第11話 ここから事件がはじまるんだ
「わぁ。もういっぱい人並んでるね」
風雪ペスキスタワーまでもう少し。パンフレットに書かれているタワーを囲む様に作られたショッピングモール“ペスキスタウン”の入り口前には充分な広さがあり、そこで行列ができていた。
世界で最も早くタワー内に入れて、総理大臣や他国のお偉いさん達や呼ばれたゲスト達を生で見られる権利を持つ者達である。オレや椿もそうだけど。
もちろん、既にセレモニー席はチケット番号から抽選で選ばれている。そのため行列を作る意味はないのだが、これは日本人の特性と言うべきだろう。時間前は勝手に列ができあがるモノなのだ。
オレと椿も並ぶ理由は無いが、並ばない理由も無いという事で、列の最後尾につく。この辺りをウロつく用も無いしな。
「はー、なんか色々並べてるね」
「スポンサー企業達だな。ここを軽い商品お披露目会場にしてんだろ」
車やら自転車やら掃除機やら洗浄機やらジューサーやらエナジードリンクやらカップラーメンやら、様々な商品達が行列の側に展開されていた。
これらは全て雪風ペスキスタワー協賛企業の商品で、その展示会が行われているのだ。初日のタワー側で展示会とはさすが協賛企業だ。スペースも広く取られている。
その中で一際目立つスペースがあった。
「要ちゃん…………アレ凄くない?」
「絶対に並べすぎだよな。つか、あんなに並べる意味あるもんなのか?」
展示会場の三分の一はあるだろうスペースを洗濯機が占領していたのだ。
この広場が軽い球場くらいあるので、そこに洗濯機達がズラリと並んでいる光景は圧巻だ。規則正しく整列されている様子は軍隊に見えなくもない。
しかも、今もまだ洗濯機達が忙しく運ばれている。作業着を着たおっさん達がえんやこらと汗水流して仕事をしており、オレはそれを見て「ご苦労様です」と労わずにはいられなかった。労働って大変だよホントに。
「ううう。私、生きててこんなに洗濯機見たの初めてだよぉ」
「なんでビビってんだお前は。いや、わからんでもないけど。オレも少しビビってるけど」
あまりに一帯を埋め尽くしている洗濯機達に引いている椿だったが、わからなくもない。何かが規則正しく立ち並んでいれば、圧巻と不気味がセットでついてくるもんだし。
洗濯機には目立たず、だがはっきりと解るように、エンドレスの社名が書かれていた。天宮高校の隣に大きな工場を持っている、あのエンドレスだ。
エンドレスは風雪ペスキスタワーに最も資金を出しているのだろう。この圧倒的スペースがその事実を無理矢理教えてくる。つか、エンドレスはどんだけ金出したんだよ。どんな金額を出せば、タワー前を洗濯機で埋め尽くせるスペースをもらえるんだよ。あと洗濯機の種類多すぎない? なんか扱いが別格すぎんか??
そんな圧巻のエンドレス洗濯機軍団を眺めているオレと椿だったが。
「ん?」
何故かオレ達の目の前にも洗濯機が運ばれてくる。かなりの大きさだ。家庭洗濯機の数倍はあるんじゃないだろうか?
