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界渡りの物語  作者: 九重


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102/111

願い 1

そして今――――


ヤトは、額を地につけひたすらに頭を下げていた。

日に焼けた精悍な顔の額を泥で汚した男の前には、巨大な竜がいる。

それは、超絶不機嫌なロウド達番候補と、どこか面白そうな長……そして、心配そうな翠子だった。



「お願いします!」


『そのような事を、我らが了承出来ると思うのか?』


懇願の言葉を口にするヤトと、苦りきった顔でそれを拒絶するロウド。

彼らは先刻より同じことを延々と繰り返している。


『もう、面倒だから、パックリやっちゃう?』


ロウド以上に嫌そうな顔で、ヤトに向かい大きな口を開いて脅すギョク。

翠子は、慌ててヤトを庇おうとした。


「大丈夫だ。……彼らは、決して俺を傷つけたりしない。」


しかし、ヤト自身が翠子を止める。

ロウド達は不機嫌そうな顔を、なお一層しかめた。


竜の国に、一陣の風が吹く。

一瞬地上で渦巻いた風は、天高く空へと駆け上がる。

草木が、ざわざわと不穏に揺れた。


『我らがお前を傷つけない事と、お前の願いをきくかどうかは無関係だ。さっさと我らの中から番となる者を選び、人の世界に帰れ!……お前一人でだ!』


ロウドの強い言葉が、風に乗ってヤトへと叩きつけられる。

乱暴にヤトの髪を乱す風の勢いは、そのままロウドの苛立ちを表しているかのようだった。


一触即発の危機感が、その場に満ちる。例え、ヤトの言う通りロウド達にヤトを傷つけるつもりがなくても、巨大な竜は、その翼の一振り、鼻息一つで人間を吹き飛ばすことができるのだ。興奮しているロウド達が、力加減を誤らない保証など、どこにもなかった。


なのにヤトは、恐れも見せずにその場にとどまっている。

叩きつける風に向かい、頭を上げた。


「ご了承いただかない限り、私は人の世界には帰りません。もちろん、一人で帰ったりもしない。」


毅然とした態度でそう返す。

竜に比べれば小さく取るに足らないはずの体が、何故か大きく見えた。


ますます高まる緊迫感。



「お願いします!……何よりアキの為に、私は竜の皆様の許しが欲しい。」



ヤトは、再び頭を下げた。




「……ヤト。」


翠子の心に、ヤトの言葉が響く。


(…………ヤトは、やっぱり優しいわ。)


こんな時ではあったが、翠子は凛としたヤトの姿に見惚れた。

自分のために、危険をものともせずに竜の前で頭を下げる男。好きな人のそんな姿に、感動しない者がいるだろうか?


翠子は、トクトクと高鳴る自分の心臓の音を意識しながら、今のこの状況に至るまでの経緯を思い出していた。


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