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占い師の戦い方  作者: キモウサ


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第十七話:主の気持ちを読めない執事の末路

「早くしないと、お茶も冷めてしまいますものね」


ルナリアはそう言うと、腕に抱いていた熊のぬいぐるみを、大事そうにぎゅっと抱きしめた。


それから、ぬいぐるみをお茶会用に出したテーブルの上にそっと置いた。


「トフィー、そこで待っていてね。すぐ戻るわ」


トフィーと呼んだぬいぐるみの頭を優しくひとなでしてから、ルナリアは姿勢を正した。


そしてテーブルの上から、水の入ったピッチャーを取り、そのまま、ゆっくりヴェルナーに向かって歩き出す。


「私が優秀な執事に必要なことを、教えてさしあげるわね?」


まさかルナリアが自分に向かって歩いてくるとは思っていなかったヴェルナーは、牽制のために石畳をムチで軽く叩く。


「私に……教える?馬鹿な……教えるのは私のほうだ……」


ヴェルナーもムチを軽く振りながら、歩き始める。


「出来る執事の三箇条、その一。常に背筋を伸ばす、ですわ!」


ルナリアがそう言うと、先程、ヴェルナーの腹を打った石畳の石が、再び彼に向かって飛んだ。


――ヒュン!

「うぉ……」


目の前を飛んだ石に、ヴェルナーは思わず顔を反らした。

その動きで、前かがみだった背中がまっすぐに伸びた。


「できるじゃないの!もう前かがみになっては駄目よ?」

「クソ……ガキが……」


ヴェルナーの姿勢はすぐに元に戻り、戦闘態勢をとる。


その反抗的な様子を見て、ルナリアは歩くのをやめ、腰に手を当てて、わざとらしく怒った仕草をする。


「主人の言うことを聞かないなんて、執事として失格ですわよ?」


その言葉には答えず、ヴェルナーがムチを素早く振るう。

ちょうどムチがルナリアに当たる位置までヴェルナーは到達していた。


ルナリアはムチから逃げなかった。むしろ、前へと踏み込んだ。


「出来る執事の三箇条、その二。身なりはいつも清潔に。あなた、変な甘い匂いがしますわよ?」


そういうとルナリアは、片手に持っていた水の入ったピッチャーに向かって、小さな声で、祈りの言葉を唱えた。


ピッチャーの水が炭酸のように泡立ち、淡く輝き始める。


「くそっ……近づく……な」


ヴェルナーが慌ててムチを引き戻そうとしたときには、ルナリアが目の前まで来ていた。


「うふふ。この水が危険だと本能的に分かるのね?」

「聖水……お前が……なぜ……」


ピッチャーを軽く顔の横に掲げたルナリアは、にやりと笑った。


「なぜって、私を見て分からないのかしら?神官服ですわよ?女神様のお力をお借りしたに決まってますわ」


そういうとルナリアはピッチャーの水を、ヴェルナーにぶちまけた。


「ギャアア!……やめろ」


水をかけられたヴェルナーは、ムチを放り投げて悲鳴を上げ、石畳の上を転げ回っている。


