第10話 ヒロインを励ましてこそ主人公
「か、要ちゃーん! 待ってよー!」
「待てって、さっきからずっと手を握ってるだろうが」
「だ、だってそれだけじゃ不安だよぉ」
「じゃあ何処握ればいいんだ? ほれほれ、言ってみ?」
「ううう…………要ちゃんがセクハラ発言してくるよぉ」
「なら、手だけで満足しとけって」
風雪ペスキスタワーの完成披露セレモニーの当日。オレと椿はパンフレットを片手に、ごった返すタワー付近の広場を歩いていた。
快晴に恵まれ眩しすぎる青空の下、とにかく人が溢れている。ダッシュなんかしたらピンボールのように弾かれるのは必至だ。あっという間に外に追い出されてしまうだろう。
「こんな光景を風雪市で見られるとは思わなかったな」
「風雪タワー凄いよね。今までだとあり得ない光景だよ」
「イベント効果もあるんだろうけどな」
風雪市内で歴代最高の人混みじゃないだろうか。出店が多く威勢の良い客引きが行われている。普段じゃ見られない光景ばかりで、こんなに騒がしく活気のある街並みは二度と拝めないだろう。
さらに警官がそこら中に立っているので治安態勢万全ときたもんだ。
本来なら人の行き交いが多すぎてスリとかやり放題なんだろうが、ここでそんな犯罪したら即逮捕だ。この状況でやるヤツいたらある意味凄い。
最高のお祭り騒ぎに最高の警戒態勢。
今日に限るなら、ここは世界一騒げて世界一安全な場所だ。
「凄い人数だよね。ここからは風雪ペスキスタワーまで遠いのに。タワー近づくともっと人が多そうだよ…………」
「いや、タワー側はここまでじゃないだろ。出店やらなんやらで騒げるのは、ある程度離れた場所じゃないとダメらしいからな。タワー間近はチケット持ってるヤツと、タワーを見上げたいヤツしかいないと思う。セレモニーもタワー内でやるから、外にいたんじゃ見えないし」
朝菱先生から聞いたので間違いない。摩利支天なら警察の警備状況など簡単にわかるし、観光客の動向なら尚更だ。素人の動きを専門家が予測できないワケがない。
「じゃあもうちょっと行けば歩きやすくなるかな?」
「だと思う」
オレと椿は、今日から正式に風雪市最大の観光名所となった、雪風ペスキスタワーを見上げる。
しかし本当に大きい塔だ。今日は快晴だからどうにか天辺が見えるが、こんな日はあまりないだろう。オープン初日に全長九百メートルを綺麗に見上げられるのは、ラッキー以外の何物でも無い。
「ほら、行くぞ」
椿の手を引っ張って人混みを掻き分けていく。
手を握ってるのではぐれる事はないだろう。だが、椿を安心させるためにオレは何度も振り向きながら歩く。不自然にならないようチラチラと。
「だ、大丈夫だよ。要ちゃんの手は離さないから…………」
だが、そんなオレの努力は無意味だった。なんか遠回しに怒られていると思われている。そんなつもりは全く無いのだが。なんてこったい。
「あっ…………!?」
と、そんな事を考えていると、椿がバランスを崩した。
この人混みだ。足下なんか見えなかったのだろう。バランスを崩し、椿の身体が右に倒れていく。
「おっと」
オレは椿と握った手を引っ張りつつ、バランスを崩した椿をすぐに抱き留めた。どうって事はない。椿の身体は羽のように軽かったし、一応の予測はしてたからな。
「ご、ごめん要ちゃん…………」
「仕方ねぇよ。この人混みじゃコケるのはしょうがない」
見た所怪我はなさそうだ。服の乱れも無いし、このまま風雪ペスキスタワーを目指して問題ない。オレは椿の手を握りなおす。
「あの、さ。要ちゃん」
段々と人混みが少なくなっていき、風雪ペスキスタワーに近づいている実感が沸いてくる。出店の数も減ってるし、見上げる風雪ペスキスタワーも大きくなってきた。
「私ね。今朝、今日の事を占ったんだ」
「ん?」
椿は顔を伏せがちにオレへ聞いてくる。
