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【書籍化】不死身の女王は嘘つき魔族の執着から逃げられない※逃げる気もない  作者: ある鯨井@書籍発売中


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【書籍化記念SS】菓子か悪戯か

「わん!」


 城の廊下を歩いていると犬の鳴き声が外から聞こえてきた。聞き慣れない声だ。しかも遠吠えではなく、思いのほか近くから聞こえる。

 アリアナは思わず足を止め、振り返って後ろにいたナーラと目を合わせる。不思議がっているような目配せからナーラも心当たりがなさそうだ。


 窓の外を覗くと、開かれた城門付近で四つ足の大きな白い布の塊が駆け回っていた。

 布の塊は裾からはみ出た金色の長い尾をご機嫌に振り回し、布の穴から飛び出した長い口吻マズルが網み籠を咥えている。おそらく鳴き声の主だろう。

 門番の騎士と一緒に子どもらしき小さな人影達が懸命に犬を追いかけていて、荷馬車に乗っている御者が困惑気味に目で追っている。随分と愉快な光景が広がっていた。


 荷馬車を通すため門を開けたら、あの子ども達が連れていた犬が侵入してしまったのだろう。今日の門番の騎士は融通の利く人物なので、子ども達が捕らえられるということはない……はず。

 アリアナは少しハラハラと見守っていると、隣からナーラも同じ光景を見つめて口を開く。


「あの姿、『イレヴンの悪戯の夜』ですね」


 イレヴンの悪戯の夜は古い童話である。

 空腹で困っていた六人の子どもと五匹の動物が協力し、悪徳領主の館をめちゃくちゃにして懲らしめた。

 しかし、加虐で心を満たした彼らは見境なく悪行をし始めた。そうして悪魔に目を付けられ、仲間にされそうになる。

 それを見て哀れんだ老婆は、「菓子をやるから悪戯をやめておくれ」と言い、彼らも空腹で困っていたことを思い出し、菓子を受け取った。

 悪に傾きかけていた心は正しき姿に戻り、悪魔を退ける……という物語だ。


 物語の子どもと動物はボロ布やがらくたを身に纏い、怪物のような姿で大人をおびやかしていた。

 今、城門の近くで走り回っている彼らの仮装はそれに当てはまり、アリアナは思わず珍しいものを見るように目で追った。


「本当ですね。最近の仮装は型にとらわれないと聞いていましたが、原点に立ち返っているのでしょうか」


 過ぎた正義は悪と見分けがつかなくなる、という物語だったのだろう。しかし月日の経過と共に大きく乖離して、今は『菓子を渡さなければ悪戯をする』という子どもが菓子をせびる脅し文句の一つに変わっている。

 かつて子どもだった大人達も楽しんで『悪戯をやめておくれ』と菓子を渡す『イレヴンごっこ』は徐々に流行していき、収穫祭――現在の『黄金祭』後の恒例行事として定着した。


 アリアナの祖父である勇者はそれを『ハロウィン』と呼んでいたらしいが、あまり浸透せず『イレヴンごっこ』と呼ばれている。

 平民だけの遊びだと言われているが、幼子がいる貴族の家庭内でも似たような遊びはしているらしい。

 以前テオドールが教えてくれた手紙の内容を思い出し、アリアナは懐かしい気持ちで顔を綻ばせていると、隣のナーラが真剣な面持ちで正面から向き直っていた。


「アリアナ様は今、十五歳でいらっしゃいますね?」


「え? そうですが……」


「ではアリアナ様はまだ成人デビュタント前の『子ども』で間違いありませんね?」


「……ん? そう、ですね?」


「かしこまりました。早急に支度を進めます。決行は明日です」


 無表情のナーラが、とてつもない活力を宿した瞳で力強く宣言した。


(……まさか。いや、まさかそんなことはない、はず……)




 翌日、アリアナは猫耳をつけていた。


 黒いドレスに毛皮のケープコート、猫耳の飾りがついたヘッドドレス。黒の毛色や羽の飾り、紫の差し色の小物の組み合わせは、作中に登場する『泥塗れの翼猫』を彷彿とさせる。