彼の体からは、プスプスと不気味な音が立ち、ところどころ煙が立ち上ってきていた。


ルナリアがかけた水は、どうやらヴェルナーによく効いているようだ。


「大分、変な匂いもしなくなりましたわね。執事は常に身綺麗にしているものですわよ?」


荒い息のまま、力なく横たわるヴェルナーの目に、少し光が戻ってきているようだった。

ルナリアのかけた水のおかげで、少し正気を取り戻したようだ。


「頭もすっきりしたのではなくて?さあ、立つのです。まだ、出来る執事の三箇条の最後のひとつを教えていませんわ」


だがルナリアの言葉は、ヴェルナーの耳には届いていないようだ。

額に手をやり、ぼそぼそとつぶやいている。


「私は……どうしたんだ……まるで頭の中に霧がかかったような……」


自分の声に反応しないヴェルナーに、ルナリアは少し苛立った様子を見せた。


「いつまで寝ているのかしら?主人を立たせたまま待たせるなんて、執事として失格ですわよ?」


ようやくルナリアの声に気がついたヴェルナーは、ハッとした様子でルナリアを見つめた。

そして、よろよろと起き上がりながらも、ルナリアから目を離さなかった。


「――ヴァレリー男爵の娘。そうか、お前のせいか……」


どうやら彼は、意識がはっきりしてくると同時に、ヴァレリー男爵の娘――ブランシュのことを思い出し、ルナリアをブランシュだと勘違いしているようだった。


確かにルナリアは、神官服をまとっているだけで、見た目はブランシュと瓜二つだ。間違えられてもおかしくない。


ヴェルナーはよろめきながら、石畳に放り投げていたムチを拾い上げた。


「お前の父親のせいで私は常に二番だ!許さん!」


そう叫ぶとムチを振り上げた。ルナリアは、理不尽なことで怒り狂うヴェルナーに微笑んだ。


「それでは、執事三箇条の三番目をお教えしますわね?」


ルナリアはそういうと、襲いかかるムチに沿うように体をくるりと回転させ、片腕をまっすぐと前へ伸ばした。拳を軽く握っている。


ムチを振るったヴェルナーは体勢が前のめりになり、ちょうど顔がルナリアの突き出した拳に勢いよくぶつかった。


「ぐはっ!……ペッ」


ヴェルナーが吹き飛んでいく。


「予測が甘いですわね」


ルナリアは軽く拳を振って力を抜いた。


「執事三箇条の三番目は、主の気持ちを常に読むことですわよ?」


それから、ちらりと背後を気にした。その方向にブランシュたちがいるのだ。


少し離れているので、ルナリアとヴェルナーの会話は聞こえていないだろうし、動きの細かいところまでは見えていないだろう。


ブランシュと街も人も傷つけない。

それが例え戦う相手である執事のヴェルナーでも、と約束したのだ。


今の動きを見れば、ルナリアが攻撃したと見られても仕方ない。

ルナリアは軽く咳払いをしてから、早口でヴェルナーに伝えた。


「言っておきますけど、私はあなたを殴り倒してなどいませんからね?私が突き出していた拳に、たまたま、あなたが当たってきただけですのよ?勘違いしないでいただきたいわ」


