20.
♯882は♯701に自分たちと一緒に旅をしないかと提案した。愛するもの全てを失った少女型アンドロイドを一人ぼっちで草原に置き去りにすることは少年型アンドロイドとして捨て置けない、残酷なことだと思ったのだ。
#735もそれに同調したが、彼の場合には若干の打算があった。というのも、♯701がついてくることによってこれまで♯882一人を運んでいた彼の川下りビジネスは♯882と♯701、二人のアンドロイドを運ぶことになり事業規模が二倍になるのだ。彼は、このビジネスチャンスを捉えられないのは砂漠の真ん中で氷水を売ることもできないヘボ商人くらいのものだと考えていた。
砂漠に入ると、ズアーヴ兵のズボンみたいに膨らんだ風が雲を押しのけ、太陽が地上にあるもの全てを睨みつけた。太陽や風には大昔の地図のように顔があり、風を吹いて頬を膨らませた精霊がいるのかもしれない。気温は四十度を超えていた。砂漠はかつては都市だったらしく、廃墟となったビルがデタラメに突き刺した割りばしみたいに何本も立っていた。文明の墓標という表現がしっくり来そうでしっくり来ないのは、傾いだビルの最上階から下がエメラルド色の緑樹に覆われていて、シダに縁取られた裂け目から眩く光る水が細い糸のような滝となって落ちていたからだろう。砂漠のなかで水と緑を司るものは常に勝利の印象と結びつくのだ。
水の流れに対してはどんなものであれ敏感な#735は滝に切ない眼差しを送っていた。水は落ちる途中で、乾いた風に飲み込まれ、消えてしまっていた。あの水が地面まで落ちて、川をつくれば、一商売できる。だが、彼が今、何よりも欲しがっているのは、ポイント・カードだった。客が♯882一人のときは気にならなかったが、♯701の登場によって、お得なポイント・カードを作成することが#735のなかで急務になった。もちろん、この地上で川下り業を営んでいるのは自分だけだ。それを考えると、利用客をつなぎとめるためのポイント・カードなんてつくる必要はないのかもしれない。だが、たとえ、今の商売が独占状態だとしても、それにあぐらをかくのは致命的な油断をまねく。何としても、ポイント・カードが必要だ。
「どこかに印刷ユニットが生きてねえかなあ」#735が言った。「でも、ポイント・カードをつくるとなると、デザインも凝らなきゃいけないよな。そうだ。マスコットをプリントしてやろう。どうだ?」
「うん。いいんじゃない」♯882は案を出した。「ネズミのマスコットなんてどうだろう? 大きな耳がついてて、犬を飼ってて、ネズミのガールフレンドもいて、友達はアヒルで――あれ? 変だな。構成モジュールがエラーを起こした。どうも、ネズミのマスコットはダメみたいだ」
「じゃあ、猫のマスコットは?」♯701が代案を出す。「二頭身の白猫で頭に赤いリボンをつけてて――あれ? こっちもエラーが出た」
「もっと独創的なのがいいな」#735がズバリ言う。「例えば、黄色の電気ネズミ――ありゃ? エラーだ」
砂漠に突き刺さったビルのなかで唯一傾いていないビルを見つけると、#735はあそこに行こうと、二人を誘った。♯701は肩をすくめて、好きにすれば、とこたえた。♯882は少し乗り気だった。ポイントカードがもらえるかもしれないのもそうだが、大災厄と異星獣、不安定な天候、それに一番無慈悲な敵である時間すら跳ね除けた、王の帰還を待つ玉座のようなビルにはどんなものがあるか見てみたかったからだ。これも旅の醍醐味だ、と♯882は思った。繁茂する緑も流れ落ちる滝も他のビルよりずっと多く、ビルというよりはコロニー文化庁賞を受賞した巨大な盆景のようだった。
崩れかけた金属と頑丈な蔓草によって維持されたアトリウムは鳥かごに似た巨大な空洞をつくっていた。床は水に浸り、ガラス細工のように繊細なほっそりした草が腰くらいの高さに生えていた。そこはテレビ局として使われていたのだ。アトリウムに開いた通路は迷路のようだった。百階建ての建物のくせに階段が五階以上がつながっていることはなかったし、枯れ木まみれの通路にはおそらく現役のころから何の意味もなさなかった部屋がいくつもあり、気づくと堂々巡りをしたりした。これは全て、最上階の最高経営責任者をテロリストやクーデターを起こした兵士たちから守るための工夫だった。こうやって迷路をつくっておけば、テロリストも反乱兵もあきらめて退散すると考えたのだ。テロリストや反乱兵というのはせっかちな生き物で、迷路を歩くことを時間の無駄だと思っていたので、その習性を見事についていたわけだ。
「でも、最高経営責任者はどうやって出勤するの」♯701が不思議そうに言った。
「そりゃカヌーだろ」#735が自信たっぷりに言った。
「それは絶対違う」
三人は退屈な迷路をうろつき、ときどき刀で壁のように密集した枝を切り離しながら、最高経営責任者がどのように出勤するのか、いろいろ意見を出し合った。♯882はテレポートで出勤していて、これには軍の超能力研究の極秘プロジェクトが絡んでいると言った。#735はあくまでカヌーだと譲らなかった。♯701はきっとペガサスに乗ってきたに違いないととてもメルヘンなことを言った。
ついに屋上に昇るころには日が暮れかけていたが、そこに巨大なヘリポートが見つかると、なるほど最高経営責任者は各停列車に乗ったりしないのだなと不思議と納得がいってしまうのだった。
百階に戻り、最高経営責任者の部屋に入ってみたが、巨大な樹の幹が吸い上げた水がごぼごぼ大きな音を立てている他に見るものがなかった。水は窓のなくなった巨大な出口から瀑布のごとく大袈裟に流れ落ちていった。最高経営責任者の滝ともなれば、それなりの威厳がつくものなのだな、そういうことは地上の文明が滅んで、数百年経過しても変わらないのだ、としみじみしていると、ヤッホーと#735の歓喜の声がびりびりと響いた。
蔓草を引きちぎったなかにはカード印刷用ユニットが補助電源付きで残っていたのだ。




