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「さぁ、こっから、道があやしくなる……」
ドールの声を背に聞いて、再始動の景気よく、電動スクーターを発進させようとしたときだった。
イヤなことは重なる。
グイッ――と。
一台の黄色の電動カートに、左に横付けされたのだった。600クラスのレンタル・オープンカーだ。
「ヘ~イ、カノジョ、ようやく捕まえたわ、ハハ……!」
「ども~~!」「おまた~~!」
そこにいたのは、あの、金緑赤の三人組だった。虚を突かれることに、昨日の醜態なんぞまるで“なかった”かのように、心からハレバレとしたワルガキの表情をしている。
肌つやもいい。昨夜はよく眠れたようで……どこでだろう?
後部座席でふんぞり返ってる金髪男子がワープを一瞥し、
「おいボヤ顔。ご苦労、お前はここまでだ。カノジョおいてどこへでも行けよ今すぐ」
「――」
相手は600クラス・カーである。そうでなくても、タチの悪そなDQNトリオだ。
ここでスクーターを急発進させても一時逃れで、こいつらは余裕の馬力で、いつまでも粘着してくるだろう。むしろトリオは密かにそれを期待してるのかもしれない。
ヤツらが、“プレイヤー”だということを忘れてはいけなかったのだ。
“隠岐島・島後”のマップを見れば、自分含めて誰もが採るであろう、そんな似たり寄ったりのコースを、彼らも採用したのだろうし、ならばプレイヤー同士のバッティングは考えておくべきことだった。さらに――
このトリオのような一般人のプレイヤーならば、確実な……言い方を変えるならば“執念深い”、“スネーク”を使うことは必定で、これは海から海への一本物を背負うワープにとっては、これほどやっかいな相手はなかった、というべき事態であった。
「――」
ただの小学生なら、負けて、言いなりになったかも知れない。
だが――
彼らにとって残念なことに、ワープはこのとき、気分がよかったし、何より相方を売るなんて、毛ほども思ってなんかなかったんである!
ワープは逆襲にでたのだった。いや、彼にとっては、そんな意識すらなかったことだ。
「ひょっとして……」
直感だった。ワープは鎌をかけたのだ。
「お兄さんがた、もしかして兄さんに会いに来た人……?」
物怖じしない言い方に、トリオの方が、おっ? と態度を改めてしまう。ハンドルを握る赤髪男子が応えた。
「ああん? 兄さん? て、ダレよ?」口は偉そうだが、明らかに戸惑っている。
「サイゴーだよ、違うの?」たたみかける。
「え? お? う? サイゴーサイゴー、あ、サイゴーって」他の二人に顔を向ける。
「ホレ、あのサイゴーじゃね?」
「ああ……あのサイゴーか。ハッ!」「あれか。ヘッ……」
三人顔を見合わせ、なんとも微妙な顔、ついで苦笑する。
ワープ、もうひと押しした。
「ホテル買いに来たんでしょ? 兄さんと組んで?」
も一回見合わせて、間もおかず軽い調子で返答してくる。苦笑交じりな声だった。
「ま、そうゆーこったな。おめぇも弟なんだったら、俺らのゆーこときいとった方がリコーだって、コトだぜ?」
「三人の中のだれの、さ……?」
「そりゃ、一兄に決まってらぁな」
金髪、後ろ座席でニヤッと“親指ピース”だ。
本土資金の関係者、それも、組織代表の近親者で決まりだった。おそらく子息(三人のことだ)を島の視察がてら、遊びにやらせたのだろう。
ワープ、何だか笑顔になる。直感が当たった。何とも――出来すぎだ。
この――役者が揃ったという感じ。ドラマチックなことではあるが、逆に運命的だと納得する気持ちも感じていたのだった。
世の中、こうでなきゃ面白くない……。
「――て、まてや。おめぇ、昨日フネん中いたじゃねぇか」
「なにが不思議なの?」
「え? お? おおう? いや、お使いとか、そういうこともあるか……」
自分で勝手に想像し、納得しかけている。一瞬、丸め込めそうだと思った。
だが甘かった。一兄さんが、慎重なまでに、パムホに入れてたのだろう資料を確かめ始めたからだ。さすがと褒めるべきチームの責任者だった。しばらくして、しわを寄せた顔をあげた。
「……てめぇだれだ? サイゴーの家族構成に、当て嵌まるヤツぁいねえんだけどな?!」
声にドスをきかせてる。
こんな場面でワープ、思わず声に出して笑ってしまったのだった。さすが、ローカルヤクザと比べて、本土のヤクザは抜け目ない……。
「本当だよ。さ来年の姉さんの卒業をまって、ぼくらは兄弟になるんだ……」
ウッ――という空気が三人組に流れた。ついで、気まずげな様子。あきらかに事情を把握している。
「本土の資本と提携して、頑固な親戚説得して、そして姉さんを幸せにさせる、て言ってたよ……」
「お、おう……そうか、そうか」
「う、う、うん……」「そうか、それは、よかったな……」
カートの中で所在なげに身じろぎする。ワルガキとはいえまだローティーン。少しは良心的な感覚を持ち合わせていたようだ。逆に、こんなこと考える自分の方が、さらに上手のヤクザのようですらある。
と――
ハッ、という表情が一兄さんにみられた。またもやパムホを確認しだす。
ひやり、としたが、運が味方した。島家(2)の資料は、完全には整っていなかったらしい。確認できずにいる様子だ。
「……」考えてる。
なんにしろ、“島家の関係者”をいじって感情的に暴発させ、やぶれかぶれで折角の計画本体をおじゃんにされたら……その責任は自分である。
そんな勇気はなかったのだろう。結局、自分で頷いて自らを納得させる彼だった。
いい加減、暑さが限界だ。
「もう行っていいかな? ぼくはこの子と遊びたいんだ……」
なんとも奇妙な雰囲気が醸し出され、手出しもされず。
ワープら二人は、悠々、そこを脱出できたのだった――
「キミちょっと、“従兄弟”利用しすぎ!」
もっともな指摘にへこむワープだ。
「あとで迷惑料、“ご本人”に払うことにするよ……」
相方に声立てて笑われ、腹をバンバンされた。ごほごほぐふっ……。
「“半分もつ”よ、アハハ! 聞いてて、笑いをかみ殺すのに苦労した。キミの語りは称賛に値する、アハハハハハ!」
「そりゃ、どうも……」
そうして、二人は再び旅の路上に戻ったのである。