「でも何も視えなかった。「頑張れば全て良くなる」って…………そんなふざけた予知しかできなかった………………いつもと比べて今日の予知は特に酷いよ。ちゃんと予知できてれば、さっきコケなかったのに」
どうやらさっきの事を気にしているようだ。いや、気にしているというより、スイッチが入ったと言うべきか。
椿の手に僅かな力が入る。
「そんなのどうでもいいだろ。気にする事じゃない」
「でも、私は予知のノヴァラージュなんだよ? なのに………………あの程度の事が視えなかった。占えなかった」
椿の予知は柊華姉ちゃんとは違う。
だから、さっきのなんて事なかったとはいえ、椿は自分がコケると予知できなかった。
「あの程度も視えないなら、いつか絶対に視えなきゃいけないモノが視えない時が来ると思うんだよ。例えば要ちゃんがその………………大怪我しちゃうとか…………そんな予知が」
言い澱んだのはあの飛行機爆破テロの事を思い出したのだろう。あの時のオレの重傷っぷりは半端なかったからな。
「ったく、今更な事気にしてんな」
「今更じゃないよぉ。いつもだよぉ…………」
これから見に行くのは柊華姉ちゃんの晴れ姿だ。風雪市どころか国の歴史として語られるかも知れない出来事に出席している。そこではきっと柊華姉ちゃんによる占いが行われ、風雪ペスキスタワーや街の行く末を視るのだろう。
日本だけでなく、世界各国のお偉いさん達を招いたイベントで占いをする。的中率が百パーセントとはいえ、占いなんていうオカルトをそんな豪華メンツの前でやるのだ。
これは、柊華姉ちゃんに対する世界の公式評価になる。識那珂柊華という人間がどれだけ人類に貢献できるかという結果がもうすぐ発表されるのだ。
それがどれだけ凄く、誇らしく、立派な事なのか。
椿はこの世で最も痛感している。
「なんで私はお姉ちゃんにみたいに予知できないのかな…………」
「……………………」
その椿の呟きからオレは察した。
椿は柊華姉ちゃんを祝福したいと思っている。応援したいとも思っているし、凄い姉だと自慢したいとも思っている。大好きな姉なのだから当然だ。
だが、それと同時に柊華姉ちゃんとの差がどんどん明確になっているのも事実だ。自分の能力がいかに低レベルか思い知っており、その質の違いがあまりにもはっきりと表れている。
そんな姉がいる場所へ向かう途中、小さいとはいえハプニングが起こった。どうでもいいハプニングだが、柊華姉ちゃんなら絶対に予知できた。
なのに椿はわからなかった。この程度の予知すらできなかったのだ。
「予知できない私は…………きっと…………」
だから、識那珂柊華が祝福されるのを見れは、その姉が偉大で残酷な存在へと変わってしまう。そう思うのは無理もなかった。
「ったくお前は。オレはさっきも気にするなって言ってんのに」
「だって怖くなるんだもん。大好きなお姉ちゃんなのに…………もの凄く大嫌いって思っちゃいそうで」
「お前、姉ちゃん嫌いなのか?」
「そ、そんな事ないよ! 大好きだよ! 大大大大大大大好きだよッ!」
椿は思い切り否定してくる。当たり前だ。椿が柊華姉ちゃんを嫌いなワケがない。
嫌いになりたいワケがない。
「なら、それでいいんだよ。本来、お前が思ってるのはそれだけなんだから」
「それだけって?」
オレは目の前の人混みを避けながら椿と話し続ける。
「お前は色々と心配しすぎなんだよ。小さい時オレにあった大怪我、あの時みたいな惨劇がまた起こるんじゃないかってな」
「そ、それは………………うん」
「お前が予知に拘っちまうのはのせいだ。とにかく凄い予知ができない人を守れない。凄い予知ができないと相手に危機を伝えられない。占いする意味がないってな」
椿はあの飛行機爆破テロがトラウマになっている。
まだ五歳にもなってない時にあんな凄惨な光景を見たのだ。しかもオレの親の死と、オレの死にかけた姿まで見ている。
なら、もうあんな光景は見たくないと強く心に刻んだだろう。そして、誰にもあんな凄惨な目にあわせたくないとも思ったはずだ。
