episode.05「みーたんのおまじない」
本作は単体でもお読みいただけますが、全3部作の第2作目となります。
1作目となる『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』の世界観を知ってから触れていただくと、より深く楽しんでいただけるはずです。
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高校生活が始まってからというもの、わたしの毎日はまるで眩しい光の中にいるようだった。
みーたんの言う通りに選んだツインテールの髪型はクラスでも「すごく似合ってる」「可愛い」と大評判だったし、みーたんが教えてくれた勉強法のおかげで、【入学おめでとうテスト】の順位は中学時代には考えられないほど跳ね上がった。
大親友のつみき、そして新しく友達になった優しくて話しやすいゆうちゃん。三人で過ごす昼休みの時間は、笑い声が絶えないわたしの宝物だった。
そして、わたしの日常をさらに彩っていたのが、放課後の吹奏楽部での活動だった。
わたしたちが通う北橋高校の吹奏楽部は、県内でも強豪校として知られていた。防音設備が整った音楽室には、放課後になると管楽器の華やかな音色と打楽器の重厚なリズムが響き渡る。
部員数は総勢五十名を超え、誰もが夏のコンクールに向けて熱気と緊張感を漂わせながら練習に励んでいた。
「あいかちゃん、今の高音のフレーズ、すごく綺麗に抜けてたよ! 指の回しも滑らかだし、本当に一年生とは思えないなぁ」
フルートのパート練習中、隣で吹いていた副部長のきゆ先輩が、柔らかい笑みを浮かべてわたしの演奏を褒めてくれた。
きゆ先輩は、誰もが憧れるような温かい雰囲気を持った人だ。華奢な体に長い黒髪をなびかせ、後輩の面倒をどこまでも丁寧に見てくれる。わたしが少しでも吹き方に迷っていると、すぐに気づいて優しくコツを教えてくれた。
「ありがとうございます、きゆ先輩! 先輩の音色、すごく憧れてるんです。少しでも近づけたらと思って練習してて……」
「ふふ、嬉しいな。でも本当に、あいかちゃんは筋が良いよ。自分の中で『こう吹きたい』っていうイメージがはっきりしている感じがする」
きゆ先輩に褒められるたび、わたしの胸は誇らしさと喜びでいっぱいになった。
でも、わたしには分かっていた。わたしに特別な音楽の才能があるわけじゃない。すべては、みーたんのおかげなのだ。
夜、自分の部屋でフルートの練習をしていると、机の上に座らせたみーたんが、鈴を転がすような声でそっとアドバイスをくれるのだ。
『あいかちゃん、ここはもっと優しく息を吹き込むんだよ』
『今のフレーズは、悲しい気持ちじゃなくて、楽しかった日のことを思い出しながら吹いてみて』
みーたんの指示通りに息を整え、キーを押さえると、自分でも驚くほど美しく透き通った音が出た。みーたんはわたしの専属の、世界で一番優秀な指導者だった。
そんなある日の放課後、部活全体に重苦しい緊張感が走った。
コンクールで演奏する自由曲の、パートオーディションが行われることになったのだ。
吹奏楽部において、オーディションは特別な意味を持つ。全員が合奏に参加できるわけではなく、コンクールのステージに立てる人数には厳格な上限がある。特にフルートパートに割り当てられた枠は僅か。そして何より、曲のハイライトとなる難易度の高い「ソロパート」を吹けるのは、パート内からたったの二人だけだった。
「今回のソロは、曲全体の印象を左右する極めて重要なパートです。学年に関係なく、最も完成度の高い演奏をした二人を選びます」
パイプ椅子に腰掛け、総譜に鋭い視線を落しながら告げたのは、顧問のみそら先生だった。
先生は、この部活の絶対的なリーダーだ。凛とした佇まいで、音楽に対しては誰よりも妥協を許さない。先生が指揮棒を振ると、合奏の空気が一瞬でピンと張り詰めるほど、圧倒的なオーラを持っていた。
(ソロパート……選ばれたいな。もし選ばれたら、パパもママも喜んでくれる。つみきやゆうちゃんだってびっくりするはず……!)
