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第15話 イーサン・ハントになった代償

「ゆっくりと両手をあげろ。許してやるのはそれだけだ」



 「マジかよ。本当に時間ピッタリにいやがった。信じらんねぇな」



 声と気配からしてオレの後ろにいるのは二人。


 オレは言われた通り、ゆっくり両手を挙げた。


 その際、ゴソゴソと身体を探られ、持ち物全て放り出される。


 スマホが地面に転がり、それを男の一人が踏み潰した。バキリと破壊音が響く。もう仕様は不可能だろう。


 ――――――――中央ホールで没収しなかったスマホがここで壊された。


 どういう事だ? 違和感しかない。どうせ壊すのなら、あの時した方が効率的なはずなのに。


 なんだか、ここでないとスマホは壊せないとでもいうような展開だった。



 「ここで何をしている?」



 オレは二秒程黙った後に口を開く。



 「聞くまでもないでしょう。トイレでお楽しみが始まりそうだったので、混ぜてもらおうか迷ってたんです」



 そんな軽口を叩くと、後頭部の銃口が乱暴に押しつけられた。


 そのままオレの額が派手にドアへぶつかる。



 「ふざけるな。その落ち着きようからして、お前はその辺の一般人と違う」



 「あと、もう色々とバレてんだぜ? そうじゃなきゃこんなタイミングで俺達が現れるワケないだろ?」



 「おい! うるせぇぞ!」



 喋っているし、派手な音も鳴らしたのでさすがに気づいたようだ。トイレのドアが開き、

お楽しみを始めようとしていた男三人の不機嫌な顔が並ぶ。



 「お前ら注意不足だぞ。コイツは今ここで――――――」



 一瞬、オレに銃を突きつけている男の注意が三人へと向いた。


 チャンスだ。



 「ふっ!」



 オレは身体を僅かに右へ逸らし、銃を突きつけている男の手を左手で殴りつける。


 銃が地面に落ち、それと同時に男の左手から大量の血が派手に吹き出した。男の左手がひしゃげたのだ。



 「がああああああああああ!!??」



 バキバキに折った割り箸みたいに原型を留めていない。骨が肉からはみ出し、溢れ出す血はケチャップみたいに手に塗れて、その血が地面に垂れている。



 「な、ななんなんななななん!?」



 何が起こったか理解できない顔だ。


 それはそうだろう。オレはただ男の手を殴っただけなのだ。それだけなのに、左手が使い物にならなくなってしまったのだから。



 「はあッ!」



 そのままオレはトイレにいる男の一人に、左手を下から突き上げて力任せに殴りつける。


 アッパーカットだ。無防備な顎に命中し、鈍い音が聞こえたと同時に男の身体が上空に吹っ飛ぶ。



 「がぶふっ!」



 男は受け身もとらず、そのまま地面に倒れ込み動かなくなる。左手をひしゃげさせた拳の一撃だ。もう二度とまともに食事はできないだろう。



 「くそガキッ!」



 隙を突いたとはいえ、二人も相手にすれば銃を構える時間を与えてしまう。背後に残っている男がマシンピストルをコチラに向けた。


 オレはテロリストの男達に挟まれている。なので、トイレ側にいる男達と同士討ちさせようと考えたが、トイレ内には高野美玲がいる。流れ弾が当たってしまうかもしれない。



 「ちッ!」



 この辺りに隠れる場所は無い。このままでは蜂の巣にされて終わりだ。


 オレはトイレ側から離れ壁を背にすると、左腕を身体の前に構えた。



 「血迷ったッ! そんなんで防げるわけねぇだろ!」



 トイレ側にいる男もマシンピストルを構え、計三つの銃口がオレを捉えている。



 「死ねッ!」



 マシンピストルが一斉に火を噴いた。バラララッ! と死の音が響き、一人を殺すには充分すぎる弾丸の雨がオレに降り注いだ。



 「「「――――――――――なッ!?」」」