 猫耳に目を瞑ればやや厚着の外出着のようなものだが、今日のアリアナは終日城にいる予定である。


「ではアリアナ様、始めましょう」


 アリアナが仮装をしている一方、いつも通りのナーラは編み籠を片手に持ち、私室の扉に手をかける。多分、菓子を受け取る『籠運びの亡霊犬』の役なのだろう。


「……あの、ナーラ。何故わたしは、イレヴンごっこをすることになっているのでしょう?」


「昨日、子ども達を見つめながら微笑むアリアナ様を見て気付きました。アリアナ様は今まで、イレヴンごっこをやりたくても、できる状態ではなかったと」


 即位前は寝たきり生活、即位後は多忙の日々。確かに思い返せば子どもらしい行事をすることはなかった。

 特に反論はない。軽い気持ちで頷いて同意するアリアナに、ナーラはきりっと眉を吊り上げて使命感に燃えるような強い目を向ける。


「アリアナ様は来年成人されます。イレヴンごっこを行うならば、今しかありません」


 確かにその通りだし、テオドールがマティーア侯爵と楽しく過ごした話を思い出して、やってみたかったかもと少し羨ましい気持ちはあった。

 しかし急過ぎる。ナーラの熱量についていけず、置いてけぼりの気持ちになっている。

 それに、アリアナはまだ子どもではあるが、子どものための行事であるイレヴンごっこの対象年齢はもっと幼い子どもなのだ。この城内で一緒にやってくれる仲間も見込めず、だいぶ気恥ずかしい。


「さぁ、アリアナ様。皆が待っています」


 しかし、逃げ場はない。アリアナは開き直ることにした。

 何事もやってみるに越したことはない。……多分。


 この時アリアナは、『皆が待っている』というナーラの言葉を過小に考えていた。




 まず、確実に菓子が出てくるであろう厨房に向かった。

 女王が厨房に立ち寄ることは本来ありえない。しかしナーラの言葉から考えれば、話は通っているのだろう。

 どんな反応されるのか。不安から目を逸らして気合を入れ、厨房へと踏み込んだアリアナは口を開く。


「その……悪戯をさせてもらいに、きたのだが」


 いかんせん女王というものは、交渉いらずで菓子が出てくる立場だ。ならどうするかと考えた結果、だいぶおかしな第一声になってしまった。

 少し気まずい。困らせていないだろうか。不安が表情に出る前に、厨房係が一斉に動き始めた。


「お待ちしておりました! こちら新作の菓子でございます!」


「馬鹿! せめて陛下の悪戯の内容を聞いてから渡すべきだろう! 次の機会はないのだぞ!」


「貴方は何を言っているのです? 陛下、ご説明させていただきます。こちら右から順にチョコレート、キャンディ、クッキー、ラスク、タルト、パイ、そして」


「一人一種類までと言ったのに! 一体いくつ作ったのですか!?」


「おい誰だ火を止めてないアホは!!」


 大騒ぎになってしまったし、ナーラの籠は彼らが用意した焼き菓子だけで満杯になる。ただ、困惑しているのはアリアナだけで、ナーラは「想定内です」と新しい籠に交換していた。


 最初からこの調子なので、嫌な予感はしていた。


 その後も廊下を歩けば「もしよろしければわたくし共にもお言葉をいただけないでしょうか」と、頭を下げた使用人の要望が連続する。紙に包まれた焼き菓子が積みあがっていった。

