第21話 倒れそうな人は支えたい
「…………ほう?」
それは臥厳も同じだった。
だが、臥厳もというのはおかしいだろう。
コイツは柊華姉ちゃんの予知を知ってるはず。わかっているなら驚くはずがない。注意を向けるはずがない。ここで起こる全ては認識済みのはずなのだ。
なのに、何故臥厳はこの事態をまるで知らないかのような反応をしたのだろう。
――――――もしかしてこの事態は柊華姉ちゃんの予知になかったのか?
「よう元ボス」
白い煙幕の中から現れたのは荒灰のおっさんだった。
臥厳はすぐに銃を構えるが、それよりも早く荒灰のおっさんは臥厳の銃を鷲づかみした。
銃撃音が響き、あさっての方に弾丸が放たれ、そのまま二人は互いの動きを硬直させる。
「相変わらず偉そうな顔してんな。だから元部下にこんな嫌がらせされるんだよ」
「何故お前がここにいる荒灰? お前は地下で死んだはずだろ?」
「雇われな俺の名前を覚えてくれてたとは光栄だ。これで地下爆破がなきゃ、もう少しあんた見たいなクソ上司でもついて行く気はあったんだがな」
二人はCQC(近接格闘)のような動きで互いを攻撃する。臥厳は銃を持っているが距離が近すぎるせいで、荒灰のおっさんに銃口を向けられない。むしろ、持っている銃が邪魔になっており、荒灰のおっさんが僅かに有利に動けている。臥厳を押していた。
「おいおい悲しい事言うなよ。同じおっさんなんだ。上司ってのは辛い判断をしなきゃいけないのわかるだろ?」
「わかるわけねぇだろ。俺はクズだが、クソ上司にクソ死にさせられるのは断固拒否だ」
そこで荒灰のおっさんの手刀が臥厳の手首にクリーンヒットし、臥厳は銃を落とした。その落ちた銃を荒灰のおっさんは遠くに蹴り飛ばす。
今の臥厳に蹴り飛ばされた銃以外の武器はない。それは荒灰のおっさんもわかっているようで、臥厳から少し距離をとると、腰のホルスターから銃を取り出した。
「須部原を拘束したまま勝てると思ったか? 雇い部下の上っ面ばかり見てるから、俺にこんな事されるんだよ」
今まで使わなかったのはオレと椿への誤射を避けるためと、臥厳に銃を撃つ隙を与えないためだろう。臥厳に武器が何も無い今なら、荒灰のおっさんが一方的に蹂躙できる。
「ちっ」
臥厳はすぐに蹴り飛ばされた銃の方へ姿を消す。
その方向に向かって荒灰のおっさんは銃を撃った。
「ととととッ!?」
それと同時にオレの拘束が解かれた。不意に床へ倒れそうになってしまう。
なんだ? 有効範囲があるのか? さっきまで荒灰のおっさんと臥厳が戦っている時は動けなかったのに。
「よし、じゃあダメ押しだ」
オレの束縛が解けたのを荒灰のおっさんは確認すると銃撃しつつ、懐からカラーボールを取り出して臥厳の方へ投げつけた。
そう、カラーボールだ。コンビニとかスーパーなんかに置いてある、逃げる万引き犯なんかに投げつけるヤツだ。ペスキスタウンは多くの店が並んでるので、そこから持ってきたのだろう。でも、なんでそんなモノを持ってきているのか。
「これで戦いやすくなったはずだ。見えないのはフェアじゃない」
「フェア?」
「便利で強いからって、高を括ると対策されちまうって事だよ。ま、嫌がらせ程度だけどな。すぐにわかる」
そのまましばらく銃撃を続けた後、荒灰のおっさんはオレの傍へやってきた。オレの怪我の様子を見て、スプラッター映画でも見たように顔を歪める。
「こりゃ酷くやられたもんだな。動けるのか?」
「もう少し時間置けばなんとか…………今はロクに動けないけど」
「改造人間様々だな。俺の助けがあってこそだったろうが」
「そうだな。ありがとうおっさん。めちゃくちゃ助かった」
「さっきまで互いを撃ち合ってたってのにな。変な感じだよ。あと俺はおっさんじゃねぇ」
オレと話しながら荒灰のおっさんは懐からナイフを取り出し、椿の拘束バンドと猿ぐつわを切る。
その瞬間、解放された椿が弾け飛ぶようにオレの元へやって来た。
「要ちゃん大丈夫!? いや、大丈夫なワケないんだけど! 大怪我してるのはずっとわかってるけど! ああ! ごめんなさい! ありがとうございますおじさん! いや、おじさま!」
