一章3
試験開始とともに、街のあちらこちらで戯魔が大量に発生した。
その中でも特に巨大なのが空を覆い、ビルの上に着地――飛竜だ。
飛竜はその鋭利な爪でビルのコンクリを砕き、コンクリ片が安全のために空中で凍結処理され浮遊している――そいつは人気狩りゲーム『幻竜討伐伝』シリーズの〈緋吠竜〉だった。
皆が見上げて緋吠竜の存在に息を呑む。
そんな間にも、うじゃうじゃと湧いて出てくるのは、人気サバイバルホラーゲーム『アルティメット・パンデミック』シリーズのゾンビの群れ、老舗RPG『ファイナルドラグーン』シリーズの〈グリーンスライム〉や〈がいこつのきし〉などなど様々だ――さすがはゲーム会社連盟〈ギルド〉が主催する資格試験なだけある。有名どころがごろごろとあちらこちらに湧いている――そして、それぞれの戯魔の頭上には、加算されるのであろうポイントが出ており、ゾンビそれぞれには5から15ポイントに対し、緋吠竜は100000ポイントもあった。
あれを斃せれば、合格は確実なんだろうな。
んが――その前に死んじまう確率高し。
「じゃあな、ハンマーガール。健闘を祈るぜ」
「ありがとうございます、ガンズリンガーさん。お互いに頑張りましょうっ」
僕らは左右に散開――緋吠竜が翼をはためかせ、こちらに向かって来ていたのだ。ちらっと上空を見ると、緋吠竜の口腔には巨大な魔法陣が構築されていた。
まずい。
僕は咄嗟に走った。すぐ横手にあったファストフード店の窓ガラスに向け、魔卦拳銃を狙い即座に三発撃ち込み――走った勢いをそのままに窓ガラスに突っ込む。
窓ガラスが砕け散り、ガラス片とともに店内に転がり込む。
店内の椅子や机を避け、素早く本来の入口近くにあったカウンター、そのメニュー表やレジがあるそれを乗り越える――轟音――心臓にまで響く唸り声と、地面に巨大な質量が落ちた衝撃がこちらにまで伝わってくる。カウンターの内側で縮こまっていると、僕の上、カウンターの上を炎の下が舐めていき、僕の肌に放射熱の痛みを感じる熱さが撫でていく。
「……マジ、かよ」
ぶすぶすぶすと焼けて焦げた臭いを放つカウンターから、刀を出して鏡代わりにして辺りの状況を見る――と、そこには大勢の焼け焦げた受験生アバターがあり、その中には瀬野の姿も確認できた。が、完全に戦闘不能となり、全員が強制ログアウトにされていた。
瀬野とは行動を共にしなくてよかったようだ。
しかし――彼らはつまり、これで失格と。
開始してほんの数十秒ですよ?
それなのに、これを二時間やれと?
マジで?
討伐ポイント稼ぐ前に殺られるって!
僕は急いでカウンターの所から、従業員専用と書かれたドアを蹴破り裏口へと急ぐ――辛うじて生き残ったと思われる受験生たちの中から、100000ポイントに目が眩んだのか、緋吠竜に魔爻術を撃ち込んでいる雷鳴や爆裂の音が背後から響いてくる。
「あんなの勝てないって」
今回の実技試験は、それぞれのゲームの武器データを武器にインストールをせず、魔爻術という総てのゲームモンスターに効くが、その攻撃効果は同ゲーム武器データをインストールした場合に比べて、約半分のダメージとされている――つまり、あいつを斃すには、ゲーム時に緋吠竜を斃すときの約二倍の労力が必要となるのだ。
ゆえに、全員で協力戦しない限り斃せないって。
しかし、そうした場合、最後の止めを刺した者にのみ討伐ポイントが入る――つまり、誰も後衛に回らず、皆が前のめりに前衛として戦うから、ゲームをしているときとはわけが違う。
と言うわけで、僕はあいつを無視し――逃げる!