 雑務を終えたところで「何か言うことはございませんか?」と宰相がそわそわと何度も何度も問いかけられる。箱に詰められたバターケーキが渡された。

 執事からは「菓子ばかりではなんですから」と茶葉の缶を渡された。何も言っていないのに。


 唯一良かったと胸を撫で下ろしたのは、ヴァレリオが昨日から外出していたこと。

 彼がいたら形式的な婚約者の姿に困惑しつつも、空気を読んで菓子を用意していただろう。さすがに気まずすぎる。回避できて本当によかった。


 そして午後。

 騎士団の訓練場で騎士達に囲まれながら、手渡された菓子はナーラが回収し、籠の交換が十回を越えた頃、とうとうとんでもない発言まで飛び出す事態になった。


「是非、悪戯をお願いします!!」


 その騎士は菓子ではなく、バケツを抱えながらアリアナの前に駆けつけてきた。彼の行動にアリアナだけでなく、彼の仲間である騎士達も驚いて一瞬の沈黙が流れる。


「……いや、突然決まったことで悪戯の用意は」


「わかっております。なので、こちらを私にぶっかけてください!」


 バケツの中には泥水が入っていた。

 アリアナは何を言われたのか処理しきれずに思考が固まる。

 泥水を自ら用意した本人から、泥水をかける悪戯をしてくれと頼まれた。さらに「汚れぬようにこちらを」と泥除けのマントまで取り出された。頭の中で状況を整理してもわけがわからなくなってきた。


(どうしよう)


 これは、菓子をもらうだけでなく、悪戯をする方向でも楽しんでもらおうとする配慮なのかもしれない。『泥塗れの翼猫』は作中でそういう悪戯をしていたわけで……そう考えても、そうだとしても、アリアナは差し出されたバケツを受け取る気が起きない。


「どうかよろしくお願いします!」


「うーす」


 気の抜けた了承の返事がアリアナの背後から聞こえ、朝からずっと黙り込んで追従していたフォルスが目の前に立っていた。

 アリアナの視界にはフォルスの背中しか見えないが、彼の腕が動き、バシャ―ッと水が勢いよく流れ落ちる音と騎士の悲鳴が聞こえて、何が起きたのか察した。


「うぉええ!? フォルス! なんでお前がかけた!? 俺は陛下にやっていただくために!」


「そりゃ残念でしたねー」


 恨み言を聞き流すように生返事しながらフォルスが振り返る。

 表情が乏しく、何を考えているか読めないフォルスの顔から視線を下に向けると、跳ねた泥があちこちにかかって彼の騎士服が汚れていた。


「フォルス、服が、」


「はい。陛下にも少し泥水かかっちゃいましたね」


 アリアナの言葉を遮るように発したフォルスの指摘に、その場にいた全員が息を飲む。悪戯として用意した泥水を浴びた騎士なんて顔色も悪い。

 どこが汚れたのか、と探るような視線を感じつつ、アリアナも自身を見下ろす。シミひとつない綺麗なドレスに見える。


「このへんでおしまいにして、着替えたらどうでしょ」


(――――あ)


