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左衛門三郎禄郎は許せない(2)

 「ちょっ、もういいってっ!」


 照れ隠しか、まこっちゃんは三本の腕を払い除けた。


 「……あれ?」


 そう、三本。


 触れた。

 その手の甲に残る感触は疑いようもなく、背を刺す怖気に全身が硬直するのには瞬き一つもあれば充分であった。


 「素晴ら──」


 気付き、振り向くその途中。今日、つい先程まで聞き覚えのなかった声が耳朶を打つ。


 「ハイッ!!」


 と同時に途切れる。


 「んブッ!」


 衝撃音と共に聞こえた男の呻きを最期に、まこっちゃんの意識は自己防衛のためプツンと切れた。


 男の顎を目掛けて躊躇いなく振り抜かれた晨星の右足は真っ直ぐに天へと伸び、振り下ろされ、次の一撃への踏み込みと相成る。

 男の膝が折れ崩れたところを狙い澄ました晨星は続け様に、


 「三槓子サンカンツッ!!」


 眉間・人中・顎の三点を一本拳にて打ち抜いた。

 武と距離のある者にしてみれば一撃かと見紛う拳速の三連撃に男は吹き飛び、その後頭部を玄関階段の角へ後強かに打ち付けたが最期。がくりと力無く項垂れた。


 「二飜ヨ。今度は死ぬナイ。手加減アル」


 そんな男を見下ろして告げる晨星であるが、


 「…………」


 肝心の彼は呼吸音すら発さず。


 「……これ、死んじゃってません?」


 沈黙に堪え兼ねたシルヴィアは男の顔を覗き込んだ。


 打ち抜かれた三点は陥没しており、見事に血溜まりが出来ていた。後頭部からは真水へ色水を垂らしたが如く、地面に血の領域を広げている。



 死んでいた。



 「まあもう殺した方が手っ取り早いから良いですけど。

 それにしても晨星様は流石ですね」


 遺体処理のため、シルヴィアは再び掌を翳す。


 「煩いアル。

 コイツ変ヨ。手応えアル、なのに生きてるネ」


 拳をさすり、眉根を寄せる晨星。


 「……確かに、そうですね。人食い婆も完食したはず」


 シルヴィアはそんな晨星から視線を戻すと、翳した掌を返し、さする。

 その"手応え"を確かめる。


 しかし普段との違いや違和感はやはり無く、ふと、思い出したかのように背後で沈黙を続けるまこっちゃんを振り返った。


 「真、大丈──」

 「まこっちゃん、大丈──」


 重なるその言葉は途切れる。



 チーーン



 まこっちゃんは立ったまま白目を剥いて気絶していた。


 「「──ングッ」」


 シュールだったか、二人はあわや吹き出す寸前で互いを見合い、それを飲み込み。


 「部屋に頼むネ」


 「ンン、勿論です」


 短いやり取りだけを交わすと、まこっちゃんをお姫様抱っこしたシルヴィアは玄関へ歩みを進めた。



 その直後だった。



 「やい八月朔日統香! やい八月朔日統香!」



 シルヴィアの歩みはピタッと止まる。

 晨星は目を見開いた。

 ゆっくりと、二人の視線は門口へ向き、そのまま釘付けになる。


 「──なんてね。

 この僕が態々出向いてやったというのに、間の悪い馬鹿女が。辟易するよ」


 男は晨星を指差すと、


 「そこのチャイナ娘。お前に僕は殺せないぞ」


 不敵な笑みをつくり、そう言った。



* * *



 「そこの銀髪女もだ。これ以上は千日手である」


 若干に横へズラされた指先は晨星の背後、シルヴィアへと向けられる。

 殺気も何も感じられない、ただひたすらに不快感のみを訴えてくる男の視線を受けたシルヴィアは、思わずごくりと喉を鳴らした。


 (気圧されている──ワケではない。


 のに、何だ、この不快感は)


 言語化も難しい感覚から吹き出した一筋の冷や汗。それが頬を伝わると、いわゆる子供体温の温かさを感じたシルヴィアはまこっちゃんへ視線を下ろした。

 健やかな表情で小さく寝息を立てる、天使のような容貌の少女を見つめ、男の行動を思い返す。


 (ロリコン……?)


