【書籍化記念SS】彼ジャケット
高貴な者はその立場に相応しい装いを求められる。滑らかな上質の布、丁寧に編み込まれたレース、刺繍と共に宝石を縫い込まれた煌びやかなドレスは、女性の憧れ。
フェンイザード国で最も高貴な存在、女王であるアリアナはその筆頭、誰よりも華美でいることはある種の義務でもある。
(おしゃれは、根気強さの賜物……)
華やかさ、美しさに特化した服は、とにかく重い。
王族としての普段着の重さに気付いたのは、即位が決まった後のこと。
病弱だったアリアナは、着心地のよさに特化したワンピースで生活するのが日常だった。そのためどうなるかというと、普段着でも疲れる。一息つけるのは一日が終わって服を脱いだ後だ。
「ライの服は軽そうでいいですね……」
立派な女王の装いから解放され、寝台に寝転がったいつもの夜。
いつものように侵入してきたライが自由に室内を浮遊する姿を見上げたアリアナは、起き上がりながら羨ましい気持ちが口から漏れ出た。
「また急に何の話?」
「何かの話と言うより、言葉通りの感想です」
ひらひらふわふわと、軽やかに宙に浮く姿は蝶よりも優雅に見える。
羨ましく視線を向けると、ライは何か思うところがある様子で羽織っている上着を脱ぎ始めた。
「うん、軽いよ。着てみる?」
「え、よろしいので、」
ちょっと気になる。借りようと起き上がり手を出しかけるが、にんまりと笑うライの顔が見えた。
「嘘だけどね」
「す――――、わっ!」
その瞬間、ライの上着が降ってきた。
覆い被さるように広がった状態で飛んできたため受け止め方に迷い、咄嗟に両腕を広げる。しかしぶつかってきた重みに耐えきれず、まるでライが丸ごと飛び込んできたような重みに負けたアリアナは寝台の上に仰向けに倒れ込んだ。
何が起きたのか全くわからない。服が飛んできただけのはずなのに。
アリアナは目を白黒させながら再び上体を起こそうとして――少しも身動きが取れない現状に困惑が増す。
「え、えぇ? あの、これはどうなっているんですか……!?」
「うーん、どうなってるんだろうねぇ?」
白々しい返事をするライの唇は随分と楽しそうに緩んでいる。
何かされたのだろうか、と一瞬考えるが、もしかしたら見た目に騙されただけで、男性服もドレスと同じくらい重いものなのかもしれない。……それにしては重すぎる気がするが。
標準となる重さを知らないアリアナは、こんなものなのか、と疑問に思いつつも納得した。納得しても体は動かない。
「大丈夫? 息苦しい?」
「いえ、それほど苦しさはありませんが……」
圧迫感はあるが、痛みや苦しさはない。分厚い掛け布団を何枚も重ねられているようで、ただただ重いだけだ。
不快感が一切ないせいか、押さえ込まれている状態なのに倒れ込んだ先が寝台だったせいか、不思議と心地よさすら覚える。
アリアナの返答に「そう」とライは一言だけ返した。
心配するなら服を退けてほしいのだが、上着を脱いで見た目の身軽さが増したライは手助けする様子はない。むしろ距離を置くように浮上していく。
彼の全身が視界に収まるくらい離れたので、あのガラス玉のような瞳にもまるで網にかかった魚のようなアリアナの全身が映っているのだろう。
ぼんやりと彼を仰いでいると、微笑みを向けられた。
先程の悪戯っぽい笑顔とは違う、どこか柔らかさを感じるまるで慈愛が込められたのような――。
「なんか、アリアナが飾られてるみたいだね。面白いから今夜はそのまま貸しておいてあげる」
「せめて満足したら退かしてください……!」
結局そのまましばらく退かしてもらえず、翌日筋肉痛になった。
10月31日発売します!