だから椿は予知のノヴァラージュという、自分に覚醒した力をそのために使うと決めている。
「占い部は良い部活だ。偽善と言われようが慰めレベルと言われようが関係無い。実際感謝されてるしな」
そして椿は占い部を作った。
小さい活動だとしても、自己満足の偽善だとしても、それが自分相応の出来る事だと信じて。
「そう、感謝されてるんだ。ならそれで充分なんだよ。誰がお前を力不足なんていった? 誰がお前に姉ちゃんみたいになれっていった? お前はちょっとのほほーんとしてるだけの女子高生。それでいいんだよ」
「の、のほほーんは余計だよぉ!」
頬を膨らませながら椿が抗議する。いや、いつも一緒にいるオレがそう思うんだから間違い無いぞ。
「そもそも予知なんてのは、あまりに偶然な神様からの贈り物で、本来無いのが普通だ。なのに、それ以上を求めようとするなんて、都合良すぎるってもんだ」
「でもお姉ちゃんくらい予知ができないと………………誰かを守れない時が来るよ」
椿の顔は晴れない。まあ、そうだろう。オレは納得させようとしても、根本的な所を解決しようとしてない。
椿は誰も凄惨な目にあわせたくないと思っている。でも、それができるのは柊華姉ちゃんだけと思っていて、だからもっと高度な予知ができるようになりたいと思っている。
柊華姉ちゃんくらいにならないと、誰かを殺してしまう。
それはとんでもなく傲慢で寂しく悲しい願いだった。
「誰かを守れない? 何言ってんだ。そのくらい問題ねぇよ」
だが、椿はそんなモノを願う必要は無い。
「何故ならオレがお前に協力するからな」
オレは後ろを振り向き、椿の目を見て言った。
「…………え?」
椿から間抜けな声が漏れた。
常に「自分が」とか「自分で」とか思っていた椿だ。ノヴァーラジュの自覚もある。だから予想外の言葉だったのだろう。
「お前が守りたいモノは全部このオレが守ってやる。お前の不安は全部オレも請け負ってやる。どんなに絶望的な状況がやってこようとオレがどうにかしてやる。お前の心配事全てに付き合いまくってやる」
オレは正直に告げた。
椿は何もかも自分一人でやろうとしている。一人でやろうとするから、大きな力に黒い憧れを抱くのだ。力を持つ者の義務なんて勝手な重荷を背負うのだ。こうでなければならないと無意味に自分を追い詰めるのだ。
大好きな姉を嫌悪しそうになってしまうのだ。
「オレは占い部副部長なんだぞ? 予知だろうが何だろうが関係ない。いつでもガンガン頼ってくれ。悩みなんてのは一人で考えるとロクな事にならないからな。オレは頼りになるぞ?」
オレはノヴァラージュじゃない。椿や柊華姉ちゃんとは違って能力なんてモノはない。
人よりちょっと頑丈なだけだ。
だから、そんなオレでは椿の力になれないかもしれない。例え力になれても、そんなのはたかが知れているのかもしれない。決定的な理解者にはなれないかもしれない。
だが、オレは椿の力になりたい。
大事な人の力になりたいのだ。
そんな人達を決して悲しい思いをさせない“護衛”をしてあげたいのだ。
「……………………プッ。アハハハハハ! 似合わないセリフだよ要ちゃん」
オレの言葉がどう受け取られたのかわからないが。
「ふん、少しは陰気さがなくなったな」
「わ、私は陰気なんかじゃないよぉ」
少なくとも今の椿を笑顔にはできたようだった。
「うん、そうだね。予知のパワーアップなんてどうしようもないもんね。現実的な提案として、私のダメダメな予知のフォローは要ちゃんにやってもらうよ」
「そうだ。それが最もナイスな判断だ」
「アハハハハ。うんうん。そうだね」
今の椿からはさっきまであった真っ黒いタールのような暗さが消えている。なんだよ、コイツ思ったよりあっさり元気になるんだな。これならさっさと言うべきだった。でも、こういうのって時とタイミングが一致しても恥ずかしいもんだからな。慣れない台詞を言うのはなかなか難しい。