 三人が撃っているのだ。誰だろうと一秒も引き金を引けば目の前の人間を殺せる。銃とは殺人兵器であり、人間の身体は発砲に耐えられない。



 「なんだコレはッ!?」



 「どういう事だよ!?」



 「わけわかんねぇぞオイ!」



 だが、テロリスト達は二秒経っても三秒経っても撃つのをやめなかった。引き金に手をかけたまま、オレに弾丸の雨を降らせてくる。


 五秒も経つと弾丸の雨は止んだ。弾切れになり、嵐の前のような静けさがやってくる。


 その静けさの中、テロリスト達はオレの左腕を凝視している。


 オレは左腕を元の形に戻した。



 「な、なんなんだその腕は!?」



 テロリスト達が信じられないのは無理もなかった。必殺と確信して銃を撃った時、あり得ない光景を見てしまったのだから。



 「見ての通りだよ。わかるだろ?」



 オレの左腕が銀色に変わった事


 その直後、オレの左腕が盾の形に変形した事。


 それが銃弾全てを防いだ事。


 人間がそんなのできるワケない事。



 「オレ人間やめてるんだ」



 そう、オレの身体はあの飛行機爆破テロ以降まともじゃなくなった。


 この情報流体生命金属(銀色の左腕と左手)がその証。


 オレはこの銀の左でテロリスト達を葬るべく突撃した。









 あの飛行機爆破テロがあった日、オレは摩利支天の医療部に搬送され手術を受けた。身体の大部分が損傷していたオレの身体は、現代の医術で手がつけられるモノではなかったのだ。


 摩利支天はあらゆる技術や技能が現代の遙か先を行っている。それは医療も例外ではなく、オレを助けられる可能性があるのは摩利支天だけだった。


 だが、それでも無理だった。


 あまりにも損傷が大きいオレの身体を治療するのは摩利支天でも不可能だったのだ。


 そのため、飛行機爆破テロから助かったのは識那珂柊華と識那珂椿の二人だけ。


 オレはそのまま死ぬはずだった。


 そう、死ぬはずだった。


 情報流体生命金属。


 その奇跡みたいなモノがなければ、オレはとっくにこの世にいなかっただろう。



 「私は今でもお前への決断が正しかったのか…………迷っている」



 あの日、情報流体生命金属は即座にオレに使われた。


 開発部の都合、緊急性、オレの適正、人体実験によるデータ、上層部達の興味、等々の思惑やらタイミングやら何やらが入り交じった結果だ。簡単に言えば運がよかったのだ。


 情報流体生命金属が移植されオレの身体は元に戻った。


 その使用を最終的に許可したのは朝菱先生だった。



 「人は身体を動かせば疲れるし腹も減る。マズい食事を食えば顔を歪めるし、徹夜を続ければいずれ睡魔に負ける。好みのスタイルをしたタイプ(異性)が前を通れば目で追ってしまうし、そのタイプ(異性)に対して都合の良い妄想もする。好きな漫画や小説を読んだり、好きな音楽を聴けば気持ちが高揚するし、気の合う者達で街を歩くのは楽しいだろう」



 情報流体生命金属の移植効果はもの凄かった。


 手足はもちろん、半壊した心臓や破裂していた内蔵等の全箇所が元通りになり、後遺症も何もない。至って健康な身体になった。今のオレを見た医者に「以前は身体の大部分が損傷してた」なんて言っても信じないだろう。


 須部原要は情報流体生命金属移植成功例の一つとなった。



 「だが、それらは今のお前にとってやってもいい事に成り下がった。簡単に言えば、本能や感情というモノを無視してしまうようになったんだ」



 故に代償はあった。


 元に戻ったのは外見だけで、須部原要という自身が大きく変わってしまったのだ。



 「情報流体生命金属を移植されたお前は寝る必要がなくなった。疲れもしないし、腹も減らない。うまい食事かまずい食事かもわからないし、そもそも食べる必要がない。好みのタイプ(異性)など気づけないし、漫画や小説を読んで感情移入する事はできないし、音楽を聴いて気持ちが高揚する事もないし、気の合う者達という感覚はわからない」



