帝国がどう使っいたか。マイナスの魔力に満ちた水に使うと、たちまちプラスの魔力を帯びた水に変換される。
魔王が降臨する前、ユーシア帝国は湖の水をそうやってプラスの魔力に変え、辺りの魔物達を摩擦病に陥らせて排除。死に至らしめ、誰もいなくなったマイナス地帯に住み着いて、時間をかけて領土を拡大していた事を。
異なる魔力を帯びた地帯に長いこと住めば、徐々にその土地に流れる魔力は、生きる生物の魔力に影響されて変わっていく。
「?グアルさん、どうしてそんなに恐い顔してるの?」
エレナの問いに、我に返るグアルは、湖に映った強ばる自身の表情を見て、真顔に戻る。
「いえ、何でもありません」
エレナはキョトンとした表情で、「そっか」と流す。
「エレナ様……」
「?何?」
エレナが問うと、グアルは答えた。
「夕食時、我々の村のことをお話しいたします」
グアルの真っ直ぐな視線に、エレナは深く頷いて一言。
「ええ、是非聞かせて」
※
再び湖の側で火を起こし、就寝の準備を整えたエレナ達。
ここに到着する前に手に入れた食料を食べ終え、起こした炎の周りにはエレナ、マーク、ドレッド、グアルの4人が座っている。
既に就寝している子供達の服装は変わっている。湖で体を洗い、衣服を着替え、元々着ていた服は、湖の水と石けんで洗い流した。
ドレッドやグアルも、アルマ王国跡地で入手した衣服に着替えているが、夜襲の見張りをする当番であるドレッドは、着替えた服の上から鎧を着ている。
エレナもドレスが乾くまでは、アルマ王国跡地で入手した、青い服に白いスカートを着用。
「それじゃあグアルさん、お願いします」
エレナがそう言うと、グアルは話し出す。
「これは、戦争によって世界中で異変をもたらしている魔力の問題にも関わる。他の二人にも、聞いて貰いたい」
戦争によって世界中で異変をもたらす魔力の問題。その言葉を聞いて、ドレッドとマーク、エレナはすぐに、摩擦病のことだと勘付いた。
強大なマイナスの魔力を持つ魔王と、プラスの魔力を持つ勇者。彼らが最後の戦いでお互いに命を散らした時、強大なプラスとマイナスの魔力が解き放たれ、世界各地に影響を及ぼした。
ユーシア王国では、その余波でマイナスの魔力がプラスの魔力に入り交じり、国中の人々が摩擦病を発祥するに至った。
ドレッドとマークは顔を見合わせ、エレナと同じ反応を見せる。
「内容は、何故我々魔族と人間が、同じ村で暮らすことができていたのかと言うことです」
そう、プラスの魔力地帯で暮らす人間は、マイナスの魔力地帯である魔界に足を踏み入れれば、数日も経たず摩擦病を発症して衰弱死する。
その逆もしかり。
魔族との戦時中は、マイナスの魔力地帯でも活動することができる、聖なるコートを見につけ、戦士達は戦っていた。
ちなみにユーシア帝国が魔界に進軍し始めたのは、聖なるコートが開発された80年前からのことである。
「確かに、絶対にありえないよね。魔族と人間が同じ所に住むなんて」
エレナは少し離れたところで同じく焚き火を囲う村人達をチラリと見る。
「私も初めは、信じられませんでした。ですが、ラプラスの書を所有し、未来を知っていた我らが魔王様は、人と魔族が共存することができると知っていたのです」
「……何だと、あの冷徹無比な魔王が……ありえない」
ドレッドの威厳に満ちた表情が陰る。
魔王に夫を殺されたエレナの眉間にも、ほんの少しだけシワがよった。
マークも槍の勇者、槍田ユートの面影を思い出し、ムッとした表情になる。
「共存、一体どうやって」
マークが問うと、グアルは淡々と説明した。
この世界にはたった一カ所だけ、プラスの魔力地帯とマイナスの魔力の地帯の境に、双方の魔力が均等になる、ゼロ地帯と呼ばれる場所があった。
グアルを含めた魔人達は、ゼロ地帯に住む人間の村に、生前の魔王の命で戦後移住。
その地ではプラスとマイナスの魔力が打ち消し合い、魔力が存在しない特異な場所だった。
そのため、魔人達がプラスの魔力によって摩擦病を発症することはなく、更に魔族の体は、魔力のない生活圏で時間をかけてマイナスの魔力を失い、人に近い姿へと変化した。
エレナ、ドレッド、マークが目を丸くして、グアルの説明に、思わず息を飲む。
「それはつまり……世界中がゼロ地帯になれば、摩擦病や魔族との戦争どころか、人と魔族の境界すら消え去り、手を取り合える世界が来ると」
「そうだ」
ドレッドの言葉に、グアルは短く答える。
「魔力がなくなった。と言うことは、魔法が使えない。だからあの村では、魔力の施されていない鉛の玉が出る、銃とか言う道具を作っていたということか。万が一外敵からの侵略があった際に、魔法を使わずとも身を守れるように」
彼らの開発した銃を、金の亡者にいた少女がエレナに向けて撃ち、ミルヴァが重傷を負った。
「マーク、お前の言う通り我々は、村を守る為に銃を作り出した。魔法ではなく、自然の法則を利用して作り上げた武器。だがこの武器を作り出したのには、もう一つ理由がある」
グアルはそう言うと、羽織っているローブの胸ポケットから銃を取り出し、エレナへ差し出した。
「これって」
差し出された銃を受け取ったエレナは、キョトンとした顔でグアルを見上げる。
「この旅は、ラプラスの書を持つ魔王様によって、既に予見されていた。それを知っていたのは、長老様と 私だけだ。村人の中には、エレナ様のように魔法を使えない物もいる。この銃は、そのような者達の為に作り出されたのだ。この魔界でも、襲い来る知性のない魔物から身を守れるように」
「ラプラスの書、確かユートもそう言ってた。ねえ、魔王さんはこの旅で私達がどうなるか、言ったりしてなかった?」
エレナの問い掛けに、グアルは苦い顔で再び座る。
「残念ながら、教えることはできないと」
「何で?」
「魔王様は、多くを語らない御方です。何か考えがあったのは確かでしょうが、それが何なのかは、私にも」
「そっか……でも、グアルさんと長老さんは、この時の為に備えてくれてたんだね。ありがとう」
「魔王さんはきっと、私達に何かを期待してるんだよ。世界の半分を支配したすごい王様なんでしょ?……きっと、ユートの死も、必要なことだったんだね……絶対に帰ろう!そして皆で、世界中の魔力地帯をゼロの地帯にする方法を探し出す!その為にも、明日からの谷越えは頑張って行こう!!」」
エレナの配下である三人は、エレナの言葉に深く頷いた。