 「……貴方こそ、統香様の居ない此処にいつまで居座るお心算ですか」


 シルヴィアは男をじとりと睨み、原色ほどに濃厚な警戒の色を発する。

 しかし男はそれを意に介さず。


 「はァ……僕ぁ左衛門三郎という者でね、しがないもの書きをやっている。

 今日はこの僕の作品を論った八月朔日統香に文句を言ってやろうと思ってね」


 男は懐から一冊の文庫本を取り出した。

 その本のタイトルにシルヴィアは絶句する。


 「っ!」


 思わず息を呑んだ。


 「……何ネ?」


 日本語を聞き取ることは出来ても読み書きは出来ない晨星には、シルヴィアの顔色が青ざめている理由が理解出来ない。


 そのタイトルの意味が理解出来ない。



 『完全ロリヰタコンプマニュアル 〜青姦篇〜』の意味が、理解出来ない。



 「キッショ……」


 背後でそう呟くシルヴィアの声を聞き、晨星はなんとなくそれがよくないものであると察した。


 「フム。よくワカらナイけど、オマエ屋敷入るナイ。帰るヨロシ」


 そのため呆れ、ため息と共に。


 「煩い。お前らに用は無い。八月朔日統香は居ないのか?」


 「居ない言ッてル」


 「煩い。そう言って、本当は屋敷の何処かに隠しているんだろう。

 女は直ぐに嘘を吐く」


 「嘘言う意味ナイネ」


 「煩い。さっさと出せ」


 「オマエと話す、コレ面倒ネ。統香出す方が早いアル。

 ソレ分からナイオマエ馬鹿ヨ」



 「馬鹿じゃないッ!!」



 突然。


 突然、左衛門三郎は声を張り上げた。

 ワッと空気を揺らすような絶叫にも似た声量にシルヴィアは思わず肩を強張らせるが、その叫びを向けられた晨星はむしろスイッチが入ったか、万事に即時対応する備えとして腰を落とす。


 「女ってのはこれだから……!」


 額に青筋を浮かべた左衛門三郎は懐から一丁の拳銃を取り出すと、


 「馬鹿はお前だろォッ!!」


 晨星目掛けて乱射した。


 三発。

 リコイルの「リ」の字どころかそれを書くペンすら持ち得そうもない左衛門三郎の細腕では反動を制御し切れず、二発目以降の銃口は明後日の方向へ。

 しかし一発。その凶弾は晨星目掛けて真っ直ぐに飛来する。


 晨星は迫り来るそれに対して半身になると、


 「ッ……」


 小さく息を吐き、狙い澄ます。

 弾丸が自身の真横を通り過ぎる、亜音速相手に化勁を使う、刹那のタイミング。


 膝を抜き、


 「ッ!」


 短くそう発するや否や、晨星の全身が一瞬ブレた。


 「あパッ」


 直後。左衛門三郎は珍妙な断末魔を挙げ、コミカルにピューっと血を吹き出すと……


 ばたり


 血の噴出に押し負けるかのように仰向けに倒れた。



 本日何度目か、左衛門三郎の絶命。



 「言ったネ。私銃弾より速イ」


 晨星は残心のように腕を振り、構えを解く。

 そんな彼女の背後にて、シルヴィアは脳内でツッコんだ。


 (……言ってなくない?)


 尤も、このシルヴィアもまた事態を完全には把握出来ていなかった。

 動体視力の限界から動きを追えず、恐らくは晨星が何かの技を繰り出しただろう事のみを察し、理解の足はそこで進むのを辞めている。


 「今、何を?」


 シルヴィアが理解出来ていないだろう事を察した晨星は、今し方行った動きをスロー再生のようにゆっくりと再現し、努めて丁寧に説明した。


 「没什么べつに、避けル壁傷付くの事。それ駄目ネ。

 だから弾追い付いて、軌道変えて、アイツに当てただけヨ」


 「???」


 聞いた上で尚である。

 謎は増すばかりであった。


 「やい。このくだり、何度繰り返せば気が済むのだね」


 門口からかかる声。

 最早二人に動揺は無い。

 シルヴィアはまこっちゃんを抱く腕に力を込める。

 晨星は構え、口を開いた。


 こう何度も同じ現象が繰り返されれば、正体を推察するのは難くなく。


 「まやかしカ、催眠カ」


 晨星の試すような視線が左衛門三郎に突き刺さる。


 「フン、催眠をかけているのはともかくとして、かかっているのは僕なのだが……小脳ばかりを働かせているお前のような女に理解出来るかどうか。

 一先ず、催眠にかかった状態の僕が君達にそう見えているだけ。と説明しておこう」


 晨星の頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。彼女の想定していた返答はシンプルな肯定のみである。


