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潜入

 4号と呼ばれる男が居る。

 彼はハルドリア王国で生まれ、王家に仕える『影』となると決まった時、その存在を示す全ての記録が抹消された、存在しない人間である。

 任務は王家の命に従う事。

 自分の意思は不要。

 ただ命令に従うだけの存在である。


 国王であるブラートから与えられた命令はフリード殿下に従う事。

 その命令は撤回されていないので、4号は国王陛下の意に反したフリードに未だ従っていた。


 そのフリードから新たに命令されたのは、ユーティア帝国の義勇軍団長『黄昏の魔女』の離反工作、又は暗殺である。


 何処にでも居るありきたりな顔をした4号は、他人の印象に残らない。

 隠密系のスキルや感覚を狂わせる闇属性魔法を併用する事で、あらゆる場所に溶け込み潜入する事が4号の得意技だった。


 レクセリン砦の周囲に駐屯する義勇軍の傭兵や冒険者達の中に溶け込んだ4号は、数日掛けて情報を集めていた。

 それによると、黄昏の魔女はトレートル商会と言う帝国の商会を経営するエリー・レイスと言う女商人らしい。


 トレートル商会と言えば今話題の大商会だ。

 これは金銭での取り込みは難しいな。

 そうなると暗殺するしかないか。


 4号はレクセリン砦内に与えられている義勇軍団長の私室の場所を調べ上げ、夜陰に紛れ潜入していた。

 レクセリン砦の内外の歩哨を隠れてやり過ごし、目的の部屋へと到達する。


 一切の音を立てずにドアを僅かに開き、その隙間から滑り込む様に部屋に侵入した。


 薄暗い部屋の中、ベッドに忍び寄る。


「っ⁉︎」


 刃を黒く染めたナイフを手にした4号は、漏れそうになった声を飲み込んだ。

 エリー・レイスが眠っている筈のベッドがもぬけの空だったのだ。

 そして、それを視認すると同時に喉元に突き付けられた刃の感触。

 突然背後に現れたその気配の主は、軽く腕を動かすだけで4号の首を掻き斬れる状態だ。


「こんな夜更けに、レディの部屋にどんな御用なのかしら?」


 部屋の隅、ベッドの隣にある小さな応接セットのソファにいつの間にか腰掛けている女が4号に声を掛けた。


「………………」

「【灯】」

「なっ⁉︎」


 女が魔法で部屋を明るくすると、今度は堪えきれずに声が漏れてしまった。

 応接セットのソファに座るその女は、銀糸の様な髪に透き通る様な青い目をした美女だった。


「馬鹿な……エリザベート様?」

「久しぶりね、4号」


 4号が視線だけをずらして背後を窺うと、見覚えのある黒髪の従者が短剣を握っていた。


「ミレイ殿……」


 4号は今まで集めた情報から現在の状況を整理する。

 すると答えは1つだ。


「エリザベート様。貴女が……エリー・レイスなのですか」

「そうよ」


 その返事に4号は手に持ったナイフに僅かに力を込めるが、すかさずミレイが短剣の刃を少し引き、4号の首から鮮血が一筋落ちる。


「…………」


 ミレイの無言の催促に、4号はナイフをエリーの足下に放った。

 それを見てミレイも短剣を下げる。


「最近、私の事を探っている者が居ると報告があったから、誘い込んでみたんだけれど、掛かった獲物は意外と大きかったわね」

「……エリザベート様、お戻りになるつもりはございませんか?」

「無いわね。フリードは殺すわ。ブラート王や宰相もね」

「そう……ですか」

「ところで4号」


 エリーが立ち上がり4号の正面からゆっくりと近づいて来る。

 手には国宝である名剣フリューゲル。


「王国を抜けて私の下に付く気は無いかしら?」


 エリーが尋ねる。

 ただの間者なら此処で裏切を選ぶ者も居るかも知れない。

 そもそも、フリード殿下に正義は無い。

 それくらいは分かっている。

 分かっているが、その上で命令に従う。

 それが自分達『影』なのだ。


「有りえませんね」

「そう、知ってたわ」


 エリーは、手にしたフリューゲルを一閃した。


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