vsワイバーン
「揺らめく虚像よ 我らを包め【幻影】」
ミレイが光属性魔法を使い馬車を幻影の中に隠す。
ワイバーンは亜竜種の中では視覚に頼る所が大きい魔物だ。
近くで臭いを探られれば不味いけれど、遠目になら誤魔化せるだろう。
馬をミレイに隠して貰い、私とバアルは岩の上に立ち、威嚇の為に抑えていた魔力を解放した。
すると、馬車を操っていた少年が私達に気付き、馬車の中に声を掛ける様な仕草をすると、馬車の針路を90度変えて私達から離れようとした。
馬車を追っていたワイバーンも、方向転換で速度が落ちた馬車に、好機と感じたのか速度を上げる。
「今のワイバーンの動きは不自然だな」
「そうね。群れから逸れてこちらに向かって来ているのは2匹だけ、あのタイミングなら群れの半数はこちらに向かって来てもおかしくはない筈よ」
「こりゃあ、多分『匂い袋』を使ったな」
「ええ、思ったよりもまともな連中の様ね」
追って来る魔物を他人になすり付ける行為は、場合によっては犯罪になる。
それでも生き残る為、他人を犠牲にする事を躊躇わない者も少なくない。
例えば、あのまま馬車を走らせ、私達の隣を通り過ぎる時に、魔物を惹き寄せる匂い袋を投げ捨てれば、ワイバーンの群れを全て私達に押し付ける事も出来ただろう。
だが、それをせずに針路を変え、匂い袋でワイバーンを自分達の方に誘うとはね。
「ワイバーンは本来自分達のテリトリーから遠くに離れる事はねぇ。
故に、襲われたなら全力でワイバーンのテリトリーから離れるのがセオリーだ」
「そうね。今回はその進路上に私達が居たのが不運だったわね」
私とバアルが話している間にも、匂い袋に誘われなかった2体のワイバーンが此方へと迫っていた。
「エリー様、いかが致しますか?」
馬を隠れさせたミレイが私の隣に立つ。
「私が1体、バアルとミレイで1体で」
「畏まりました」
「了解」
私は剣を抜くとワイバーンに向かって走る。
「【氷弾】」
撃ち出した氷の礫は、亜竜種の強靭な鱗に阻まれてダメージは与えられていない。
だが、飛来する礫を鬱陶しく思ったのか、ワイバーンの内の1体は身体を捻り、空中で体勢を変えて私に向かって急降下して来た。
「【氷剣】」
剣に纏わせていた魔力を冷気に変えて迎え撃つ。
私を鷲掴みにしようとするワイバーンの爪を剣で受け止める。
それと同時に、冷気がワイバーンを襲う。
「グギァ⁉︎」
驚き飛びあがろうとするワイバーンだが、冷気によってその動きは鈍い。
ワイバーンの鱗は硬いが、翼の付け根や顎など、可動部は柔らかい。
そこを狙い剣を突き出す。
私の剣は、狙い通りにワイバーンの翼の付け根に突き刺さる。
そこで更に魔力を込め、体内から凍結させると、物の数秒でワイバーンは息絶えた。
もう1体のワイバーンはと言うと……。
「【鎚撃】」
向かって来るワイバーンに飛びかかる様に跳躍したバアルが、スキルを使った踵落としを脳天に叩き込むと、脳震盪を起こしてワイバーンが地上に墜落する。
「【光の拘束】」
すかさずミレイが光の鎖で地面へと縛り付け、バアルが再び蹴りを放ち、ワイバーンの頭蓋を砕いた。
「2人とも怪我は無い?」
「はい」
「問題ねぇよ」
2人も危なげなくワイバーンを討伐した様ね。
「さて……」
私は5体のワイバーンに襲われている馬車へと目を向ける。
「やはり助けに行くべきくしら?」
此処で逃げたとしても罪にはならないし、助ける義理は無い。
だけれど、相手はこちらに被害を出さない様に自らワイバーンを惹きつける為に匂い袋を使った。
誠実な対応と言えるだろう。
此処で見捨てるのは少々寝覚めが悪い。
私は、襲われている馬車を助けに行こうとするが、それよりも早く馬車から飛び出した2つの影が、今にも馬車を掴み上げようとしていたワイバーンの首を刎ね、もう1体のワイバーンの翼を斬り落とした。
「…………助けは要らねぇんじゃないか?」
「同意します」
ふむ、やはりこの危険な荒野を旅している者達がそんなに弱い筈はないか。
取り敢えず、事態を静観する事にした私達は、彼らが危険になれば介入出来る体勢で3体のワイバーンと対峙する2人を見守るのだった。