間の悪いこって
アトリエにて、統香と一宮はシルヴィアと晨星より事の顛末を聞いた。
左衛門三郎と名乗る男が突然やって来た事。
そいつがまこっちゃんに執着を見せていた事。
シルヴィアと晨星が相手をした事。
何度も殺した事。
しかし何故か直ぐ生き返る事。
そして取り逃した事。
説明下手な晨星に変わり、シルヴィアが状況を細かに説明する。
二人は黙って話を聞いていた。
統香はもう何本目か。フィルター限限まで吸い切った煙草を吸い殻の山へと刺し、ぽつりと頷く。
「……そっか」
新たな一本に火を点け、煙を吐き。
「はぁ」
どこか哀愁を思わせる雰囲気を纏って、統香はふと語り出した。
「……左衛門三郎はな、大学ん時の同期なんだ」
シルヴィアと晨星が目ん玉を飛び出させるも、当の話し手はそんな二人に目もくれず。
「別に友達とかじゃなかったんだけど……いつだったっけな……なんか急に喧嘩ふっかけられてさ。
『次の国際展で良い結果を出した方の勝ち』って」
緩やかに記憶をなぞる、静かな説明口調で進む話の幕間を縫い、晨星は尋ねた。
「勝ったカ?」
「トーゼン」
統香のにっとした笑みに晨星は安堵する。
見慣れたはずの雇用主の顔ではあるが、しかしそれは屋敷に戻って以来、ずっと難しそうな色をしていた。
日が日。事件が事件であるため詮無い事ではあるのだが……
(……大丈夫カ)
思うや否や、張り詰めていた糸のぷつりと切れる音がした。
「ン、流石ネ」
「ちなみに、マエストロは特別賞でした」
「大賞はあの人だったけどな」
えっへんと胸を張る一宮であったが、流石は主で、すかさず入った補足へとすかさず補足を入れた。
"あの人"
遠い目をする統香の視線の先には特に何も無く、誰も居らず。
もう、居らず。
未だその人をそうと呼べない労わしさが、上がった口角を自然に下げていく。
「そうでしたね。
統悟様は流石です」
そう言って統香の頭を撫でると、こっそり頭頂部を吸い、再度撫でた。
彼女なりのヒーリングである。
「だな。
ま、左衛門三郎はふつーに一次で落ちてたらしくてな、分野は違えど私の勝ちだったんだけど、そっから事あるごとに因縁つけられてたんだよなぁ。
全部買ったし勝ったんだけどさ、あいつも親……っつーか、作者が巨匠だからな。同じサラブレッド枠として私の事は認めたくなかったんだろうねぇ」
語尾を伸ばした口調の語りは一段落し、統香は煙草の火を消す。すると、御役御免とシルヴィアは席を立ち、短く会釈をするや退室した。
「面倒な事になったねぇ……」
三人となったアトリエ内にぽつねんとポップする統香の独り言。
耳に入りこそすれ反応を示すようなものでないこれに、二人は眉尻を下げた。
「……」
「……」
誰も口を開かず、各々が各々なりに自分の役目を考え込む。そんな暫しの沈黙の途中、晨星はハッと思い出した。
それは武道場からシャワー室への道中に起こった、まこっちゃんの変化の様子である。
「そウ言エバ、真、おじさんなっタ。でもすぐ小娘戻ったネ。
真気付いてナイヨ。
変だったネ」
晨星の言葉に二人は瞠目する。
思わず顔を見合わせ、似た表情を作りながら察に至ると、統香は考え込むように口元へ手をやった。
(アトリビュートの変調……? 確かにもうすぐ二年だけど、まだ少し余裕がありそうなもんだが……いやでも──……)
顔を挙げ、再度一宮と目を合わせる。
同じ考えか、一宮は悔しそうに眉間に皺を寄せ、しかし深く頷いた。
「マエストロ……」
言葉は途切れ、その真意は主へと委ねられる。
「……」
(間の悪いこって……)
パスを受け取った統香は息を深く、深く吸い込む。そして同じぐらいに深く吐き、口を開く。思考を言語へ落とし込む。
「……ナンセンスだ。こっちからすりゃあクソナンセンスだけど──」
そうして語った続きにまた、晨星も両の目を大きく見開いた。
「──一般的に、絵の価値ってのは数年もすりゃあがくっと下がる。
二、三年経ちゃあ、余程の人気画家でもない限り二束三文だ。
真と……まこっちゃんと出会って、私達はもうすぐ一年になる。
私達と出会う前のあいつは、自分の作者を、主を探してキューブ中を練り歩いてた。
一年もな」
これは簡単な計算である。
二から、括弧で閉じた一足す一を引くだけである。
そんな簡単なものであるから、晨星も直ぐに気付く。
「それっテ……」
結論を急ぐ晨星に待ったをかけたのは一宮であった。
「可能性の話です」
「でモっ……!」
「つっても、そんな重いもんでもないんだよ。人間で言う第二次性徴みたいなもんだ」
それを聞くとほっと一息ではあるのだが、話は未だ続いている。
「ただ……」
言い淀む様子に逬発する緊張感。
思わず生唾を飲み、
「タダ……?」
促すように復唱した。
「いや、基本的には大丈夫だ。
現に一宮は平気だったし……でもまあ、普通車免許くらいのもんだ。
受かる奴は何事もなく受かるけど、落ちる奴は一発で終わる」
二人の発言ややりとりが要領を得ないのはいつもの事である。
「……? な、何が言いたいネ……?」
しかし、今回ばかりは急かさずにいられなかった。
「……」
重油の沼に半身を突っ込みでもしたのか、統香の口は重く鈍く、何より進むのが遅い。
それが自分の急く気によるものとも気付かず、晨星の姿勢はどんどんと前のめりになっていった。