それをたった一人の中年男性が運んできた。肩幅が広く、ゴツいという言葉が似合う男性だ。洋画に出てくる屈強な傭兵みたいで、鍛えているのが作業着の上からでもわかる。いや、それでもこの洗濯機を運べるのは凄いと思うけど。
「あの、これ何ですか?」
ただの偶然だと思う。だが、側に置かれたのではどうしても気になってしまうので、オレは思わず中年男性に質問した。
「サプライズなんだと」
「サプライズ?」
「ここからまさかな人物が出てくるんだ。サプライズだろ?」
この中年男性にはネタバレという概念が無いらしい。
「あの、それ言っていいんですか?」
「別にいいさ。そういう気分だからな」
多分だが、この洗濯機の中には柊華姉ちゃんがいる。チケット持ちの客が驚いて喜ぶとすれば、総理大臣なんかより姉ちゃんの方が安定と思うからだ。
洗濯機が大きいのは人をスッポリ入れるためだろう。普通、洗濯機にこんな大きさは必要ない。今回のためだけの特別製だな。ただの業務用洗濯機なだけかもしれんけど。
「しかしお堅い相手との仕事は面倒だ。もっと自由にやらせてくれれば楽なんだが」
中年男性は何やら愚痴りだした。
「スポンサー様ができるだけ派手にやれって言っててな。風雪ペスキスタワーのお披露目会を使ってなるべく驚かせたいらしい」
なんかペラペラ喋るなこの人。営業とかプロデューサー(知らんけど)みたいな喋りだ。知らない人物と話すのに馴れている。
「オレとしてはサクッと仕事終わらせたいんだが、それはスポンサー的にはダメなんだと。遠回しで面倒くさくて効率的じゃなくても派手な方を選べってな。だから頑張って、おじさんは洗濯機達を色々と改造したワケだよ。ったく、社会の辛い所だよな?」
「は、はぁ…………」
同意を求められても困るんだが。愚痴を言われてもどうしようもないので気の抜けた返事しかできない。オレなんかに言っても意味ないと思うんだけどな。
でも、愚痴にしては何か楽しそうに喋ってるように見えるが、気のせいだろうか。
「オレはさっさとタワーを派手にぶっ壊したいんだがな」
中年男性は手で何か打ち上げるような仕草をしながら、ごく自然にそう言った。
「ミサイルでドガーンとか最高だろ?」
「は? ミサイル?」
このオッサン何を言ってるんだ? ギャグで言ってるなら色々と笑えないぞ?
「完成初日にバラバラになったタワーが地面に降り注ぐ。最高のエンタメだ」
「え、えーと…………」
「冗談冗談。真に受けなさんな」
中年男性は最後にそう言うとこの場を去っていった。風雪ペスキスタワーの中へ入っていく。当たり前だが関係者のようだ。
「何なんだあのおっさん?」
何かあの中年男性には仄暗い悪意というか、瘴気と身体が一体化した異様さというか、そんな不気味さがあった。直感としか言いようがないが。
ほんの少し会話しただけだが、オレはあの中年男性が無性に気になっていた。
「要ちゃん…………」
それは椿も同じだったのだろう。身体が僅かに震えており、その原因がさっきの中年男性なのは明らかだった。
「何怖がってんだよ。洗濯機運んできたただのおっさんだろ?」
「う、うん…………」
「もうすぐセレモニーが始まる。姉ちゃんは絶対にオレ達を見つけるだろうから、そんな顔してたら心配するぞ?」
「そ、そうだよね。お姉ちゃんの晴れ舞台だもんね!」
椿は頬をペチペチと叩いて「元気出せ識那珂椿!」と自分を鼓舞した。
開場まで五分を切る。
その時、オレ達の傍の洗濯機から派手な音がなった。
突如爆音が鳴り響き、黒髭危機一髪みたいに洗濯機の中から人が飛び出して来る。
この場にいる者達がその人物、ジプシーな衣装を着た柊華姉ちゃんに全員の視線が集まった。
「はーい注目ー! シューカからみなさんに注意事項でーす!」
数秒後にシュタッと洗濯機に着地(タイミングよく蓋が閉まった)した柊華姉ちゃんがドヤ顔を決めると「シューカだ!」と、周囲がザワザワと騒ぎ始めた。ジプシースタイルは占い配信でいつも着ている衣装だから、すぐに気づかれたようだ。