自身に爆弾が巻き付いていたり、オレが大怪我したり、荒灰のおっさんが助けてくれたりと、濃い展開がめまぐるしく起こったせいか、椿は混乱しているようだ。まあ、少し経てば落ち着いて話せるだろう。いや、元からこういう子でもあるけども。
「嬢ちゃん、すぐそこに非常階段があるから須部原を連れてってやってくれ。そこが一番安全だ」
風雪ペスキスタワーくらいの規模になると、複数箇所に非常階段が設置されている。その内の二つ目が(一つはオレと霧灘が上ったヤツ)この近くにあるらしい。
「はい!」
この状況下で従うべき人間がわかっている声だ。椿はすぐに荒灰のおっさんの言う通りにする。
オレに肩を貸し、非常扉へ移動しようとするが、オレは「少し待ってくれ」と椿を制す。
「おっさん、なんでオレ達を助けてくれたんだ?」
「…………自分でも驚いてるよ。俺はクズでかっこ悪い大人だが、そんな大人でも思う事があったらしい」
荒灰のおっさんは持っている銃を眺めながら言った。
「お前みたいなガキに助けられた。そしてそのガキが頑張ってる。だから手伝ってやりたいって思った。信じられない事にな。ま、オレ自身も臥厳に殺されそうになったし、それもあるんだろうさ」
臥厳は「じゃあな」と煙幕の中に入っていった。普通はこんな煙幕の中で動こうとするのは自殺行為だが、オレ達はそもそも状況が良くない。煙幕が引く前になるべく荒らした方がいいと、荒灰のおっさんは判断としたようだ。
さっきからずっと煙幕内でテロリストのやられ声が多数聞こえているが、霧灘が暴れ回っているからに違いない。
「こ、ここだね!」
椿は手探り状態で歩きつつも、すぐに非常階段前へ辿り着く。扉を開けると吸い込まれるような青空と、風が強烈に吹いていた。
外に出ると椿は即座に扉を閉める。
「要ちゃん…………本当にその怪我大丈夫なの?」
「心配するなって。もうちょっとすればマシに動けるようになるから」
今オレの身体は情報流体生命金属の自己治癒が凄まじい速度で進んでいる。臥厳から何発も弾丸を派手にブチ込まれたが、動けるようになるまでもう少しだ。
椿も状況を理解したのか、さっきまでの様な狼狽は無い。事実、オレの身体はさっきとくれべれば雲泥の差だしな。まああの時、頭に血が上って無理矢理動いたせいで治癒が遅れているという事実もあるのだが。
「椿、お前はこのまま階段下りろ。もう一階に敵はいない。そこで助けを待つんだ」
オレは階下の景色を見る。
今もお祭り騒ぎはそのままで、混乱が起きているようには見えない。まだこのテロが外にバレる前に解決可能た。
臥厳を倒す。このテロを解決する。
それは摩利支天として、須部原要として、やらねばならない義務だ。
「要ちゃん…………なんで私って…………何の役にも立てないのかな」
椿は暗く沈むように俯く。
「こんな状況になるって事がわからない…………お姉ちゃんの事だって…………私、何のために占いやってるんだろ…………予知って力を持ってるんだろ…………」
風雪ペスキスタワーに向かっていた時の話とは違う。
おそらく椿は、今最も予知のノヴァラージュとして自身の無力さを憎んでいた。
「例えお姉ちゃんの言う通り未来が見えるだけだったとしても…………それが何か役に立つ可能性はある。過程を変えて「こんな未来」にさせないとか色々…………少なくとも何もできないなんて事にはならない…………」
柊華姉ちゃんの選んだ“過程”は相当過酷なモノだ。オレと椿をその場で殺そうとしたのだから。
柊華姉ちゃんにとっては最良だったのだろうが、未来も何も知らないオレ達からしたら悲劇でしかない。
だから、椿は予知ができなければならなかった。
できていれば、柊華姉ちゃんに違う何かを提示できたかもしれないからだ。そうであれば、オレと椿を殺すなんて結果を導くことはなかったかもしれない。
もちろん、これらはただのか細い可能性だ。そんなモノに可能性を見出すのはバカバカしいと一笑に付すべきだし、あまりにもテキトーな夢物語だ。
だが、そこには可能性がある。可能性が存在してしまうのだ。
ならばそれは無力ではない。何の具体性もない予知と比べれば、遙かにマシな結果を生む。生むに決まっている。
椿はそう思っている。