 「ご親切に説明ドーモネ……?」


 存外素直に答えられたため、そして、言っている意味がよく分からなかったため、語尾の疑問符が離れてくれない。

 そんな反応の晨星に対し、左衛門三郎もまた眉根を寄せる。


 「ン? ンン〜〜?」


 左衛門三郎から見れば、自らのアトリビュートを説明する事の意味を理解していない彼女の反応が不自然に映っていた。


 噛み合わないやり取り。


 「ああ」


 しかし得心が行ったか、左衛門三郎は納得したようにポンと手を打ち、口を開いた。


 「そいやぁお前、人間かぁ。周囲に居る機械人形があの一宮じゃあ、知らないのも無理無いか。そもそも機会が無い」


 うんうんと頷き、口端を歪める。


 (払い得だァ)


 「何の話ネ」


 両把頭に疑問符の衣装を凝らした晨星は、突如変化した左衛門三郎の空気に警戒レベルを上げた。

 ちらりと目を運び、背後のシルヴィアに屋内への避難を促す。


 「……」


 無言のまま、意を汲み取ったシルヴィアは小さく頷き、静かに屋敷内へと入っていった。


 「フム……良いだろう。好きに打ち込んでみると良い。

 どうせお前じゃあ僕は殺せない」


 二人のやり取りを静観した左衛門三郎。

 余裕を隠そうともせず大言を口にして、


 「僕のアトリビュートは『夢想むそう』だ」


 するりと、一宮謹製・超硬合金の門をすり抜けた。


 これまでの左衛門三郎の行動からそんなものは想定の内。晨星は重心を低く構え、左衛門三郎の出方を伺う。


 「端的に言ってしまえば、思い描いた自分に成れる能力だな。

 先ほど君が殴り殺したのは、僕が思い描いた『もし僕が複数人いたら』という夢想が形を成したものになる」


 左衛門三郎はゆるりと指差した。晨星の背後。そこには二つの左衛門三郎だったものが転がっている。


 「尤も、能力の対象は"僕にまつわるもの"でないとならないが」


 背後を振り返る事なく、晨星はジャブ代わりに足元にあった小石を摘み上げ、それをデコピンで弾くいた。


 「さて、こうして機械人形が自らのアトリビュートを詳説するのには、実は明確な意味がある」


 (すり抜ける……)


 気にも留まらず話は続く。


 「僕等機械人形は主──つまりは作者によって制作された作品なわけだが……お前、美術館へは行くか?」


 「行かナイ」


 試しに踏み込む晨星。

 中割りの抜けた作画さながら、次の瞬間には左衛門三郎の顔面を縦拳にて撃ち抜いていたが──


 「ハンッ、だろうな」


 (夢想……コイツ今、自分をホログラムか何か思てるカ)


 陽を受けて地面に影を落としているにも拘わらず、晨星による物理的な干渉の一切が無効とされていた。


 「美術館や博物館に展示されている作品の多くには『キャンプションパネル』というものが添えられていて、その作品がどういうものかを簡潔に説明してくれている。

 これは鑑賞者への教育と同時に、彼らの前頭前野を刺激する事で鑑賞者それぞれに解釈を促す仕組みであるのだが……さて、ここで一つ問題だ。

 この仕組みが行われると、一体何がどうなると思う?」


 左衛門三郎はトロトロと歩く。

 無防備に無警戒に。


 「知ラン」


 晨星は一定の距離を保ちつつ、それへ平行に追従する。

 

 「やれやれ、少しは頭を使ったらどうだい」


 呆れたように肩をすくめ、左衛門三郎は歩みを止めた。

 そしてすっと腕を伸ばし、指先の照準を晨星へ合わせると、


 「キャプションパネルを読んだ鑑賞者おまえらは」


 腕を折り、今度は己へ。


 「作品ぼくらとの距離がぐっと近付く。

 そうして作品の輪郭が際立ち、海馬や大脳皮質に色濃く刻まれるのだよ」


 「……」


 晨星の顔色は変わらない。

 瞳を据わらせ、言葉に耳を傾けつつも、攻略の糸口を探る。

 そんな晨星の胸中には興味が無いのだろう。左衛門三郎は全身を無数の針が貫くような殺気に当てられながら、お構いなしに話を続けた。


 「僕等が能力を明かすのはソレに当たる。

 これにより僕等への理解が深まる事で僕等を僕等たらしめるアトリビュートは鑑賞者との間で深化し、能力のディテールが明瞭になるんだ。

 神は細部に宿る。なんて聞いた事無いか?」


 「ナイ」


 「全く。あれよ。


 はぁ、とどのつまり、僕等はアトリビュートについて種明かしする事により、本来の能力を発揮する事が出来るようになるのだよ」



 ぽく ぽく ぽく



 「……本来の能力?」


 晨星は思わず構えを解いた。


 「お前……流石に理解が足りないんじゃないか?