厨房を抜けて裏口を開くと、そこには〈グリーンスライム〉が、ぴょんぴょんと間抜け面で飛び跳ねていた。手にしていた魔卦拳銃で、地面を跳ねた瞬間、ダンッと撃ち抜く――緑色の粘液体が弾け飛び、それが一瞬にして電子塵へと還元――そして、その頭上に浮かんでいた数字が、討伐ポイントとして加算された。
1ポイントだった。
地面に転がった空薬莢が電子塵へと還元されていく間に、僕は路地裏から住宅街と思われるところへと走っていく――が、フィールド制限のためか、すぐに不可視の壁に阻まれ進めない。
「あー、クッソ」
遠くへは逃げられない、か。
半径一キロメートル程度ってとこか――緋吠竜がまた灼熱の炎を吐き出し、目の前まで炎が迫るのを、ビル内に入ることにより回避する。この炎の攻撃を止めない限り、二時間生存は絶望的だな――ならば、やるしかないッ!――ビルの玄関ホールから、非常口の扉を蹴破り非常階段を駆け上がっていく。
五階の扉を開く。
すると、強烈な臭気が鼻を突く。そこにはゾンビの群れがおり、こちらに向かって襲いくる――扉を即座に閉めて、さらに上階に向けて走り出す。バンッという音とともに、五階の扉が開きゾンビの群れが駆け上がってくる――その他の階でも扉の向こうで、バンッバンッバンッバンッと叩く音がする。どうやら、このビル全体がゾンビの溜まり場のようだ。
三〇階建てのビルを登り切り、屋上に到達した。
屋上にはゾンビどもはおらず、他の戯魔も今のところ前方に見える緋吠竜のみだ――そのとき、向かい側のビルから銀髪金瞳のハンマーガールが走ってきていた。
約三メートルのビル柵を跳び越え、ハンマーを振り翳して緋吠竜へ。
その巨大な鋼鉄のハンマーを緋吠竜の頭に振り下ろそうとした瞬間――緋吠竜に見つかってしまった。緋吠竜がハンマーガールに牙を剥こうと動く。僕は咄嗟に、魔卦刀を抜刀――魔爻原動機がある鍔機関部のトリガーを引き、空薬莢が一つ排出され、切っ先に魔卦陣が生成される――攻撃系雷電魔爻術〈雷攻一式[デジンア]〉――レールガンの一撃が、緋吠竜の右翼に着弾、その瞳がこちらを睨みつけたとき、ハンマーガールがハンマーを振り下ろす。
その巨大なハンマーは、重力魔爻術を纏っていた。
攻撃系重力魔爻術〈重攻三式[グランガ]〉――ハンマーガールの巨大なハンマーの重量のある一撃、それを最大限に生かすために重力付加して叩き込んだ一撃は、緋吠竜の頭の鱗を弾けさせぐらつかせるに十分な一撃だった。一撃を加えたハンマーガールが銀髪を靡かせて、そのまま一回転――こちらのビルの屋上へと飛翔してくる。
ビシッ――。
強化された前衛のアバターゆえに、着地するとコンクリ床に亀裂が走った。
「やっほーっ! ナイスフォローです!」
そんな間の抜けた言葉を無視し、彼女の腕を摑んで屋上の入口へと走る――後ろでは緋吠竜がこちらに向けて口腔に炎を蓄えている。屋上の扉は内側からゾンビたちが叩いている。そこへ手榴弾を放り投げ、魔卦銃で手榴弾を撃ち抜き扉ごとゾンビをビル内に吹き飛ばす。
吹き飛んだ鉄製の扉に乗り、屋上入口から離れた瞬間。
ゴウッ――と炎の息が屋上を灼き、その炎は屋上入口の近くにいたゾンビを焼き切った。
「お前はアホかっ! あんな大振り、一人で当てる気だったのかよ」
「いやはや、誰かがフォローしてくれないかなーと思いまして。わたし、性善説派ですから」
「んな漠然とした希望的観測で、よくもまあ……」
「でも、ここにいましたよね。性善説に則った善人さんが。あ、今ならなんと! 緋吠竜は他の人たちが攻撃してくれたので、かなりダメージが蓄積しているっぽいですよ」
今がチャンスですよ、と言われてはやることは決まってくるな――外ではまだグロロロロッと緋吠竜が啼いている。これを打破するには、やはり、協力者が必要となってくる、か。
ダンッ――と、ゾンビの頭を撃ち抜く。
「しゃーない、大きな賭けに出るか。一緒に斃しましょうか、ハンマーガール?」
「それが最善の道ですよね、ガンスリンガーさん」
二人の意見は纏まった。
「僕は下から奴を攻撃する。君は――」
彼女はハンマーをぶんッと振り抜き、ゾンビたちをひと薙ぎにしてにこりと笑う。
「屋上からずどんッ、ですね。りょーかいでありますっ」
僕はそれに頷くと、そのまま下の階を目指して階段を下る。