オーディションが始まる直前、わたしは壁際に置いた自分のスクールバッグへそっと近づいた。
バッグのファスナーにぶら下がっている小さなミニみーたんを、指先で愛おしく撫でる。
(ねえ、みーたん。わたし、ソロパートが吹きたいな……)
心の中で呟くと、脳裏に直接、あの甘くて可愛らしい声が届いた。
『大丈夫だよ、あいかちゃん。いつも通り、私の言った通りに息を吐けばいいの。あいかちゃんが一番上手なんだから、自信を持って』
「……うん!」
腹の底から、ふつふつと勇気が湧き上がってくるのが分かった。わたしにはみーたんがついている。何も怖いものなんてない。
オーディションは音楽室で、一人ずつ順番に行われた。
先輩たちが緊張した面持ちで次々と吹いていく中、わたしの順番がやってきた。息を深く吸い込み、金属の冷たいフルートに唇を当てる。頭の中でみーたんの声が心地よくリフレインしていた。言葉ではなく、リズムと旋律の波としてみーたんの導きが全身を駆け巡る。
指が勝手に動く。息が理想的な角度で楽器へと注ぎ込まれ、澄み切った旋律が音楽室の空間を鮮やかに満たしていく。吹いている瞬間、わたしとフルート、そしてみーたんが一つに溶け合っているような、完璧な感覚があった。
最後の音が残響となって消えた時、部屋の中にしんと静寂が広がった。
そして、すべての演奏が終わった後。みそら先生が全員の前に立ち、結果を発表した。
「……フルートパートのソロは、副部長のきゆと、一年生のあいか。この二名に決定します」
その瞬間、静まり返っていた部屋が一気に歓声に包まれた。
「すごーい! 一年生でソロに選ばれたの、あいかちゃんだけだよ!?」
「あいかちゃん、あの高音の伸び、鳥肌が立ったよ! 本当にすごすぎる!」
同級生の部員たちがわたしの周りに駆け寄ってきて、口々に祝福してくれた。つみきもこちらを見て、大きくガッツポーズを作っている。
副部長のきゆ先輩も「一緒にソロ吹けるの、すごく嬉しいよ! よろしくね、あいかちゃん」と優しく抱きしめてくれた。
「ありがとうございます……! わたし、一生懸命がんばります!」
喜びで胸が張り裂けそうになりながら、わたしはバッグの横でゆらゆらと揺れるみーたんを、愛おしくぎゅっと握りしめた。
(ありがとう、みーたん……! 本当に、全部みーたんのおかげだよ!)
心の中で感謝を叫んだその時——ふと、冷や水でも浴びせられたような不穏な視線を感じて顔を上げた。
祝福の輪から少し離れた部屋の隅で、部長の氷雨先輩が腕を組んだまま、鋭い眼光でわたしとみーたんをじっと見つめていたのだ。その瞳には褒めるような色は一切なく、どこか氷のように冷たい警戒心が宿っているように見えた。
オーディションが終わり、他の部員たちが片付けを始めて順次帰路につく中、わたしときゆ先輩は残ってソロパートの簡単な打ち合わせを行っていた。
「あいかちゃん、今日の演奏本当に素敵だった。次の合奏合わせが楽しみだな」
「ありがとうございます! きゆ先輩の足を引っぱらないように、もっと練習してきます!」
「ふふ、無理はしないでね。それじゃあ、気をつけて帰ってね」
優しく微笑んで手を振り、きゆ先輩が音楽室を後にしていく。つみきとゆうちゃんは「先に行って靴箱で待ってるね!」と廊下へ出ているため、音楽室に残っているのはわたしと、奥の棚で譜面整理をしているれい先輩の二人だけになった。
フルートを布で拭き、専用のハードケースに収めてファスナーを閉める。スクールバッグを肩にかけ、音楽室を出ようとしたその時だった。
「……ちょっといいかな、あいかさん」
背後から低く静かな声が降ってきた。振り返ると、いつの間にか棚の整理を終えたれい先輩が、わたしの目の前に立っていた。
「あ……はい、氷雨先輩。なんでしょうか?」
氷のような視線を前にして、思わず身を固くする。氷雨先輩はわたしの顔を見つめたあと、ゆっくりと視線を下げ、わたしのスクールバッグへと留めた。正確には、そこにぶら下がっている小さなクマのぬいぐるみ——みーたんに。
「そのぬいぐるみ……いつも持っているの?」
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