「これを乗り越えられなきゃ……」
「乗り越えられなきゃ……?」
また釣られ、復唱。
言葉の続きが待ち切れない様子の晨星を統香も悟り、結論を端的に述べた。
「この変調を乗り越えられなきゃ、機械人形は、死ぬ」
「死……って……?」
突然降って湧いたかのようなその単語に晨星の表情は凍りつき。
一宮を見やるも、困ったような悲しむような、そんな眉間に皺寄る表情で見つめられただけであった。
カチッと鳴る。
振り向くと、統香が煙草に火を点けていた。
「絵画の機械人形は短命な場合が殆どだ。
イラストとかと違って日常と距離があるクセに、サイクルは目まぐるしい。
波に埋もれるんだよ」
そんな事を言われても、芸術家でない晨星にはよく理解出来ない。
ただただ、まこっちゃんの身を案じる事しか出来ない。
「何とかならないネ……?」
屋敷にやって来て以来特別仲良くしていたまこっちゃんである。晨星としても別れは到底受け入れ難く、縋るように統香へ訊ねた。
「なる。
なるけど、これはまこっちゃんが自力で辿り着かなきゃいけない答えだ。
要は──……」
* * *
「まこっちゃん、起きてるか?」
「ん……統香か。起きてるぜ」
「聞いたよ。入れ替わりが激しくなってるってな」
「……ああ。晨星に言われて気づいたよ」
(鼻声……)
「……そうか」
「お前、私らと出会ってもうすぐ一年になるよな」
(出会った時、お前は言ったな。
一年くらい前から記憶があるって)
「なあ、真」
「絵の中の幼女がまこっちゃんなら、お前は一体、何なんだろうな」
* * *
「じゃあ明日。よろしくな」
退室と併せて、統香は背中越しにまこっちゃんへそう言った。
「……ああ」
背後から聞こえた消え入りそうな声を受け、一拍置くと、静かに扉を閉める。
「扉越しにも聞こえてましたよ」
腕組み俯いていた一宮は顔を上げ、
「是。酷い鼻声だったアル」
晨星は壁から身体を起こす。
「そうだな。ライン越えだ」
煙草に火を点け、統香は歩き出した。
「こんな大事な時期に余計な茶々入れたんだ。あいつも相応の覚悟なんだろうな」
歩き、歩く。
速度が上がる。
「殺されても文句言えないネ」
「ですね」
殺気迸る両腕も、三歩後ろの当代一。
「一宮。元春菊と更科のばーちゃんに短期コレクティブ加入要請。それと協会に三日の休暇申請。キューブ内の全監視カメラ閲覧許可、ノウマンちゃんの貸出も併せて申請して」
端的な指示は一息に下された。
人に厳粛、自分にはもっと厳粛な頼れる男、元春菊。
そして『更科のばーちゃん』こと『更科梢』は古希を目前に控えた老齢者でありながら、主に日本画や水彩画に用いる『面相筆』を広く海の向こうへ伝えんと世界中を渡り歩く筆職人である。
指折りではとても数え切れない功績の数々から現人間国宝に認定されている数少ない人間の一人であり、統香が手放しに尊敬している人物の一人でもあった。
なお、その活動内容から参天にこそ名を連ねていないものの、協会内での序列は第伍位である。
「はい」
そんな彼女は現在地中海近辺へ出向いているため、統香としてもダメ元での要請であった。
名前だけでも借りる事が出来れば御の字だろう。
「あとピース。カートン三つ」
「承知いたしました」
矢継ぎ早に続く指令はここで終わり。食堂へ到着した。
「晨星ちゃん。例のアレ明日届くから、好きに使っていいよ」
時刻は丁度夕飯時。扉を開くと配膳を行う使用人らが粛々と捌けていく。
そんなタイミングに発した“アレ”とは、要は古代ローマに起源を有する武具の一つであるのだが、そんなものが森林の通販で数千円だと言うのだから、全く便利な時代である。
「アイヤー! ヤッタネ!」
拳を掲げ、晨星チャンもにこにこ満面の笑み。ヤッタネ。
「そんなわけでシルヴィア。私ら明日から立て込んじゃうから、屋敷の方は頼んだよ」
シルヴィアは着席する面々の前へピッチャーを置く。
「承知いたしました」
置き、頷く。
「でもその前に」
頷き、配膳された料理に被さる銀製のクローシュを摘み上げる。
「ん?」
摘み上げ、口端を持ち上げ。
「晩御飯の時間です。
今日は統香様の大好きなオムライスですよ」
「んぐっ……!」
露骨に狼狽える統香であるが、シルヴィアは構わず続ける。
オムライスの頂上へ優しくスッと手を差し出し。
「勿論旗付きです」
そこにはもはや煌めきのエフェクトが入らんか。統香の似顔絵(シルヴィア謹製)がプリントされた小さな旗が、オムライス山の山頂に天の逆鉾が如くに深く突き刺さっていた。
四捨五入すればお子様ランチである。
「ちょっ、ちょ、ちょっとさ? 今さ? こう、決起! みたいな感じだったんだからさ? 気を遣ってさ?」
「締まりませんね」
「統香はソレでいいネ」
相変わらず。
そのため従者と用心棒からもやや粗略に扱われてしまい、威厳も何もあったものではなかった。
「お前らもさ? なんかさ? あるじゃんか? な?」
先程までの緊張が和らぐそんな光景を眺め、シルヴィアは笑った。
鼻で。
そうして今日は進み、夜は更ける。
その晩。丁度深夜二時を回った辺り。
明日の支度を済まし、就寝前の最後の一服を楽しむ統香と一宮の耳に轟音が届く。
それは、キューブに存在する公的機関や商業施設、その凡そ全てが同時に崩落した報せであった。




