第17話 テロリスト
「摩利支天の犬が二匹か。何処でも嗅ぎつけてくるヤツらだ」
揺れ一つ起こらなかった雪風ペスキスタワーメインデッキ。
地上三百五十メートル地点にあるこの場所で、臥厳は受付カウンターに設置した複数あるモニターの一つを確認して、吐き捨てるように呟いた。
いくつもある液晶画面の一つが地下駐車場を映していたが、その画面はもう真っ暗だ。何も映っていない。地下駐車場で爆発が起こり、カメラが吹き飛んだせいだ。
カメラもその場にいた人間も、微塵も残さず吹き飛ばすには充分な爆発。
モニターできなくなった事から、それが臥厳の計画通り起こったのは間違い無かった。
「おい! 臥厳!」
メインデッキにある司令部には充分な数のテロリスト達が配置されている。臥厳の指揮に従う兵士達だ。微動だにせず、自分達の配置を守っていた。
だが、このメインデッキにはそれらの兵士以外、四人の人間がいる。
臥厳本人、手足を拘束されて動けない識那珂椿、その椿の隣で事の成り行きを見る識那珂柊華。
そして、臥厳に詰め寄る身の丈二メートル近い黒服の男だ。
「貴様が殺しを楽しむのは勝手だ。スポンサーである我が社が派手にやっていいといったのだからな。だが、忘れるなよ? お前に許可したのは今日のセレモニーを台無しにする事だけだ。必要以上に我が社に損害を出す事は許さん」
「早見さん何言ってんだよ。セレモニーの主催者はあんたらの事業(兵器開発部門)をやりにくくしてるんだろ? 武器や兵器売るより公共事業だ観光事業だってよ。その邪魔でたまらん主催者を確実に退陣させられる作戦を実行してるんじゃないか。社内抗争って大変だよな。全く興味ねぇけど」
早見と呼ばれた巨漢の眉間に雷のような神経が走った。
「ふざけた事を抜かすな。お前はただ楽しくテロをやりたいだけだろう」
「いやいやそんな事思ってないよ。俺はもらった金の分、司令官として働いてるだけだ。夜なべして頑張って作った発明品も投入してるし、楽しいだけなんて心外だね」
「そこのノヴァラージュの力を使って遊んでいるくせにか!」
早見は柊華に視線を向けた。
「予知のノヴァラージュの力を使って好き放題しているクセに調子いい事言うんじゃない! 回りくどいやり方しやがって! 予知できるならもっと直接的にやれるだろう! 実際あの摩利支天の二人はもっと早く殺せたはずだ! わざわざ地下に誘い込み爆発で殺す必要はない! このノヴァラージュの護衛をしていた三人の摩利支天の時も同じだった! 三人も殺した事で無意味に摩利支天に警戒されているんだぞ!」
早見は柊華を憎悪するように睨み付けている。
人間の皮を被った醜い異性人を見るような目つきだった。
「やり方が全くスマートではない! ノヴァラージュとかいう人外に浮かれているのがその証拠だ! 無意味に名を名乗る! 回りくどく地下におびき寄せる! そこにいる我が社が雇った兵士を敵諸共殺す! 地上から三百五十メートルあるこんな場所を司令部にする! ノヴァラージュの力で余裕をかますのはいい加減にしろ! この状況を引き起こしたのはお前のクソにも等しい油断だ! ガキが!」
早見は興奮気味になっている。臥厳のやり方や、その指示元である柊華が余程気に入らないらしい。
吐き捨てるように言った後、早見は全く悪びれずに臥厳の前へ立とうとした。拳の一発でも浴びせないと気が済まないのだろう。
だが、それはできなかった。
「OKOK。それがあんたの遺言か。死後二秒までは覚えといてやるよ」
早見の眉間に臥厳は銃口を突きつける。
「な、何の真似だ?」
「見ての通りだ。人生の最後が訪れたんだよ」
臥厳が何をしようとしているのか、この状況でわからない早見ではなかった。
「わ、私はお前のスポンサーだぞ!? この事件の責任者だ! その私を殺せばお前に金は入らない!」
「俺はビジネスマンだからな。ちゃーんとあんたの上の人達に確認してるよ? 監視役の早見様が現場にいると、どんな危険に晒されるかわかりませんよ、ってな。で、返答は別に死んでも構わないってさ」
「な、なんだと!?」
「会社に尽くす社員と思われてるんだな。幸せもんだ。二階級昇進間違いなし。よかったよかった。大出世だ」
早見の眉間から臥厳が銃を下ろす気配はない。
「ま、何にせよあんたはここで死ぬべきだよ。人生の曲がり角が来る前に死ねるんだ」
「ワケのわからん事を抜かすな! 私が死ねばエンドレスは絶対に――――――――」
「ばーん」
銃声がメインデッキに響き渡り、動いていた早見の口が止まった。
巨漢がドサリと地面に横たわりピクリとも動かなくなる。即死だった。
「コイツ、幸せに死ねたか?」
臥厳は笑いながら柊華にに声をかける。
「…………そうね。予知で最良の死に方よ」
柊華はうまく茹で上がったパスタを味見したかのように、満足気に呟く。
殺人を見たはずなのに柊華は全く動揺していなかった。
「………………お姉ちゃんどうしちゃったの? 何があったの?」
椿は目の前にいる姉が何者かわからなくなってくる。
少なくとも椿の知る柊華ではない。
椿の知る柊華はいつも明るさを振りまく太陽のような姉で。
目の前で起こった殺人を何でもないように眺められる姉ではない。
「私はどうもしてないよ椿ちゃん。いつもの私だよ」
「違うよ! 私の知ってるお姉ちゃんはそんな目してない!」
「いつもこんな目だよ。椿ちゃんは私の本当の目を知らないだけ」
その目に滲む灰色は、椿の知っている姉の目ではなかった。
「予知のノヴァラージュって凄いよね。見た人の未来が全部見えちゃうんだもん。その人が何をするのか、この先どうなるのか全部まるわかり。まるで神様みたいだよ」
柊華は自虐的な笑みを浮かべる。
「でもね椿ちゃん。予知のノヴァラージュは神様じゃないの。私はみんなの未来がどんなに見えようと………………その未来を変える事はできないんだ。そこに至るまでの過程は変えられても、辿り着く結果は変えられない。何も変えられないんだよ」
その自虐的笑みにあるのは諦観で、これまでとこれからの全てに屈服していた。
「だからね。私は椿ちゃんが幸せなまま死んでほしい。要くんも同じ。私はずっとそう思って生きてきたの」
柊華は椿への愛情で溢れている。それは間違い無い。
「このテロは椿ちゃんと要くんのためにやってもらってるの。二人が一番幸せに死ぬためのお膳立て。それが私の予知で見えた二人の結果なんだ」
だが、その愛情は目と同じ灰色に染まっている。
「だからね? 怖がらなくて大丈夫だよ椿ちゃん」
手足を縛られた椿には何もできない。
椿はただ柊華を悲痛な眼差しで見る事しかできなかった。




