38
黒線が二人の実走ログ。(実際は表示されない)
近石の橋を渡り、町道に移ったところでワープは跳んだ。
きゅんっ。
そして近石川に沿って少し進んだところに――それがあったのだった。
トンネルである。
現世には存在しない、トンネルである。
西郷地区と五箇地区の境、時張山の山塊を一直線に掘り抜いた、長いトンネルだった。
「……ここは、別世界なんだね……」
青ざめた顔で、感慨深げに声に出すドール。
変わらない風景。
だけど、確実に違う世界――!
隠岐島の、無限の可能性の中の、一つの世界。
暑いさなか、ブルッと震える。自分の肩を抱く彼だった。
スクーターを降りて、しゃがみ込み、上を見上げるようにトンネルの写真を撮っていたワープが、振り向いて驚いたように声をかけた。
「青ざめているけど、平気かい……?」
「大丈夫。それはいいとして、なんでそんな画像撮ってるのさ? 現世にない光景だから、“システム”は評価しないぞ多分。逆に、フェイクだと判断されてペナルティ喰らうかもしれない」
「これは個人的な趣味で、旅ゲー用に申請するつもりはないから安心してくれていいよ……」
「ふうん……?」
興味をかき立てられて、催促して画像を見せてもらったが、変哲もない、ただのトンネルの写真だ。
「――聞いてやるから、語ってみろよ?」
半分以上ハッタリであったのだが、それを受けてマジでワープが語り出し、これには驚くドールなのであった。
「“天地人”という言葉を知ってるかな……?
辞書によると、『世界を構成する三つの要素』『宇宙間に存在する万物』と説明されてるんだけど、その三要素を一枚に取り込むのがぼくの流儀なんだ。写真一枚が、一つの宇宙なんだよ……。
だから、トンネルをテーマに写真を撮れば、ご覧の通りのモノになるんだ。
必ず、“空”を、どんな小さな切れ端でも構わない。必ず“空”を、構図に取り入れるようにしてるのさ……」
びっくりして言葉もないドールだった!
ワープ、語る語る。(笑)
「“天”たる“空”は理想なんだよ。何物にも縛られず、どの方向にでも自由に行く事ができるんだ」
「そして“地”たる“山”が、現実なんだ。現実は厳しいよね。一つどころか、どの方向にも、行けやしない……」
「そこで“道”なのさ!“道”こそが“人”の希望なんだ! 強い意志なのさ! ついには“トンネル”をうがち、たった一方向と言えども、向こう側との交流を可能にした……!!!」
「ああ――
トンネルがなかった昔は、どんなに不便だったことだろう。
トンネルができて、どれほど人に幸せが訪れたことだろう。
トンネルのそのありがたさ、尊さを表現する一枚――!」
「これが、ぼくの考えるトンネル画像の撮り方なんだ……」
「お、おう……」
そう発するしかない、ドールなのであった。
「でもね――」ワープ、語る語る。(笑)
「自分でも思う。
そうやって撮った写真はね。
理屈なの……。
いっぱしにトンネルの説明はできている、んじゃないかなぁ、と思う。でも――」
「理屈、分かんない人にとっては、正直、“つまらない”写真だよね……?」
「そゆわけで――
ぼくの課題は、テーマ“トンネル”で、普通の、一般の方々を、何でもいい、何かしら――感動させる一枚を、心動かす一枚を!
そんな一枚を、撮ることが、目標なんだ……!」
「お、おう……」
そう発するしかないドールなのであった!
「すごいトンネル愛だね……。コホンッ。そろそろ、行かない……?」
なんとまぁ、つい遠慮がちな小声になってしまう彼だった。