 僕達をよく知らない相手に自己紹介するんだぞ?

 本当の自分を見せるだけなのだからそれまでと相対的には力を増せど、絶対的に力を増す訳ではないという話なんだぞ?」


 (なんだ? どうして僕はこんな馬鹿に付き合わされているんだ?)


 言ってて虚しくなったのか、左衛門三郎の肩から力が抜ける。

 左衛門三郎は、腕を組み、目を瞑り、必死に言葉を咀嚼する目の前の少女から視線を移す。クソデカため息を吐きながら、天を仰いだ。


 それから数秒。


 「バフじゃナくテ、デバフ無効ネ?」


 やっと理解したらしい返答。


 「やっとか。やれやれ。まあ、そんなところだ。

 そうだな、一宮の黒球で例えるなら、奴の黒球は本来もっと大きく、素早く、かつ操作性は滑らかだろう」


 「嗯」


 新知見を得、晨星は一層警戒を強めた。


 (これまでの能力が強化されたラ、多分、"夢想"の対象の制限が無くなるネ。

 自分にも、他人にも……多分"物"にも使えル。


 なラ……)


 そこまで考え、晨星は思考を止めた。


 「来いヨ」


 どれだけ頭を使ってたところで、結局自分に出来るのは殴る蹴るの武術だけ。相手がどんな能力を使ってこようと、それを打倒するためにやる事は変わらない。


 「フン」


 動揺の無い晨星を見て、左衛門三郎はつまらなそうに鼻を鳴らした。


 (マ、警戒してくれる分にはやり易い)


 すると徐に腕を動かす。その先は先程拳銃を取り出した懐であった。


 「不让させるか!」


 挙動を認め、晨星はすかさず左衛門三郎との距離を潰さんと駆け出す。



 それと同時であった。



 晨星の背後から激しい物音が鳴ったのは。



 これがただの物音、何かの倒壊や爆発を思わせるものであったなら、晨星も振り向くことはなかっただろう。


 物音の他に"この声"が耳へ届かなければ、振り向く事は無かっただろう。



 「晨星!!」



 それは幼く、やや舌足らずな幼女の拙い絶叫。

 聞くに馴染んだまこっちゃんが、己の名を呼ぶ声であった。


 「まこっ──」


 そしてつい、足を止め、半身を返し。


 「ナイスタイミングだ! 天使!!」


 直後、直前まで正面であった背後から左衛門三郎が声を張り上げた。


 「ッ!!」


 晨星は刹那に勘繰った。

 視線の先、屋敷の扉の前に飛び出したまこっちゃんは、本当に己の知る者その者なのか、と。


 アトリビュートの詳説


 デバフ無効の意図


 能力の解放


 己のみを対象とする夢想の効果範囲


 その拡張



 迷っている暇は、無かった。



 「哈ッ!!」


 晨星は後ろ蹴りを繰り出した。振り返らずに放たれたその一撃は、正確に左衛門三郎のリバーを打ち抜く。


 「心理戦さ!」


 しかしすり抜け、左衛門三郎は懐から取り出したソードオフ・ショットガンを構えると、


 「アトリビュートを開示したからと言って、能力を発動するとは限らない!!」


 バガン


 晨星の胴体目掛け、引き金を引いた。


 「くッ!」


 体勢の整わない晨星は即座に低く跳躍する。全身を屈め、手足へ込められる限りの力を込めた。

 至近距離で放たれた散弾。その射程も、拡散範囲も把握していないがため、そして、背の向こうに居るまこっちゃんを守るため。


 晨星は目と鼻の先から放たれた散弾を全て、その身で受けた。


 「あ……」


 まこっちゃんの顔面から血色が引く。

 意識を取り戻し、晨星の身を案じて飛び出した結果、最速最短で足を引っ張ったのだ。


 「あ、ああ……」


 悲痛な呻きを上げ、まこっちゃんはその場に崩れ落ちる。

 そうして呆然と、茫然と見つめた。


 大切な仲間が、その身から夥しい量の血を──


 「ぁ……?」

 