 これが情報流体生命金属で助かってしまったオレの変化だった。


 オレは所謂“人として当たり前の事”ができなくなったのだ。


 まあ、別にできくなくなっても、わからなくなったワケじゃない。感じ取れずとも、そこに予測が働けばどうにかなる。人と会ったら挨拶を忘れないといったように、ちょっとだけ気をつければ問題ない。


 ――――――この『ちょっとだけ』がなかなか難しいのだが、さすがに十年もやり続ければ慣れた。どうしても普通より反応が冷静だったり冷淡だったりになりやすいが、それらは個性と思われる範囲に留められている。


 だが、次に関してはどうしようもなかった。



 「そしてお前は………………もう二度と赤い血を流せない」



 そう、オレの身体を巡る血は銀色に変わっている。情報流体生命金属が血管を流れているからだ。怪我をすれば銀色の血が出てしまうので、オレは血を見せない生活が必須になっている。


 「さらに情報流体生命金属には防衛特性がある。お前が相手を敵と判断すれば、その左腕は本来の姿(銀色)を晒すんだ。お前が何の訓練もせずとも、お前に何の才能もなくとも、情報流体生命金属はお前を一時的に覚醒させ、神や魔王が力を与えたかのような身体能力になる。情報流体生命金属そのものも武器や防具となってお前を助けるだろう」


 聞こえ良く言うなら、改造手術を受けたヒーローのようなモノだ。


 普段は何ら変わりない人間だが、危険が迫れば眠っている力が解放される。情報流体生命金属がオレを生き長らえさせようとするのだ。


 普段なら絶対に助からない状況でも、絶対に死ぬ事態が起こっても、今のオレなら強制的にその危機を脱せてしまうだろう。



 「私は………………いつかお前がお前ではなくなってしまうと思っている」



 当たり前だが人間には身体がある。そして、その身体から精神が生まれ、さらに自我や感情といったモノも生み出し、人が作り上げられていくのだ。


 そう、つまり身体がなければ人間は人になる事はできない。



 「お前には銀色の血が流れ、意識しなければ人の反応ができず、情報流体生命金の防衛特性を覚醒できる。それらの、人外になった事で備わったモノが……………………お前を歪めていくのではないかと」



 銀色の血と、成り下がった人の反応と、覚醒できるこのまがい物の身体(情報流体生命金属)は。


 果たして須部原要という存在にしてくれるのだろうか。



 「私はお前を蘇らせた。本来死ぬはずだったお前をエゴで復活させてしまったんだ。復活したお前は須部原要になれるのか………………考えもせずに」



 一人の人間を助けた。死にそうだった四歳の子供の命を救った。道義的に救わなければならないと思った。誰からも褒められる事をした。悲しむ者は誰もいなかった。


 オレを助けた朝菱先生が間違っているはずがない。


 だが、朝菱先生は情報流体生命金属(反則技)でオレを救っている。そのせいで、救った事は正しいと胸を張れない。


 その証拠に、オレは普通の人間とは呼べないモノになってしまったのだから。



 「大丈夫ですよ先生」



 だから、オレは先生に「心配しないで」といった。


 楽観や気休めなんかじゃない。


 何故なら、この身体になっても間違い無く“オレという核”はちゃんと残っていたからだ。



 「大切な人を大切だと思える。それにまつわる感情。そこは何も変わってませんから」



 大切な人物に対して身体や感情が勝手に動く。



 それだけは以前のままだ。


 「オレはオレのまま今も生きてますよ」


 そう、それだけは何も変わっていない。


 オレは椿や柊華姉ちゃんや朝菱先生といった人達が、自分にとって大切な人物だと心から思える。

 きっとこれからも。


 だから、そんなオレが摩利支天に入り、朝菱先生の部下に志願するのは自然な流れだった。

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