「あれれー? サプライズだったんだけどなー? 驚いてくれない人がいるぞー?」
柊華姉ちゃんがオレに視線を向けた。目の前なのでバッチリ目が合っている。
ヤバい。この展開を思い切り予想してたせいで反応できなかった。
ちなみに椿はちゃんと驚いている。突然出てきた姉ちゃんにビックリして、宇宙人でも見たかのような顔をしている。
いかん、コレではオレだけ冷めたガキんちょみたいじゃねーか。
「ま、嬉しい反応してくれなかった人がいるのはしょうがないって事で。じゃ、これからペスキスタウン、風雪ペスキスタワーに入る人達に注意事項言いまーす。聞いてくださーい」
だが、その辺はプロの柊華姉ちゃんだ。仕事がやりにくなっても、それを気にしたそぶりなくサラッと続ける。
柊華姉ちゃんは時折り笑いを交えながら注意事項を言い、適度に客達のリアクションに反応する。その喋りは滑らかで、誰もが柊華姉ちゃんの話に耳を傾けていた。
「では時間です! 入場してくださーい!」
注意事項が終わると、姉ちゃんは行列を引き連れてタワー内へ向かった。先頭を歩き「走っちゃダメですよー」と言いながら行列が乱れないよう注意する。
大勢が観光に来る事を見越しているのだろう。風雪ペスキスタワーの横も縦も大きな自動ドアが行列を飲み込むように開く。
「ワクワクしてきたね要ちゃん」
「そうだな。どんな風になってんのかな」
周囲でもオレ達と同じような話をしている。「超天望回廊から早く外を見たい」とか「お土産何があるだろう」とか「どんなお店があんのかな」とか「九百メートルはやり過ぎだろ」とか色々だ。
「このタワーって高さだけじゃないよな。横幅もかなりある」
「うんうん、ペスキスタウンとっても広いよね。きっと楽しめる所がいっぱいあるよ」
このペスキスタウンがあるためタワーの低階層内部は本当に広い。越谷レイクタウンに匹敵するくらいの広さがあり、サッカーやらラグビーやら野球やら同時に行えそうに思えてしまう。
まだ店は開店してないが、セレモニーが終わり次第賑わうだろう。何故か従業員達はいないが、準備で忙しいのかもしれない。何処も商品の陳列が乱雑にされてるだけで、段ボールなんかも出しっぱなしだ。
床にぬいぐるみ達が散乱してたり、揚げ物がショーケースの上へ雑に置かれてたり、アイスケースが開けっぱなしだったり、お金の入ったレジが開きっぱなしだったり色々と忙しそうで―――――――――――って、ちょっと待て。
それはちょっとあり得なくないか?
「ねぇ、要ちゃん…………」
「ああ、わかってる」
椿も同じ事を思ったようだ。
何処かタワー内がおかしいと。
「なんでお店の人いないの? こんなに人がいないって変だよね?」
「ああ…………」
いくら準備で忙しいからといって、もうちょっとで開店なのだ。今日は初日なので特に忙しくなる。どの店も充分な人員を用意してるはずだ。なのに、人の気配すら無いのはあまりに変だ。
店員達は何処に行ったのだろう。セレモニー会場にいるのか? でも、なんの整理もせず店を空けるだろうか。
「要ちゃん。その、変な事聞いちゃうんだけど…………」
行列を作っていたオレ達以外、タワー内に誰もいないのは絶対におかしい。
案内してる柊華姉ちゃんなら何か知ってるのだろうか? だが、先頭はずっと前だ。聞きに行けない。
「これって完成披露セレモニーじゃない感じがして――――――」
そこまで椿が言った時だった。
オレ達はタワー一階中央のメインホールに辿り着き、そこで見たのだ。
「椿…………お前の言った通りかもな」
大勢の人間がここに集められているのを。
総理大臣に他国の高官達に店員達や警備員等々の人達が、メインホールの中央で怯えるように座っている。何故さっきまでペスキスタウン内に人の気配がなかったのか一発で解る答えだった。
異様な状況だった。少なくともセレモニーが始まるような空気ではない。