 血を……


 「……? 思ったより痛くナイネ」


 血を、皮膚にめり込んだ弾丸の下から僅かに滲ませた姿を。


 「はあ!? 嘘だろお前!!」


 馬鹿に驚嘆する左衛門三郎の隙を見逃す晨星ではない。

 即座に踏み込み、腰だめに構えた拳を放った。


 「三暗刻サンアンコウッ!!」


 先の技の類型。

 晨星は一撃と錯覚する連撃を見舞い、天突、膻中、水月の三点を一本拳にて打ち砕いた。


 「ッッ……ハッ……!!」


 声ならざる声。


 「ッ……!」


 息ならざる息。


 しかしいよいよ加減が効いたか、左衛門三郎は命と意識を繋いだまま地へ倒れ伏した。


 「ハッ……ハッ……!」


 折れた肋が肺へ突き刺さったか、短い呼吸を爆ぜさせながら、しかし意識は自分でも驚くほどハッキリしていた。


 (クソ! クソクソクソッ!! 油断した!! 僕は馬鹿か!! 相手は超人体質だぞ!!

 いやしかし、それにしたって、超至近距離で散弾銃を撃ったんだ……!

 だのにどうして! 擦り傷程度のダメージにしかならないんだよ!!)


 ギリ


 何かが鳴る。


 (しかもコイツ、加減を覚えやがった! 脳筋のクセに!!

クッッソ!! 死なねば分岐点に戻れないのに!!)


 ギリ ギリギリギリ


 それは左衛門三郎が憤怒に顔を歪め、互いが互いを噛み潰さんが如くに食いしばった奥歯の鳴る音だったのだが。


 「これ痕残ルかな?」


 晨星には聞こえていないようだ。

 平然と、未だ立ち上がれずにいるまこっちゃんへ呑気に話しかけていた。


 「ッハッ! ハッ!」


 (この猿女! そもそも僕は闘いが不得手なんだ! だのにいきなり頭に血を上らせて襲いかかってきやがって!!

 くそが! 殺してやる! いつか絶対に、絶対に殺してやるッ!!)


 左衛門三郎の脳内で恨み節が炸裂する。


 (一発天使を嗅いで帰ろうと思ってたのに! その後八月朔日統香に化けて出て爆死してやろうと思ったのに!!)


 腹積りのキショい事である。


 しかし彼はそんな最後っ屁の嫌がらせも成せず、怒りに目を充血させた。


 業腹であった。


 (許さない……! 畜生……!!)


 業腹だが、このままでは拘束され、待つのは尋問の皮を被った拷問であろう事が容易に想像出来る以上は引かざるを得ないか。


 「ッ……くッ、」


 左衛門三郎は持てる力を振り絞ってショットガンを構えた。


 (今回は引いてやる。

 引いてやるが、次に会った時は!)


 銃口を上げ、


 (その時は!!)


 照準は口腔へ。


 「啊?」


 気付いた晨星へ向け、左衛門三郎は息も絶え絶え。


 しかしその視線も、口調も、比類ない程に力強く。





 覚えておけ。





 バガン





* * *



 左衛門三郎の姿は無い。文字通り、影も形も。


 「もう、大丈夫なのか……?」


 それでもまこっちゃんは背後に迫られた恐怖から、振り向いたら今も居るんじゃないかという疑念が絶えなかった。


 「逃げられタ。

 でも気配ナイ。大丈夫ネ」


 門口を見つめた晨星。一先ず二人を守護する事には成功したものの、その胸中は穏やかでない。


 (他妈的クソ……アイツ、どうやってたおせば良いネ……)


 握り拳に力が入る。


 世界一の拳をもってしても斃せない。そんな相手が師匠と一宮の他にも居た。


 以前までの晨星であれば、それは吉報であったのだが。


 「……真、オマエが悩んでるのは知ってる。

 戦って役に立ちたい。そう思えるオマエは立派ネ。

 でも、それは今日みたいな事が何度も起こる険しい道アル」


 「う……」


 頼りないまこっちゃんの視線と、


 「それでも、オマエは戦いたいカ?」


 真剣に雄弁な晨星の瞳が交差した。


 「ぅあ、お……



 ……あ、あたしは…………」



 まこっちゃんは洗っても落ちない汚れとなった恐怖に剥き出しの脊椎を舐め上げられるような怖気を感じながら、弱々しく俯き、言葉を詰まらせた。


 そんなまこっちゃんに胸が痛んだ晨星は悲痛な表情を浮かべ、まこっちゃんの手を握った。


 「っ……」


 (本音は戦いたい。


 なのに……)


 そこに言葉は無かった。


 (なのに、口が付いて来ない……)


 無言のまま、屋敷の扉を開く重々しい音だけが響いた。





 それから数時間後、ようやく統香と一宮の二人はただいましたのである。





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