第22話 決着をつけなくてはならない
オレは身を伏せつつメインホールに戻ると派手な爆発音が聞こえ、それと同時に荒れ狂う風が襲ってきた。
「な、なんだ!?」
風雪ペスキスタワーの外ガラスの一部分が破壊されているのだ。さっきの爆発音によるモノに違いない。
破壊したのはきっと臥厳だろう。気圧差の風で煙幕が全て外に吸い出され、メインホールの様子が明らかになっていく。
無数の弾丸が飛び交う中、何人ものテロリストが床に倒れている。霧灘と荒灰のおっさんはうまく応戦できているようだ。オレが戻ってきた事にテロリスト達は気がついておらず、売店の方に向かって撃ち続けている。
「あの売店だな」
テロリスト達に見つからないよう、遮蔽物に身を隠しながらゆっくりと大きく迂回しつつ、撃たれている売店へと近づいていった。
そのまま売店に飛び込むと、オレの考え通りそこに荒灰のおっさんと霧灘がいた。
「よお須部原。別に戻ってこなくてよかったんだぞ」
「早いのね。椿さんを一階まで送ってあげてもよかったのに」
「敵がいないなら椿だけでも問題ないさ。それに、二人を放って逃げたりしたら、後で椿に怒られる」
二人だけで応戦していたにも関わらず、荒灰のおっさんも霧灘も疲労の色は見えない。このくらいの激戦は慣れているのがわかる。それに、このくらいで疲れるのなら逃げた方がマシだもんな。
「結構倒せてるの見たけど、実際はどうなんだ?」
「荒灰の煙幕のおげで張り合える程度には減らせてる。あんなに激しく身体を動かしたのは久々だったわ」
「荒灰お兄さん、だ。ま、可愛いから許してやろう。多く敵を倒してくれたのはたしかだしな」
「あれって、全部霧灘がやってたのかよ。銃撃でやっつけたんだと思ってた」
煙幕の際、霧灘は相当暴れまくっていたようだ。
まあ、煙幕内では銃による同士討ちが怖いのでテロリスト達は銃が使えないし、連携も煙幕中は麻痺する。見たわけじゃないが、倒れていたテロリスト達の数から、霧灘の暴れっぷりは容易に想像できる。単騎である霧灘にとってあまりにも絶好の機会だったというワケだ。
「…………臥厳」
銃弾で削られていく売店に身を潜めつつ外を見ると、遠くに臥厳と柊華姉ちゃんの姿が見えた。
深刻な顔をしている柊華姉ちゃんを見て、臥厳がニタニタ笑っている。何を話しているかわからないが、ロクな事じゃないのは間違い無さそうだ。
ヤツは何か狙っている。
何故なら、オレ達三人に決着をつけられるこの戦闘に臥厳が加わっていないからだ。
このまま放って置くのはマズい。これは霧灘も荒灰のおっさんも感じているはずだ。
「…………二人とも聞いてほしいんだが」
「ああ、いいっていいって。さっさと行きな。ここは若人に譲ってやるよ」
「言わなくてもわかるわ。臥厳を倒しに行きたいんでしょう?」
元々オレを行かせるつもりだったのだろう。二人は応戦しながら、オレが言う前に頷いた。
「い、いいのか?」
「情報流体生命金属で負傷は回復したんでしょう? なら、須部原君のワガママを止める理由はないわ」
「あの予知の嬢ちゃんもいるしな。嬢ちゃん助けたいなら須部原一択だろ」
二人はそう言うと、立ち上がり派手に銃をぶっ放した。マシンピストルが全力で火を噴き、手榴弾もテロリスト達の方へ投げ込まれる。
「行けよ! 俺と嬢ちゃんで援護してやる!」
「ここは私と荒灰の二人で十分だから」
それを合図にオレは全力で臥厳のいる場所へ走った。
「ありがとう! 絶対に死ぬなよ!」
敵の攻撃は無視だ。二人が確実にオレを援護している。雑魚を見る暇があるなら前を見なければならない。
ただただ真っ直ぐ、オレは臥厳と柊華姉ちゃんの二人に迫っていく。
「臥厳ッ!」
さっき見たのは打ち合わせだったのか。走ってくるオレを見て、柊華姉ちゃんと臥厳はそれぞれ迷いなく別行動した。