「頑張る頑張る頑張るって、私のはそればっかり! 何の具体性もない! 抽象的すぎて誰も導けない! 助けられない! 今だってそう!」
椿は涙を流していた。泣いていた。自分の情けなさに耐えられなくなっていた。
扉の向こうで荒灰のおっさんと霧灘が戦ってくれている。今は泣いていい状況でも場合でもない。そんな暇があるなら一刻も早く逃げるべきだ。
しかし、だからこそ椿は泣いている。泣いてしまった。
身近な存在である柊華姉ちゃんが追い詰められていた事や、オレが銃で撃たれる事もわからない。
予知ができるのに。予知のノヴァラージュなのに。
何もわからない。何の意味もない。
きっと、今の椿は生きる意味すらないと思っているだろう。
「頑張る、か。いいじゃないか」
だから、オレは椿に言わなくてはならなかった。
「お前の予知はもの凄く良いモノだとオレは思うぞ」
オレは椿のノヴァラージュの力を知っている。その力は無力なんかじゃないと。凄い力なのだと、教えたいと思った。
「たしかに、お前の予知はいつだって肝心な所が解らない。柊華姉ちゃんの予知みたいに解りやすくないから、いつも振り回されるし、頑張ってとかで、重要部分が濁される」
椿の予知は肝心な部分が抜けている。あまりにもテキトーに見えるので、普通の誰かなら呆れるか怒るかして去ってしまうだろう。付き合えるのはオレぐらいしかいない。
「でもな。お前の予知は“頑張るだけ報われる”んだ。努力の分だけ明るい結果が帰って来る。徒労や無駄なんてモノが生まれない、そういう予知なんだよ」
これは柊華姉ちゃんの予知とは真逆のモノ。
椿のノヴァラージュとしての力だ。
「世の中ってのは、あまりにも努力が無駄になりやすい。『努力に意味があるかわからないが、成功した者はすべからく努力している』なんて言うけど、そんなあやふやなモノを信じて頑張るのは難しい。先が見えない暗闇の中を何の頼りも無く歩き続けるなんて気が狂いそうになる。だって、正しいか正しくないかを探そうとすれば、圧倒的に正しくない方が多いんだからな。正しいってのは一つしかなくて、それ以外は全部正しくないになるから」
意味のない努力、見当外れの頑張り。
それは本人が真剣にやった結果なのに、あざ笑われてしまう。たった一つしか無い正解にたどり着ける人間はほんの少しだけだ。
「でも、お前の予知はそれらを良しとする。頑張ったなら頑張っただけの報いが必ずあるんだ。公園での猫探しだって、オレとお前で頑張って探したから見つかった。エンドレス工場の時だって同じだ。爆弾解除の時はかなり参ったが、最後まで諦めず頑張れたのはお前の予知があったからだよ」
頑張れば頑張った分だけ見返りがある。意味がない、見当外れなんてモノはなく、どんな努力も己の実を結ぶ。
それはどんなに素敵な事だろうか。
「お前の予知にある“頑張る”ってのは、最後に必ずハッピーエンドを待たせてるんだ。素晴らしい力としか思えない」
それができる椿のノヴァラージュの力。
その優しさと暖かさはこの世になければならないモノのはずだ。
「今日の予知は「頑張れば全て良くなる」だろ? テキトー上等だ。今日の出来事を笑い話にするために頑張るさ。どんなに絶望的状況で泣いてもギリギリ踏ん張ってやる。何の打開策がなくても見苦しくあがいてやる」
オレは立ち上がり自身の状態を確認する。さすが情報流体生命金属だ。さっきまであった負傷がほぼ消えている。もう行動開始しても問題ないだろう。
「お前がいくらへこんでも、その度にオレがお前の凄さを証明してやる。頑張ってやるよ。今までずっと椿の予知を実行してきた占い部副部長のオレが言ってんだから、少しは信用できるだろ?」
「…………ありがとう要ちゃん」
椿は自分で流した涙を拭いた。もう悲痛な面持ちはなく、僅かに笑顔があった。
「ちょっとは元気になったみたいだな」
「うん。元気でた」
「ならよかった」
オレはぐしぐしと椿の頭を乱暴に撫でる。椿は「いきなりでビックリだよぉ」と言いながらもされるがままだ。悪い気はしてないらしい。
「じゃ、頑張ってくる」
「…………うん」
オレは非常扉を開けて戦場へ戻る。
椿の優しい視線が背中を押してくれた気がした。




