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テレビ局の最高経営責任者バーナード・アンガス・タカハシ氏は不法侵入者パラノイアにかかっていた。自分のビルに不法侵入するものが許せず、たとえ総理大臣でも自分のビルに不法侵入したら、テーブルの下に隠してあるヘッケラー&コッホのサブマシンガンでバラバラにしてやるつもりだった。そんな彼はビルに出入りする人間を管理するために入館カードの印刷ユニットを自分の部屋に置いた。用心深いタカハシ氏は印刷ユニットが補助電源で動くようにした。不法侵入者たちが電源を切っても、社長室は何の被害も被らないために設置した補助電源のおかげで彼の部屋は雲の上のラファリエール砦のごとく何の不便もなく、何か月でも籠城できるようになった。
♯882が補助電源のある部屋は他の部屋と同じで樹木が生い茂っていたが、変電施設のまわりはかろうじて開けていた。というのも、そこには大きな水槽があり、なかには巨大なナマズが一匹、支配者面をして鰓ぶたを動かしていたのだ。このナマズはいわゆる電気ナマズだった。タカハシ氏が買い取ったときは小指の爪ほどの大きさの小さな稚魚だったが、今ではオーストリア=ハンガリー帝国海軍の潜水艦くらいの大きさになっていた。
補助電源ユニットを動かすのは通常の電源ユニットを動かすよりもずっと簡単で電気ナマズを怒らせればよかった。#735は枝にたわわに実ったひどく酸っぱい匂いのする紫の木の実を半ダースほど、叩き潰してから水槽に放り込んだ。
電気ナマズはひどく怒って、目論見どおり、電気を供給したが、その電気は印刷ユニットへ流れるかわりに、緊急避難装置へと流れてしまった。ビル全体がぶるぶる震えたので、三人はこのままロケットのように空に飛ぶのではないかと危惧したが、実際に起きたのはその逆だった。ビルは砂漠の下の大空洞へと沈み始めたのだ。三人のいた部屋が地面と同じ高さにまで沈むと、砂がナイアガラ瀑布のごとくざあざあと流れているのが見えた。このままだと三人は地中奥深くまで沈むことになるが、電気ナマズの怒りが解けない限り、ビルの下降は止まりそうになかった。しばらくすると、青の炎のような空は頭上の闇に小さく打たれた青い点になり、ビルは不思議な暗闇のなかをずんずん沈んでいた。三人は暗視モードを使わなくても、お互いの顔を見分けることができたし、紫の木の実が音もなく落ちて、部屋をころころ転がるのを見ることができた。というのも、外の空洞の真っ黒な壁には青、赤、黄、紫、白の花がびっしり生えていたのだが、それがまるでネオンサインのように明るく光っていたのだ。
ついにとうとうビルが下降をやめると、三人のいた最上階は大空洞の底にめり込んで、ほんの五センチの段差を越えるだけで地面に立つことが出来た。空洞は滑らかな石に覆われて、趣味のいい家具のように艶やかだった。極彩色の花々の光は美しいし、桜色に光る花もあったが、♯882の目指す桜とは違った。だいたい西行法師がネオンサインの下で死んでしまうなんて、風雅じゃなかった。
「どうやって上に戻るもんかな?」♯882は頭をかいた。ナマズの機嫌はよくなっていて、もう何をしても電気を供給してくれないようだった。
見上げた空は針の先ほどの大きさになっていた。壁を覆う花の蔓は簡単に千切れてしまうので、これを使ってよじ登るのは論外だった。
「あれ、何かしら?」♯701が指を差した。
そこには太陽の形をした蝶番の石の扉があった。