「フッ…………」
「………………」
柊華姉ちゃんは側の通路に飛び込み、臥厳は追って来いと言わんばかりに爆破された窓ガラスから飛び降りた。
「…………なんだと?」
オレが辿り着いた時には二人とも、このメインデッキからいなくなっていた。
柊華姉ちゃんが飛び込んだ通路には作業員用のエレベーターがあり、階層の表示が上階へ移動していく。地上七百メートルの天望デッキへと向かっている。乗り込んだのは明らかだった。
追うにはエレベーターを待たなければならないが、それはできない。すぐに追えなければ、いずれ霧灘と荒灰のおっさんが足止めしているテロリスト達がこちらに来てしまうかもしれない。
そうなれば二人の頑張りは無になり、最悪三人ともこのメインデッキに足止めされてしまう。
「…………あの野郎」
臥厳はオレに見せつけるように外へ飛び降りた。絶対にオレを誘っている。そうでなければ柊華姉ちゃんと行動を共にするはずだし、この地上から高さ三百五十メートルあるメインデッキの外なんかに行こうとするワケがない。
柊華姉ちゃんの予知に従ったのか、それ以外に考えがあっての行動なのか。
いずれにせよ、オレはどちらかを選ばなければならない。
「…………気合い入れろよ須部原要」
オレは躊躇いなく窓ガラスの外へ飛び降りた。
網目状に幾重も広がっている鋼鉄の上に着地し、吹き付ける突風でバランスを崩さないよう注意する。
足場は思ったよりも多いが、ちょっとでも踏み外せば数百メートル落下だ。風の勢いはどんどん強くなっていて、煽られるせいで姿勢が不安定になる。情報流体生命金属による身体強化がなければ数秒もこの場にいられなかっただろう。普通の人間なら、立つのも非常に難しい。
そう、普通の人間がこんな所にいられるワケがないのだ。
「そりゃ俺を追いかけてくるよな。俺はお前の両親の敵で、椿ちゃんに最悪な嫌がらせして、柊華お姉ちゃんに思い出作っちまったオジサンなんだから」
故に、こんな所に躊躇いなく飛び降りた臥厳という人間の恐ろしさに背筋が凍る。
突風が吹き荒れる鋼鉄網に立つ臥厳は、まるで風なんて吹いてないかのように落ち着き払って待ち構えていた。これからお気に入りのラーメン屋に行くような態度で、この状況を全く気にしていない。踏み外せば死ぬなんて微塵も考えていない顔で、オレを見る目にも余裕がある。
油断もある。
「さ、要ちゃんが摩利支天のヒーローになるまでもう少しだ。おじさんをどう料理するつもりかな? くっくっくっく」
オレが柊華姉ちゃんより臥厳を選んだのは直感だった。コイツは危険だと。臥厳を倒さなければこの事件は解決できない。ハッピーエンドはやってこないと無意識化で判断したのだ。
「臥厳。お前、何も考えてないだろ」
臥厳はオレがここで葬る。
それができなければ、ヤツはその邪悪を世界へ感染させ続けるだろう。
普通の人間を這い上がれない闇へと堕とすような、そんな力をこの男から感じるのだ。
「最初はお前が仕事をするのに、姉ちゃんの予知が都合良く働いているのかと思ってた。姉ちゃんの言う通りにする事が、手早くテロを済ませられる。仕事がうまくいくんだってな」
臥厳にとってオレはただの敵だ。摩利支天であるオレの話に付き合う理由はない。さっさと殺したいだろう。
なのに、それが心地よいとでも言うように、何故かオレの会話に付き合っている。
「姉ちゃんはこのテロに無駄が多いのは予知のせいだと言っていた。一見、関係ないような出来事でもそれがテロの成功結果に繋がっていると。何より、オレと椿が安心して死ねる事に繋がっているんだと。そう言っていた」
柊華姉ちゃん自身が言っていたのだ。間違い無い。
今日あった無駄と思える出来事は、全て成功という結果に収束する。全員が予知の奴隷であり、その手の平から逃げられない為だ。
