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第四十五話 遅い来る魔物

 マークの頭の中で、何度も何度も、ユートの言葉がこだまする。(エレナを・・・・・・頼んだよ)

 呆然としている隙に、エレナはマークの元を離れ、皆の元へと駆けだし、そして皆の中心までやってくると、希望に満ちた明るい笑顔で、言った。


「さあ皆、帰ろう!」




「……やはり私は、この魔界の景色を見るのが辛い」


 ドレッドは一度、魔界を訪れたことがあった。かつてこの地で、何千、何万という兵士が、憎しみで焼けた血液を、この地に流して死んでいった。


 だが、まるで初めから血など流れていなかったかのように、彼らの生きた真っ赤な証は、この大地の色に飲み込まれた。


 残ったのは、大地に養分を吸い取られた、空っぽの亡骸の山のみ。

 大自然の前では、自分達の戦い等、景観にすら影響を与えないのだ。


 その時の感情を思い出し、ドレッドはあの時の虚しさを思い出す。


「本当にすごいね、グアルさん。魔界の地面って、薔薇が一面に咲いてるみたいだよ」


「この地を訪れて、そのような事を言った人間は、エレナ様が初めてです。皆、血のようだとおっしゃるので」


 恐縮したように、グアルが言った。


「グアルさん達が住んでる魔界の大地が、血の色名はずないよ!」


 ねーっ、と、エレナが子供達に笑いかけると、先ほどまで泣きじゃくっていた子供達に笑みが宿った。


「えへへ」


 一人の女の子が笑い出すと、もう一人の男の子がエレナに問いかける。


「エレナさま―、バラってなーに?」


 恐らく、元魔族の子供なのだろう。エレナが答えようとすると、元人間らしき別の女の子が答えた。


「えっとねー、まえわたしたちがすんでたまちにさいてる、すごいあかくてきれいなお花だよー」


「きれいなんだー、おれみてみたーい」


「こんどいっしょにみにいこうよーわたしあんないする-」


「おれもいきたい!」


「あたしもー!」


 子供達の中の半数が、生き残れるか分からないこの状況。子供達には、現状を伝えなかった。


「ねぇグアル兄ちゃーん、なんでエレナ様のときとドレッドさんやマークさんの時話し方ちがうのー?」


 突然の子供の無邪気な質問、そこにドレッドもニヤリと笑いながら便乗する。


「それは是非とも、俺も聞きたいものだな」


 マークは至って真面目な表情で言う。


「初めて会った時と転移した後では、喋り方に随分と経緯が消え失せていた様に感たが」


 王宮の騎士二人の圧をものともせず、グアルはニコリと笑い、言い放った。


「なーに、出会った時とは状況が違う。それだけのこと。今は同じ主君に仕える部下同士。同じ地位の者同士であれば、わざわざ下手に出るはずもないだろう。郷に入っては郷に従へと言うのなら、君達のしてきた、地位の低い者への冷遇を、甘んじて受け入れるが?」


 ドレッドとマークがグアルの言葉に、思わず顔を合わせる。


「いや、すまない。我々の文化を貴方に押しつけるつもりはない」


「だが、貴方がそう来るのなら、俺達も同じような態度を取らせて貰う」


 きっぱりと言い放ったマーク。


「ふん、好きにしろ」


 とだけ言うと、グアルは遙か彼方を見つめて言った。


「そんなことよりも、もうすぐやってくるぞ」


「やってくるって・・・・・・何が?」


 きょとんとした顔で会話を聞いていたエレナ。その直後。


「エレナ様!」


 突如、マークが叫びながら、エレナを押し倒し、覆い被さった。


 風を切る音と共に、エレナをかばうマークの頭上3ミリを、一本の矢が音速で突き抜ける。


「プラスの魔力に引き寄せられ、自我を持たぬ魔物が、本能的に勢力を広げようとこちらへやってきているようだ」


 グアルの見つめる眼光の先には、何百ものゴブリンの軍団が、波のように押し寄せていた。

 本能をむき出しに、腹ぺこの野獣が獲物を見つけたかのごとく鬼気迫った彼らの群れは、仲間のゴブリンが転ぼうとその体を容赦なく踏みつけ、こちらへと向かってくる。


「ガ……グアーーー!!」


 ゴブリンのうなり声が、エレナ達にも聞こえる程に近づき、子供達も怯え始める。


「エレナ様・・・・・・恐い」


 貴方達は子供を連れて後方へ!


 マークが即座に、大人二人に指示をだす。

エレナの視界にも、数百のゴブリンの軍団が見え始めていた。しかし、エレナは全く希望を捨てた様子はない。


「大丈夫、皆。私達を守ってくれる騎士様達は、すごく強いから」


 エレナの前に、マークとグアル、ドレッドが立ちはだかる。


「舐められた者だな、そんな数で俺達を倒せると思っているとは」

「兵士の数を増やす目的とは言え、奴らに武器の使い方を調教したのは間違いだったか。魔人族の面汚し共め」


 マークとグアルの鋭い眼光が突き刺さり、数匹のゴブリンが怯む。


「マークお前は護衛の役割を全うし、エレナ様と子供達を守護しろ」


「分かりました」


 マークとアイコンタクトを取ると、ドレッドは引き抜いた剣を高々と掲げる。

 この地では、幾度も魔族と人間が争った場所。ドレッドと同じ釜の飯を食べた兵士達の、無念に散った血液は、今もこの大地と共にある。


「今、この地で散った兵士達の無念を晴らす!人の血肉を欲っし、理不尽に人々の命を奪い続けたゴブリン共!かかってくるが良い!俺は強くなった!」


 そこにいたのは、幾たびの戦争を乗り越え、幾度となく魔物達の屍を積み上げた実績のある一人の兵士。

 若き日に散った友の亡骸を思い浮かべながら、ドレッドはゴブリンの軍団へ突進する。

 慕っていたミルヴァの裏切りという現実を、掻き消すように、ドレッドは雄叫びを上げた。


「行くぞー!!」

読んでいただきありがとうございます。

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