口の中が切れたらしいヴェルナーは、手で血を拭ったあと、血が混じった唾を石畳に吐き捨てた。


「私が偶然、お前の拳に当たりに行っただと?物は言いようだな……」


「だから申し上げているでしょう?出来る執事は、主の気持ちを常に読むものだと……」


ルナリアのあまりにもな言い草に、ヴェルナーは顔をしかめた。


「私の気持ちが読めていれば、執事のあなたは私の行動を先読みして、拳を避けられたはずですわよ?たるんでますわね」


ルナリアのその言葉を聞いたヴェルナーは、侮辱されたと感じたようだ。

唸り声を上げると、再びムチを振りかざしてきた。


「ふふふ、さあ、いらっしゃい。何事も練習は大事ですわよね?」


そういうとルナリアは、淑女らしく、優雅な動きで両腕を広げた。

それはまるで、ヴェルナーを暖かく歓迎するかのような動きだった。


だが――ルナリアが広げた右腕は、ちょうどヴェルナーのムチが振り下ろされた位置にあった。

ムチは勢いよく彼女の腕に巻き付いた。


「あら、遅いですわね」


ルナリアは巻き付いたムチのことなど気がついていないかのように、両手を胸に置いて、なにかに感動したかのような仕草をする。


その手にはムチが巻き付いていて、思いもかけない力強さで、ぐいっとヴェルナーを体ごと引っ張った。


「ヴェルナーでしたっけ?あなたの無能ぶりには感銘を受けましたわ!おほほほほ!」


ルナリアが高笑いすると同時に、ムチが巻き付いた右手を胸から口元へと上げると、それにつられてヴェルナーの体が空中へと飛び上がった。


「ぐへッ!」

「その程度で執事を名乗るのかしら?」


急激な上昇にヴェルナーは、胸を強く押しつぶされるような衝撃を受け、そしてそのまま、石畳へと叩きつけられた。


ルナリアが石畳に伸びるヴェルナーに向かって軽く片手を振ると、右手に巻き付いていたムチが、スルスルと外れ、その反動で彼の顔を強く叩いた。


「――クッ!なんなんだ、一体!」


「あら、私はなにもしてませんわ。あなたが主の気持ちを常に読むという執事の仕事を完璧にこなせば、なにも起きていませんわ」


ヴェルナーは、怒りと警戒をないまぜにした顔で、ゆっくりと石畳から立ち上がった。

先程、ムチで打たれた頬を押さえながら、もう片方の手でムチを握り直し、目の前の少女を睨み据えた。


ヴェルナーが物も言わずにムチを振るった。

ルナリアに当てるつもりはなかった。

彼女から数歩離れた場所に軽く当てるつもりだった。


だが彼がムチを振るった先には、すでにルナリアがいた。

軽くムチを当てるだけだと思っていた場所は、ルナリアの足元になっていた。


ルナリアが軽い足取りで一歩踏み出そうとした場所。

まさに、その場所にムチは当たり、彼女の一歩が、ムチをきっちりと踏みつけた。


ルナリアはブランシュと同じ見た目だ。小柄で華奢な体つきなのだ。

ヴェルナーは、踏まれたムチが簡単に取り戻せると思い、力を入れたがびくともしなかった。


「くっ!なぜ、動かない!」


ヴェルナーが必死に踏まれているムチを取り戻そうとしているのを見て、ルナリアはニマリと笑った。


「主の気持ちを常に読んでいれば、避けられたはずですわよ?」


ルナリアがムチを踏んでいた片足を軽く持ち上げると、ムチはヴェルナーの方へと跳ね、ついでに彼の頬を打ち据えた。


「くそっ!お前は……いったい何者なんだ。ヴァレリー男爵の娘だと思っていたが、あの小娘がこんなに強いはずがない」


ルナリアはそれを聞いて楽しそうに目を細めた。


「私が何者か、ですって?そうね、ブランシュの一部……かしら?」

「小娘の一部……だと?」


ヴェルナーにおざなりにうなずいてみせたが、視線の先はヴェルナーの背後、その先のブランシュたちに向けられていた。


「そうですわね、普段は良い子ぶって隠している部分――それが形になりましたのよ」


ルナリアは、くすりと笑う。


「つまり、皆が見たくないブランシュというわけですわね。悪いことを考えるところ。人の迷惑なんて気にしないところ。無慈悲で、暴力的で、気に入らないものは壊したくなるところ――そういう、表に出したら困る部分を集めて、形にしたのが私……ですわ」


ルナリアの目に、ブランシュがリュカの体から泥を払っている様子が映る。ルナリアなら絶対しない行動だ。


ブランシュたちの近くには、道化師の格好に泣き顔の仮面をつけた土地神がいて、油断なく周囲を見回している。


土地神の緊迫した様子を見て、ルナリアは自分にあまり時間が残されていないことを悟った。急がなくてはならない。


どうしてもお茶会がしたいのだ。

ルナリアは優雅に片手を差し出してみせた。それはまるで、エスコートを求めるような仕草だった。


「な、なにをしている!」


危険を感じ取ったヴェルナーが、慌てて後ろへ飛んだが少し遅かった。彼はまだ、主の思考の先を読めていない。


ヴェルナーが着地しようとした場所には、壊れた樽の一部のような木片が、なぜか転がっていた。


「くっ!なぜ、こんな場所に落ちている!」

「ほほほ。足元も見えていないのかしら?」


思い切り木片を踏んでしまったヴェルナーは、悪態をつきながらも体勢を立て直すために自然と前かがみで前方へと倒れかけた。


必死に転ぶのを防いで、立ち上がった時――

ヴェルナーの手は、ルナリアの手が添えられるような位置にあった。


「執事は、主のエスコートをするものですわよ」



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


短編「モブ令嬢ですが、婚約破棄を回避しようと恋敵を煽ったら人生が変わりました」を投稿しました。読んでいただけると嬉しいです。

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