 アリアナは微かに目を見開いて、その言葉の意図を読み取る。しかし、相手はフォルスだ。何も考えていない可能性も充分ありえる。

 ただ、どちらにしてもアリアナにとっての助け舟に変わりはなかった。


「そう、だな。大した汚れではなさそうだが、すぐ落としてもらったほうがいい」


 アリアナは朗らかにそう告げて、誰も咎めるつもりはないと微笑みかけると、張り詰めた空気が若干和らいだ。

 そのまま自然な足運びでその場を後にする。アリアナの後ろをナーラとフォルスがついてくるのを肩越しに確認して、アリアナは声を抑えつつフォルスに礼を言う。


「助かりました。建前の使い方がうまくなりましたね」


「そりゃ何よりです」


 よくわかってなさそうなフォルスの返事に、アリアナは笑みを溢す。

 こうしてアリアナの滑り込みのイレヴンごっこは終わった。




「あれ? てっきり菓子に埋もれてるアリアナが見れると思ったのに、何もないじゃん。もしかして夕飯に全部食べちゃったの?」


 夜。アリアナの私室にやってきたライはいつもと変わりない室内を見回し、わざとらしく不思議がるように言ってきた。

 何も話していないのに。

 日中イレヴンごっこをしていたと当たり前のように知っているライの様子に、アリアナは思わず眉を顰める。


「……食べ終わる前に傷んでしまう量だったので、ほぼ全て下げ渡しましたが……どこかで見てました?」


「えー? 俺はアリアナの耳が四つになったことくらいしか知らないけど」


「ライこそ、目か耳が四つありそうなこと言わないでくださいよ……」


 一体いつどのタイミングでイレヴンごっこの話を聞いたのか。はたまた見ていたのか。せめて仮装を終えた後であってほしい。

 小さく溜息を漏らすと、ライが正面から顔を寄せてきた。


「何? あんまり楽しめなかった? 駄目だな~」


「……そうですね。わたしがもう少し子どもだったら、楽しめたかもしれませんが」


「ああ、駄目なのはアリアナじゃなくって、アリアナを楽しませられなかった連中のこと」


 そう言いながら、ライは挑発的に口角を上げて目を細めた。

 自分ならもっとうまくできると言いたげな自信に満ちた表情に、アリアナは好奇心がくすぐられる。


「もしかして、人族ではなく、魔族のお菓子が存在するんですか?」


「仮にあったとしても絶対口にするなよ。絶対に」


 どんな未知の食べ物なのだろうと弾んだ気持ちが、真顔になったライの真面目できつめな忠告によって少しだけ萎む。

 ただ、『菓子』がなければ、選択肢は一つしかない。

 先程とは違う感覚で弾む胸を押さえながら、アリアナはにじり寄る。


「お菓子がなければ、わたしに悪戯をされてしまいますよ……?」


「そうなるね、仕方ない。いいよ、何しても」


 寝台の上に腰かけ、ライは手足をだらりと伸ばしながら瞼を下ろす。

 普段、ありとあらゆる悪戯を仕掛けてくるライの無防備な姿に不思議と高揚感が込み上げてきて、アリアナはその感覚に微かな危うさを覚えた。

 及び腰になったのを察知したように、ライが片目だけ開く。


「良くないことが、正しいことになる。それがどれだけ刺激的で面白おかしくて、恐ろしいことか。知らないまま大人になるなんてもったいないと思わない? それが許される夜なのに、ねぇ」


 物語の中で主人公達が加虐行為にのめり込むよう唆した悪魔のようなことを言う。

 明らかに耳を傾けてはいけない言葉なのに、アリアナは抗う気持ちが弱まっていくのを止められない。

 だって、今年だけだから。来年には大人になってしまうから。――今夜だけ、だから。


「……目を、閉じていてくれますか?」


 ライは再び両目を伏せた。

 アリアナは一度、暴れまわる心臓を落ち着かせるために深呼吸をして、寝台から下りた。


 クローゼットや引き出しを開けては閉める。それを繰り返す物音に、目を閉じたまま放置されたライが「え? 何してんの? もう目開けていい?」と困惑した声を上げる。

「駄目です」と一言だけ返してアリアナはゴソゴソガタガタと続行し、ようやく目的のものを見つける。


 そして、日中アリアナが着ていた毛皮のケープコートと猫耳の飾りがついたヘッドドレスをライに装着し、感動で思わず口を押えた。


「かっ……かわいいです。ライにも似合いそうだと思ったんですよ……! あ、もう目を開けて大丈夫です。鏡でご覧になりますか?」


「ご覧にならない。いや待って、何? どういう悪戯なのこれ」


「何をしても良いと言ってくださったので……」


 ガラス玉を埋め込んだようなライの目が、ほんのり垂れ気味の黒耳をつけた効果で猫の瞳のように見える。げんなりと非難するような眼差しを向けているところも、非常に猫らしい。

 悪戯心が満たされたアリアナは頬を緩めていると、ライが猫耳の先を指で擦りながら首を傾げる。


「つまり今、俺は仮装してる『子ども』ってことでいいわけ?」


「え?」


「アリアナ、お菓子ちょうだい?」


「え? えっ、ですから下げ渡してしまったので、この部屋には――」


「無いんだ?」


 菓子を要求するように差し出した手を揺らしながら、わかりきっている答えにライは笑う。雲行きの怪しい空気にアリアナは一歩後退るが、猫よりも身軽で大きく力強い存在から逃げられるわけもなく。


「あーあ、ちゃんとお菓子を用意しておかないから。じゃ、遊ぼっか」


 こうして二人きりのイレヴンごっこ、延長戦が始まったのであった。

本日発売です!よろしくお願い致します!


……え? 途中でちらっと出た『黄金祭』とはなんだ、ですか?

……皆さん、『角川ビーンズ文庫24周年フェア』と検索されてあちらに向かわれていますね~。

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