彼女の魔爻術の特性を考えると、それが最善の選択だろう。重力系なんだから、当然、上からの一撃に方が効果がある。対して、僕の方は電撃系だから、場所は問わずに援護できる。
それにあの緋吠竜――一撃を喰らっただけで、あれだけぐらついた。
ならば、十分に勝機はあると言える。
自分にそう言い聞かせながら、弾丸数に限りがあるため魔卦刀を抜き放ち、ゾンビたちを下段から斬り上げ一体斃し、斬り上げた勢いのまま右回転して振り返り様に中段から真横に一閃しもう一体斃し、右足で一体を蹴り飛ばし横の一体を斬り捨てる、倒れた一体を真上から串刺しにして斃した――階段の下には、まだまだゾンビが這ってきている。
キリがないな。
ゾンビの一体の足を両断し、そいつの胴体に乗り――回転しつつ回転斬りしていく。下段斬り/上段斬り/下段斬り/上段斬り/下段斬り/上段斬り/下段斬り/上段斬り/下段斬り――階段の踊り場の壁を蹴り、また斬り捨てながら踊り場でさらに階下へ。
五階分下の階に到達し、踏みつけていたゾンビに止めを刺した。
魔卦刀を引き抜き扉を蹴り飛ばして室内に入る。蹴飛ばした扉がゾンビの群れを吹き飛ばし、窓ガラスを割って落ちていった――扉に潰されなかったゾンビたちが、こちらに向かってくる。そのゾンビの群れを攻撃系雷電魔爻術〈雷攻一式[デンジア]〉で薙ぎ払い、窓際へ。
割れた窓ガラスの外には――巨大な緋吠竜の頭が降りてきた。
グロロロロッと啼いて、こちらを見た。
真正面には緋吠竜が――屋上に仲間がいなければ最悪のパターンだな。空薬莢を三つ飛ばし、攻撃系雷電魔爻術〈雷攻三式[デンジガ]〉のプラズマ弾を真正面から浴びせかける。
緋吠竜の左頬が消失――電子塵を散らしながら、憤慨して咆吼してくる。
「おー、こわ。こっち来いや、間抜けがァ!」
口腔には巨大な魔法陣が生成されている――心臓が縮こまるぅ――そのとき、上から巨大な衝撃を持って、重力付加されたハンマーが緋吠竜の頭部を叩き潰す。
へしゃげた頭をそのままに、緋吠竜が墜ちていく。
その頭に摑まっているハンマーガールが、こっちに来るように手招きしたので、窓から飛び出し緋吠竜の背に乗る――魔卦刀を緋吠竜の背に深く刺し、ハンマーガールに並ぶと、彼女は僕の魔卦拳銃を一つ抜き、緋吠竜の頭に据える。
彼女の意図が分かり、僕も魔卦拳銃を抜く。
ハンマーガールと魔卦拳銃を並べて一緒に構え――同時に引き金を引いた。
一発!――緋吠竜がその一発に意識を取り戻し、大きく吼えてビルに爪を立てた。そしてそのままビルを登っていき、背中をビルに叩きつける。僕らは大きく振るわれるのを何とか摑まりつつ――二発!――ビルにぶつけられて甲冑が砕け散る。緋吠竜がビルの壁面を吼えながら、猛スピードで駆け上がっていく。僕らは合計四発撃ち込んで砕けた鱗のところに、一緒に魔卦拳銃の銃口を押しつけて引き金をひく――三発!
二発の弾丸により、緋吠竜が絶命した。
ビルを這い上っていた緋吠竜から力が抜け、そのまま地面に落下していく。彼女を抱きかかえて砕けたビルの窓へと飛び込む――地面に巨大な質量の緋吠竜が落ちて地鳴りがする。僕らは転がり、ビル内のゾンビの群れに飛び込んだ。
二人は同時に立ち上がり、背を預け合う。
すると、彼女の頭上に100000ポイントと表示された――どうやら、撃ち込んだ弾丸が僅かではあるが、彼女の方が止めを刺したのが早かったと言うことらしい。
「あらら――同時に斃しても割り振られないんですねー。残念です」
「おいおい、僕は緋吠竜を斃しても、0ポイントなのかよ――マジか」
「んー、仕方ありません。手伝いますので、一緒にポイントを溜めましょうっ」
「あー、その余裕があるのが、なんか腹立つわー。仕方ないんだけどさ」
「大丈夫ですよ、なんとかなりますって、きっと」
その脳天気な応えに、僕は呆れつつも――まあ、いいか程度には思えた。
ゾンビたちがこちらに向かって一歩踏み出してくる――緋吠竜は斃した。だが、あと一時間ほど試験時間は残っている。が、最初に感じていた不安は、どこかに行ったらしい。
「わたしは富澤燐と申します」
「吉良旭人だ。次に大物が出たら、止めを刺させてくれよ」
/
「はい、分かりましたっ! では、よろしくお願いしますね、旭人さん」