「予知のノヴァラージュの予知結果には逆らえず、その結果に向かう過程を選べるだけ。だから柊華姉ちゃんはオレと椿がなるべく安心して死ねる過程を選んで、それにお前は付き合っていた」
オレは前方にいる臥厳を睨み付ける。
「そう、お前は姉ちゃんの頼みに付き合ってんだよ」
臥厳はそんなオレの視線を眺めてニヤニヤ笑いながら聞いていた。
「お前はノヴァラージュを知っている。だから柊華姉ちゃんの予知を信じられるのはいい。だけどな、お前は悪党なんだよ。悪党やれてるヤツなんだよ。悪党やって生きてるヤツなんだよ。摩利支天からも一目置かれる、立派な“ドス黒い邪悪”なんだよお前は」
オレは臥厳へ向かってゆっくりと指さす。
「そんなお前が柊華姉ちゃんの頼みを聞くなんて、オレにはとても思えない。利用できる? テロが効率的になる? 成功が確約されて安心する? 違うな。そんなの関係ない。お前はドス黒い邪悪なんだ。何度でも言ってやる。ドス黒いんだよ」
忘れてはならない。コイツはカスにも劣るドス黒い悪党である事を。そうであるから、飛行機爆破テロなんてモノを実行できたのだ。
ならば、そこにあるのは何なのか。
「お前にあるのは自分や相手の行動結果を楽しみたい感情だけだ。柊華姉ちゃんの頼みを聞いたのは、そこで起こる無駄出来事や惨劇を見たいだけ。ここにいるのも、オレが追ってくるか知りたかっただけで、意味の無い好奇心だけの行動だ。このテロの成功も失敗もどっちでもいいんだろ? お前はやりたい事をやれたら、それでいいんだからな」
その行動原理は快楽以外あり得ない。それだけは感情と思考に対して、意味も理由も基準も効率も何も求めないからだ。油断も余裕も無駄も有益も何も関係無い。
このテロも、柊華姉ちゃん(予知のノヴァラージユ)といるのも、何もかも全てソレだ。
ドス黒い邪悪にある“虚無”の行動を臥厳は体現している。
「その時のノリが全てってか。クックック、なんでそう思う?」
臥厳はニヤついたまま興味津々に聞いてきた。
「言ったろ。お前のオレ達に対する嫌がらせは色々と釣り合ってないって。不可解なんだよ。だから、こんな突飛もない考えが浮かんだ」
「なるほど。要くんの直感力ってワケだな。ま、正解かなんて教えてやらんが」
「全部オレの勝手な推測だし、そう思ってるだけだからな。答えなんかどうでもいい。お前が倒すべき敵なのは変わらないんだ」
「なんだよ。なら全部無駄話だな。何かの時間稼ぎ中か?」
「当たり前だ。時間稼ぎに決まってるだろ。お前の気が変わって椿を狙いに行かないとは限らないからな」
そうでもなければオレが臥厳なんかと長話するはずがない。
ここからでは見えないが、椿はもう下層まで行っただろう。臥厳の気が変わっても、椿に影響なく対応できるくらいの時間は経過している。
オレが対峙しているのは摩利支天が指名手配しているようなヤツだ。椿への危害は第一に気をつけなければならない。
「別にあの小娘を狙おうなんて思ってないがな。そんな気分じゃない」
「そうかよ。でもお前は、その時その瞬間にやりたい事ができたら実行する。そんなヤツの発言を信用すると思うか?」
「ああ、ドス黒い邪悪は信用ならんだっけか?」
先に動いたのは臥厳だった。この突風の中、まるで無風とでも言わんばかりに突っ込んで来る。なんて野郎だ。動きに全く乱れがない。
オレは臥厳から距離を取り、すぐに銃を発砲した。距離は四メートル前後。かなりの近距離だ。この距離は外さない。
臥厳の眉間にオレの放った弾丸が向かう。
だが、その弾丸はいつまで経っても臥厳に届かなかった。
「何やってんだ? こんな風の中で銃が役に立つかよ」
臥厳に詰め寄られ、その右手に持たれたグルガナイフが空を裂いた。




